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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第162話 ほーりゅう

 結局、果物選びに東条さんを最後までつき合わせてしまった。


 わたしは果物屋さんで、そこそこ見栄えのする、お見舞い用の果物カゴを作ってもらう。

 お店の前で、いい時間つぶしができたと言って手を振る東条さんと別れてから、ひとりでカゴを抱えて歩いた。

 小ぶりのカゴとはいえ、ちょっと持ちにくくて重い。


 果物屋さんで思った以上に時間がかかったのか、すっかり遅くなってしまった。

 この時期は日暮れが早いせいか、すでに街灯がともりはじめている。


 あまり遅くなると、委員会に出席した夢乃の代わりにジプシーの様子を見る意味がなくなっちゃう。

 わたしは足早に歩き、ジプシーの家に到着した。

 インターホンを押して、返事を待たずに玄関のドアを開ける。


「こんにちは!」


 わたしはさっさと靴を脱ぎつつ、家の奥へ声をかける。

 そして、キッチンへ入ると、夢乃のお母さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい。遊びにきてくれたのね」


 歓迎を受けたわたしは、果物カゴを手渡しながら言った。


「夢乃が委員会で遅くなるって言っていたから。様子を見にきたんだけれど」

「お見舞いの果物、そんなに気を使わなくていいのに。きてくれるだけで聡は喜ぶわよ。ほーりゅうちゃん、今日は夕食を食べて帰れるわよね」


 夢乃のお母さんは嬉しそうに言った。


 今日の夕食のときはジプシーが抜けるだろうし。

 わたしが混ざることで人数が増えて賑やかになるから嬉しいのかな。


「熱が高いって聞いたんだけれど」

「普段から鍛えているような子だから、一晩で下がると思うけれどねぇ」


 お母さんの言葉を聞きながら、わたしは居間にあるソファへカバンを置く。

 そして、京一郎から預かってきたCDの袋を取りだした。


 どれ、病気で気弱くなっているであろうジプシーの様子を、見に行ってみようかな。

 わたしったら、意地が悪いなぁ。




 廊下へでて階段を静かにあがり、二階の突きあたりにある部屋のドアの前に立つ。


 寝ているところを、わたしのノックの音で起こしちゃったら、可哀想だよね。


 そう考えたわたしは音をたてないように、ゆっくりノブを回してドアを開けた。

 もう日が落ちているので、部屋の中は暗い。

 廊下の電気の明りをいれる意味で、ドアを開け放したまま部屋の中へ入っていった。


 まずは、京一郎から預かってきたCDを渡しておかないとね。


 わたしは、勉強机へ近づいた。

 整理整頓が行き届き、辞書と鉛筆立てしか置いていない机の上の真ん中に、袋のままCDを置く。

 それから、ゆっくりベッドへ向かった。


 足音なく近寄ると、壁のほうへ横向きに寝ている姿が見えた。

 わたしのように寝相は悪くない。

 ちゃんと肩まで掛け布団をかぶっている。

 傍らに立ち、規則正しく上下する掛け布団を確認してから顔をのぞきこむと、眼をつむっていた。


 やっぱり寝ているんだろうなぁ。


 そこで、わたしは気がついた。


 良かった。

 大きなぬいぐるみの、やまねちゃん。

 ジプシーの枕にされていない!

 ジプシーと壁のあいだで並んで掛け布団をかぶり、顔だけだしているのが見えた。


 よしよし。

 手荒な扱いを受けていない様子。


 そして、わたしはジプシーの顔を改めて見た。

 廊下からの光が届かず、幼くみえる彼のなめらかな頬の色がはっきりとわからない。


 昼のあいだは、おとなしく寝ていた感じがするけれど。

 いまは、どのくらい熱があるのかな?


 わたしは右手のひらを、ぴとっとジプシーの額に当ててみた。

 でも、外から帰ってきたばかりのわたしの手は冷たすぎるのだろうか?

 手のひらに伝わってくる体温が、思ったよりも高い。


「冷たくて気持ちがいい」


 寝ているとばかり思っていたジプシーが急に口を開いたので、驚いたわたしは、慌てて手を引っこめた。


 びっくりしたぁ!


「気持ちがいいって言ったんだから、離すなよ」


 そう言われたので、素直にわたしはもう一度、手のひらを乗せなおす。

 そして訊いてみた。


「下から、額を冷やす氷でも、もらってこようか?」

「冷たすぎるのは嫌だ」


 わがままな男だなあ。


 わたしは、額に乗せる手を、今度は左手に変えながら訊いた。


「それじゃ洗面器に、お水をもらってきて、浸したタオルで冷やそうか?」

「夢乃のお母さんの手を煩わせたくない」


 眼をつむったままのジプシーの返事を聞いて、そういうことかと思いあたる。


「やだなあ。病人が遠慮して。わたしがしてあげるじゃない。いくら不器用なわたしでも、それくらいはできるって」


 そのまましばらく返事がないことをイエスの意味に受け取って、わたしは静かに部屋をでた。

 階段をおりながら、病気で気が弱くなると素直になるものだなぁって思った。


 この様子なら、夕食は無理そうだな。

 やっぱり、くる途中で考えていた通りのフルーツミックスジュースなんて、いいかもしれない。


 そして今日、東条さんから聞いた島本さんの話も、――我龍のことも、ジプシーにとっては頭を使って考える情報かもしれないし。

 だからいまは、なにも告げないほうがいいだろうな。



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