第168話 ほーりゅう
予想していなかった我龍の誤解に気がついて、わたしは一気に蒼ざめた。
わたしは、ジプシーに頼まれて我龍のあとをつけたんじゃない。
じゃあ、なんであとをつけたと聞かれたら、それはそれで説明に困るけれど。
「奴に、俺のなにを調べてこいって言われたのかな?」
わたしの眼から視線を逸らさず、我龍は重ねて聞いてくる。
「違う! ジプシーは全然関係ないから!」
思いっきり大声で否定したわたしを、驚いた表情で我龍は見つめた。
いま、ジプシーが絡んでいないことをはっきりさせないと、さらにふたりのあいだの溝が深まってしまう。
どうすれば我龍の誤解が解けるのだろう?
わたしの顔を見ていた我龍は、びっくりしたような表情から、急にいたずらを思いついたような表情へと変わる。
そして、試すようにわたしに向かって口を開いた。
「それじゃあ、確認してもいいかな? きみがなんの目的でつけてきたのか。どうやってここへ辿り着いたのか。俺、絶対に紫織をまいたって自信があったからさ」
「もちろんいいよ! 確認してよ!」
それを確認して納得してくれるならと、わたしは我龍の提案に飛びついた。
でも、どうやって確認するんだろう?
そう思ったわたしに、我龍は言った。
「手。こっちにだして」
手をだすって、片手でいいのかな?
ちょっと訝しげに思いながら、おずおずと右手をさしだした。
すると我龍は、左手で素早くわたしの右手のひらと合わせ指を絡めると、思い切り自分のほうへと引っ張った。
不意を突かれたわたしは、座っている我龍の上に倒れこみ、そのまま我龍に抱きしめられる。
起き上がりたくても、片手を我龍に絡め取られたままで、バランスがうまくいかない。
必死で離れようともがくわたしを気にせず、我龍が耳もとでささやいた。
「どうして俺がここにいるってわかった?」
どうしてって。
東条さんの「我龍に用事があるなら風呂場か教会を探せ」って言葉を思いだしたからだ。
そう答えようと思ったとき、我龍が続けて聞いてきた。
「俺と奴の関係、奴からどこまで聞いている?」
我龍とジプシーの関係?
ジプシーからはほとんどなにも聞いていない。
印象に残っているのは、逆恨みって言葉だけだ。
大部分は、従兄弟のトラから十年前の話を聞いただけだし。
「俺のあとをつけた理由は?」
理由って……。
今回は単純に見かけたから、見失いたくないって思っただけだよなぁ。
わたしが口ごもってまったく答えられなくても、我龍は気にする様子もなく矢継ぎ早に質問をしてくる。
わけがわからないまま、わたしはその質問を聞いていると、急に我龍が笑いを含んだ声でささやいた。
「この質問で最後。――俺って紫織の好みのタイプなの? 俺のことが好きなんだ?」
聞いた瞬間、わたしの心臓が跳ねあがった。
それが伝わったのか、我龍が驚いた表情を浮かべると同時に、わたしを突き飛ばすように両手で押し離した。
わたしはよろめきながら、数歩後ろへさがる。
――この離し方って、ものすごくわたし、傷ついたかも……。
「あ。ごめん。すごく感情がストレートだったから、つい」
わたしの表情に気がついた我龍が、さすがに慌てたように口を開いた。
「以前、ファーストフード店で会ったときにわかっていたんだけれど、その気持ちって一過性のものだと思っていたからさ。俺の正体がわかった時点で、きみの気持ちが変わっていたかと思って」
そして、彼の口にするその言葉の意味がわからず怪訝な顔をしているわたしへ、我龍は隣に並ぶ長椅子へ座るようにすすめながら告げた。
「同じ超能力者として、紫織には、ここで言わなきゃフェアじゃない気がするから言うけれど。俺は接触精神感応者なんだ」
接触精神感応者――って?
わたしの顔を見て、たぶん意味がわかっていないと我龍は気がついたようだ。
笑いながら、彼は説明するように続けた。
「要するに、直接肌が触れることによって、相手の感情や意識が読めるんだ。こちらからテレパシーを送りつけるのは、いつでも自由自在なんだけれどね。読み取るほうは接触か、紫織が前に気がついた音を拾う方法かになる」
ということは、わたしがさっき考えたことが全部、筒抜けだったってこと?
そして、前に我龍とファーストフード店で手がぶつかったことがあった。
あのとき、きっとその瞬間に考えていたことが伝わっちゃっていたんだ!
だって、あのときの我龍は驚いた表情を浮かべていたから。
わたしって、あの瞬間、なにを考えていたのだろう?
事件に巻きこまれていたジプシーの心配をしていた?
それとも、我龍を見つめて一目惚れだと考えていた?
恥ずかしさのあまり、わたしは両腕で頭を抱えこんだ。
「ファーストフード店で会ったときは、そのときに起こっていた事件の状況が読めたから、次の日の学校でのPK戦を予想して様子をうかがっていたんだ。だから、俺があの場に遭遇したのは偶然じゃないよ。それにしても紫織って本当に、感情の裏表がないんだなぁ。思っていることがほとんど表面に出ていて続く言葉や行動がずれていない」
わたしが一生懸命そのときの状況を思いだそうとしているあいだ、我龍が楽しそうに話し続ける。
きっとバレているんだろうな、わたしの我龍への気持ち。
嘘をついていないってわかってもらったのはいいけれど、ここまでいろいろと胸の内を知られちゃうとは思っていなかった。
恥ずかしさで、もう顔があげられない。
「奴は本当に、紫織にはなにも話していないんだね。俺との関係も石のことも。もっとも、奴が持っている石はレプリカだし、奴自身、石に関しては、そう詳しく説明もされていないかな……」
急に、話の内容が変わったことに気がつき、わたしは慌てて我龍の顔を見る。
すると我龍は、わたしの胸もとを指差した。
「そのロザリオと中の石を、俺に見せて」






