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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第174話 我龍

「我龍さま、いかがなさいますか?」


 俺の後ろで跪き、静かに控えていた爺の声が聞こえた。

 椅子の背に寄りかかり、眠るように意識を失った紫織を、俺は無表情で見下ろす。


「そうだな」


 しばらく腕を組んで考えながら、俺は確認のために爺へ問う。

 ヴェナスカディア一族の歴史は、俺の周りでは爺が一番詳しく情報の入手も早い。


「爺、はぐれのカディアがでてくるような事件など、いままでになにか思いあたるか?」


 俺の問いに、爺はすぐに答えた。


「たしか十五、六年ほど前、ヴェナスカディアの司祭長ハイ・プリーストが儀式の不手際で、カディアもろとも行方不明になった出来事がありました。しかし最近になり、その司祭長はカディアとともに、行方不明時の年齢そのままで無事に戻ってきております。司祭長のカディアの属性は短剣アサメイ。紫織さまの属性はワンドでございます。その事件以外でカディアの絡む出来事は、この数十年はなかったかと」


 俺は爺の話を聞きながら、資料上だけで確認したことのある、年若い司祭長の顔を思いだした。

 年が若いといっても、俺よりはたしか四歳か五歳ほど年上だったはずだ。

 それなりに実力はあるとも聞いてはいるが、ハタチ前後の青二才にあのような重要な儀式を任すとは、一族もよほど人手が足りていないらしい。


 いまの説明を聞いた限り、その出来事は今回無関係。

 そしてほかに可能性はないようだ。


 現在、全てのカディアの存在場所とあるじが確認され、一族の歴史に記録されている。

 俺の持つカディアでさえ、ヴェナスカディアではないために俺が主と一族は認めていないながらも、カディアの存在は連中の記録に記されているはず。


 ――だったら、なぜ、紫織のカディアだけが記録から抜け落ちている?




 しばらく考えた俺は、決断をくだした。


「彼女からカディアを取りあげる。紫織は、ヴェナスカディアの一族ではない。一族と無縁の彼女が、なぜカディアを持っているのか、また、本当の主から離れたカディアが消滅せずに、なぜこの世界に存在し続けることができるのかを調べたい。俺がカディアを持っている理由は、無理やりこじつけられんこともないが、彼女の場合はまったく関連性がない。異例中の異例だからな」


 俺の目の前で無防備に眠り続ける彼女は、嬉しそうな表情を浮かべている。


 カディアを取りあげることは可哀想ではある。

 だが、カディアがなくなることで、一族のトラブルに無関係の紫織が巻きこまれる問題がなくなるはずだ。

 いろいろな危険からも遠ざかるだろう。


「――そうだ。紫織が普通に暮らしていくなら、いっそのこと、能力自体を封印するか」


 俺は、ふと思いついた。


「紫織と話をした感じでは、まったくただの人間として暮らしている。差支えがないだろう。制御不能の力を持て余すより、むしろ能力自体を封印して使えなくしたほうが、彼女にとっては良いかもしれない」


 俺の決定に、爺が異論を唱えることはない。


 紫織は、カディアも能力も奪う俺を嫌うだろうか。

 一瞬、そんな考えが浮かんだ。


 それにともなうなんらかの感情が俺の中で浮かんでくる前に、俺は瞳を閉じている彼女へ、ついっと右手を伸ばした。


 ロザリオの中央に埋めこまれているカディアごと手に取るために、紫織の首にかかっている細い鎖に、俺の指先が触れるかどうかの――その瞬間。

 紫織の身体の表面を覆うように、一瞬の光が走った。


 激痛とともに鮮血が飛び散り、俺は反射的に、切られた指先を引っこめる。

 反動があったのか、意識のないまま紫織が椅子から反対側へずり落ちて、バルコニーの床へ仰向けに転がった。


「我龍さま!」


 背後から、慌てたような爺の声が聞こえた。


「案ずるな。たいした傷ではない」


 俺は、切られた指先を口に含む。


 久しぶりの血の味。

 俺が傷つけられたのは、いつ以来だろうか。


 なるほど。

 主の意識があるときは、主の意思を尊重し表面にあらわれない。

 だが、主の意識がなくなれば、カディア自らの意思で主を護衛する。


 このカディアは、彼女から引き離されることを拒んだのだ。

 紫織を、自分の主と認めているというわけか。

 同時にいま、俺は、このカディアから敵とみなされた。



 なぜ、彼女を主とする必要が、このカディアにはある?

 彼女自身の知らない理由が、なにかあるというのか?

 力が制御不能なのは、はぐれのカディアのせいだと思っていたのだが、別の意味があるのだろうか。


「失敗した。俺はどうやら彼女の護衛に敵とみなされてしまったようだ。おそらく今後は、紫織のカディアの前で、俺は彼女に触れることができない」


 心配そうな表情となっている爺へ、俺は言葉を続ける。


「――俺の属性である長剣スオードも俺自身の能力も、紫織より攻撃力は勝っているが、紫織の属性であるワンドはカディアの防御力としては最強だ。紫織の持つカディア自身の強さも、まだ把握できていない。正面からぶつかれば、お互いに無傷では済まないだろうな。――ワンドの属性のカディアの力を、一時的に無効にするコマンドもあるが……」


 カディアのコマンド命令は、主の口から発せなければならない。

 目覚めた彼女にコマンドを教えれば、おそらく彼女は深く理由を考えずに、喜んでコマンドを口にするだろう。

 だが、そうなると、紫織の意識があるときにコマンドをいわせることになる。

 カディアを奪うためにコマンドを教えることに対して、なぜか俺は気がすすまなかった。


 ――急ぐことはない。

 その方法は、いつでもとれる。


 意識のないまま倒れている紫織を見下ろして、俺は爺に指示をだした。


「爺、このあとのことは任せる。俺の二の舞にはならぬように。彼女のカディアに敵と思われる行動は慎め」


 そして、そう告げたとき。

 俺は偶然、気がついてしまった。


 仰向けに倒れている彼女の首もとに、奴の所有をあらわす、刻印しるし


 俺の動きがとまったことに気がついたのか、爺の訝しげな視線を背に感じた。

 慌てて俺は彼女から目をそらし、バルコニーから一望できる景色へと視線を移す。


 紫織は、俺に対するもの珍しさと持ち前の天然で、俺を怖がらなかっただけだ。

 ヴェナスカディア一族とは関係のない、初めて出会った同じ能力者。

 突拍子もない言動で、たぶん奴も振り回されているだろう彼女。

 今日も、俺から情報が欲しかっただけで、彼女はここまでついてきただけだ。

 俺は、これまでの状況を、そう理解している。


 だから。


 奴のつけた刻印を目にした瞬間、俺の胸に一瞬の痛みが走ったのは、気のせいだ。



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