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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第169話 ほーりゅう

「ロザリオと中の石を見せてくれたら、場合によっては、俺が知っている石に関する秘密を教えてもいい」


 突然、我龍はわたしの一番知りたかった核心に触れた。

 わたしが仕事で海外に行った両親についていかずに日本へ残った理由は、このロザリオと石の秘密を知るためだったから。


 我龍を唖然と見返したわたしに、どう思ったか、我龍は苦笑するような表情を見せる。


「警戒しているの? 盗る気はないって。奪うだけなら、こんなまどろっこしいことなんかせずに手に入れるから。本物かどうかを確認したいだけなんだ。だからはずす必要もない。首から提げたままでいいよ」


 それを聞いて、わたしは慌てて服の下になっているロザリオの鎖を引っ張り、トップの石の部分をだした。

 我龍は立ちあがって、座っているわたしに近づく。

 そのまま屈みこんで、わたしが首からぶら提げたままのロザリオを、じっと見つめた。


 わたしはまたドキドキする。

 我龍が近すぎる。

 目の前に、無警戒な我龍のつむじ。


「間違いない。本物だ」


 そう言って、ひょいと顔をあげた我龍と、わたしは至近距離で目が合った。

 思わずわたしは声にならない叫びをあげつつ立ちあがり、我龍から離れるように回りながら後ろへ飛びのく。

 わたしの様子を見て呆気にとられた我龍は、そのあと急に、はじけるように大笑いした。


「紫織。本当にきみって飽きないなぁ。変わっていて面白い」




 いまの自分が挙動不審だったことを充分承知しているので、わたしは我龍が笑い終わるまで辛抱強く黙って待つ。


「石が本物だからね。俺が知っている石のことを教えてあげるよ。その前に、石をどうやって手にいれたのかな? そして、紫織自身、石のことをどれだけ知っているの?」


 ひとしきり笑い終えたあと、我龍はもう一度、わたしに座るように言ってから、そう切りだした。

 椅子に座りなおしたわたしは口を開く。


「ロザリオは、わたしが物心ついたときにはもう首にかかっていたよ。両親は出所を知らないって。でも悪いものじゃないだろうからってそのままわたしが持っているの。石のことは全然知らなくて。――ジプシーは、わたしの能力の増幅をするんじゃないかって」

「能力の増幅ね。まあ、そう見えないこともないか」


 ジプシーの名前を聞いても、とくに我龍は嫌な顔をしない。

 床に視線を落として考えている様子の我龍の表情を、わたしは見つめた。


 ジプシーは、我龍の名前を聞くのも嫌そうなのに。

 やっぱりこだわっているのは、一方的にジプシーのほうだけなのかな。


「石は、カディアと呼ばれている」


 突然話しだした我龍の言葉を、わたしは聞き漏らさないようにと集中する。


「カディアは、ヴェナスカディアと呼ばれる一族の人間だけが持っている。ヴェナスカディアが生まれたときに石も生まれ、彼らが死んだときに石も消える。そしてヴェナスカディアは、超能力と呼ばれる能力を持つ一族だ」


 それって、――能力も石も持っているわたしは、ヴェナスカディアという一族の人間だということ?


「ところが」


 わたしが呆然と聞いていると、我龍が、ここが重要とばかりに口調を変えた。


「紫織はこの日本で生まれたし、両親はともに普通の人間だろう? 決してヴェナスカディアじゃない。なぜなら、血を重んじるこの一族は現在二十七人。ヴェナスカディアは両親がともにヴェナスカディアでないと生まれない。これは一族の歴史を振り返っても例外がないんだ」

「あれ、なんだ。違うんだ。わたしはてっきり自分がその一族のひとりかと思っちゃったよ」


 わたしは緊張を解いて、ほっとする。

 我龍ってば、驚かす話の振り方をしないで欲しいなあ。


「でも、そうなるとおかしいことがある。紫織がカディアを持っていることで、ヴェナスカディアの人数とカディアの数が狂うんだ」


 数が狂うと、なにか不都合でもあるのだろうか?

 そう考えていると、その理由となる長い説明を、我龍は一気に告げた。


「カディアは、持ち主から長時間離れると消滅するという性質がある。この場合の意味は持ち主の死亡ってことだ。だから、必ずヴェナスカディアとカディアの数が揃わなければならない。そして、カディアにはもうひとつの特徴があって、――意思を持っているんだ。カディアの本来の役割は、能力の増幅ではなく、カディアが認めた主の護衛機能となる。だから、カディアの力が暴走したり、紫織がカディアの力を使いこなせていないということは、やはり正当な持ち主ではないということになる」

「そのカディアが、正当な持ち主から離れて存在するって例外はないの?」

「ヴェナスカディア一族の千二百年ほどの歴史の中で、例外は一件だけある。だが、いまの紫織の条件には当てはまらない。紫織の手にカディアが渡った経緯はわからないが、そのカディア自体の素性はそんな感じかな」


 そう話し終えて、我龍はわたしの表情をうかがう。

 わたしのほうは、一度にたくさんの知らない単語を言われて混乱し、本当に頭を抱えこんだ。

 そんなわたしの様子をみて、我龍は笑った。


「要は、超能力一族に伝わる意思を持った主のいないカディアを、無関係の紫織がなぜか消滅させずに持っているってことだ」


 その話が本当なら、たしかにおかしいよね。

 わたしがその一族じゃないのに、本物の石――カディアを持っているなんて。


「でもなんで我龍は、そのカディアに関して詳しいの? もしかして、能力者の我龍はヴェナスカディアだからとか?」

「違う」


 わたしの疑問を、我龍は即座に否定する。

 そして、彼の否定の声の大きさに、わたしは驚いた。

 言葉を失ったわたしに向かって、ふいに笑顔を消した我龍がはっきりとした口調で告げる。


「俺もヴェナスカディアじゃない」


 そして、そのままわたしの目を注視した我龍は、いままでの砕けた雰囲気を一変させた。




「悪いけれど、これ以上は俺に構うな。知りたいことは聞けただろう?」


 急に突きはなす態度になり、表情をこわばらせた我龍は顔をそむけて立ちあがる。

 ――わたしはなにか、我龍の気に障ることを言っちゃったんだろうか。


 我龍の変化についていけずに、わたしはぼんやりと座ったまま、我龍の横顔を言葉なく見つめた。

 わたしの持つロザリオの石が我龍の殺気を感じとり、じわりと熱を持つ。


「いまから俺は外にでる。俺がでた十分後に、紫織は扉を開けてでろ。絶対に俺のあとをつける真似はするな。足手まといだ」


 言い捨てるように告げると、我龍はさっさと歩きだす。

 そして、一度もわたしのほうを振り返らずに、扉を開けて出ていった。


 ――もしかしてわたし、我龍の地雷を踏んじゃった?

 彼に嫌われちゃったの?



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