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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第171話 ほーりゅう

 わたしは目の前で繰り広げられる場面を、教会の扉の陰から、夢を見ているように眺めていた。

 実際にはスピードが速すぎて、なにがなんだかわけがわからない。

 それも意識がついていけない理由なんだろうか。


 視線を逸らしたいけれど、それができない。

 前にジプシーが本気になったときもそうだった。

 勝つか負けるかわからない闘いを見ないで結果だけ待つなんて、わたしには耐えられなかった。


 ジプシーと違うところは、相手を殺すことに少しも躊躇がない我龍の闘い方だ。

 この現代の日本で、不釣合いに思える剣と刀との闘い。

 そして、言葉を発することもできずに見つめている前で、ひとりの敵の身体に深く我龍の刀が刺さったのがわかった。


 一瞬、時間が止まる。

 そして、それを我龍が引き抜く瞬間がわかり、さすがにわたしは目を背けた。

 そろそろと視線を戻したとき、わたしは先ほど我龍の口にした言葉の意味がひとつ、理解できた。


 地面に伏している敵の周りの、地面に広がっていく赤い海。

 思わず視線が釘付けになったわたしの前で、それは突然起こった。


 倒れていた敵の身体の輪郭が急にぼやける。

 そして、衣服ごと、手から離れていた剣まで、周囲の大気に溶けるように徐々に消えたのだ。

 気がつけば、土の地面に吸いこまれていたであろう血までもが、跡形もなく消えていた。


 これが、我龍の言っていた『この世界に存在しない者』の帰り方なのだろうか。


 痕跡の消えた地面を呆然と見つめていたわたしへ、ふと、我龍の視線が送られたのを感じた。

 ゆっくりと視線を向けると、我龍が動きを止めて、じっとこちらを見ている。

 そしてわたしと目が合うと、我龍は闘いの最中だというのに、突然不釣合いな笑顔をわたしに向けて浮かべた。

 そのとき。


 我龍の行動を訝しげに感じたのか動きを止めた敵が、地震のような震動とともに、突然足場を失った。

 闘いの場となっていた広場の中央に大きな亀裂が生じ、周囲の地面がぼろぼろと崩れて割れ目に落ちていく。

 手を伸ばす先を見つけられず為す術もないまま、敵が全員、あっという間に深い暗闇の中へと吸いこまれた。


 絶えず揺れ動く地面の断片のひとつに、我龍は器用にバランスをとって立ち、敵の全員が落ちたのを確認するようにその様子を眺める。

 そして、地震の揺り戻しのような響きが、ふたたび激しく起こった。


 わたしは教会の扉につかまって、大きな揺れを耐える。

 その目の前で、今度は崩れ落ちてなくなった土を補うように、地面は形を変えながら隙間なく亀裂が合わさっていった。

 あとに残るのは、なにもなかったかのような静寂と、確認のために地面へ視線を走らせている様子の我龍の後ろ姿だけだった。





「紫織に、これ以上の血を見せるのはまずいかなと思ったら、急にこんな方法を思いついたんだ。直接手をくだすだけが闘う方法じゃないものね。――この壁に囲まれた空間や広さなら、簡単に敵の小隊ひとつくらいを地面の中へ飲みこめそうだ。これからも使えそうな作戦だよな。もっとも、建物内が闘いの場だったら、床を割ったらまずいかなぁ? あとをきれいに戻せばいいかなぁ」


 いつの間にか握っていたはずの刀をかき消し、我龍はあっけらかんと言い放つ。

 そして振り返って、悪戯が成功したときのような屈託のない笑顔をわたしに向けた。


 けれど、わたしの顔を見た我龍は、その笑顔を消した。

 視線を下に落とし、静かに続ける。


「これが俺の運命だ。一度、足を踏みいれたら、二度と逃れることのできない輪廻だ。俺が生きている限り、常に敵も存在する。紫織は能力者でも、まだこの運命に巻きこまれていない。だからこれ以上、俺に係わらないほうがいい」


 視線を外したまま、彼の表情は徐々に切なそうな笑みへと変わっていく。


「やはり、俺が怖くなっただろうね」

「そんなこと、ない!」


 反射的にわたしは叫んでいた。

 そして、大声をだしたことが、すぐに恥ずかしくなる。

 驚いた表情を浮かべた我龍へ、言いたいことや思うことがありすぎて、うまくまとまらない。

 それでも、いまここで伝えないと、たぶん――もう二度と我龍に会えない気がした。


 ジプシーも、なんか放っとけない感じがするけれど、我龍も放っておけない。


「わたしはもっと、我龍のことを知りたい」


 やっと口にしたわたしの言葉を聞いて、我龍は、少し考えるそぶりを見せる。

 そして、先ほどの憂いを帯びたような笑みとは打って変わり、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「普通の女の子なら、ここは逃げだす場面だと思うんだけれどなぁ。本当に紫織は変わっているよね。そこまでいうなら、ついてくる? 俺のことも、奴と俺との関係も、紫織が知りたいことを教えてあげるよ」


 そう告げると、我龍はわたしに背を向けて歩きだした。


 知りたいことを、教えてくれる?

 いまわたしが一番気になっている知りたいことは、なぜヴェナスカディアじゃない我龍がコマンドを使えるかってことなんだけれど。

 でも、それを聞くと、本当に嫌われる気がして聞けそうにない。


 広場をでる我龍のあとを追おうと、わたしは教会の扉から離れて階段をおり、おそるおそる地面に足をつける。

 教会へ入る前に通ったときと同じ、なんの変哲もない地面に思えた。

 さっき十人ほどの人間を飲みこんだ気配は感じない。


 わたしは我龍のあとを追うように、広場を走りでた。





 道路にでて、我龍が曲がった方角へと小走りで駆ける。

 すると、建物の陰に隠れるようにとめてあったバイクのそばに立つ我龍を見つけた。

 手袋をはめている我龍へ、わたしはスピードを落として、そろそろと近づく。


 京一郎が乗っているバイクと同じくらいに大きくて、でも、京一郎の真っ黒い色とは印象が違う、青と白の明るいカラーのバイク。

 そういえば、旅行から戻るときに島本さんが、我龍はバイクで移動しているようなことを言っていた気がする。


 これに乗るのかな?

 わたし、バイクは二度ほど、京一郎の後ろに乗せてもらったことはあるけれど。


 わたしがついてきたことを確認した我龍は、嬉しそうな笑顔でわたしのところへ寄ってきた。

 そして、わたしにヘルメットをかぽっとかぶせながら告げる。


「俺は、生まれつきの接触テレパシストだから、自分の意識を閉ざすことに慣れている。紫織は俺に考えを読まれたくなかったら、直接俺の肌には触れるなよ。衣服の上からなら、俺も精神集中しないと簡単には読めないから大丈夫だけれど」


 抵抗する間もなく、我龍はいきなりわたしを抱きかかえあげる。

 突然の抱擁で固まったわたしを、バイクの後部座席へ座らせながら続けた。


「いまは手袋をしているから安心してよ。――それにしても、紫織って軽いなぁ」


 すぐに我龍はバイクにまたがると、自分もヘルメットを被る。

 そして、わたしの両手首を、有無を言わさずつかんで、自分の身体の前で手を組ませた。

 わたしは照れる間もなく、我龍の背に抱きつく格好になる。


「スピードを出すから振り落とされないようにね」


 我龍はそう言うと、わたしの返事を聞かずにエンジンをかけた。



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