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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第153話 ほーりゅう

 授業中は、いつも通りに真面目に聞いているつもりだった。

 でも、たまに集中力が途切れるときがある。

 すると、周囲で言われているせいか、教室をぐるっと見渡してしまい、空いているジプシーの席で目がとまっていた。


「宝龍さん、彼氏の席を見ない!」


 とたんに飛んできた担任英語教師の声に、わたしは思わず英語の教科書で周囲から顔を隠した。


「先生、学校は男女交際のお咎めがないんですかぁ!」


 笑い声のさざめく教室で、ひとりの男子生徒の声がひやかすように響く。


「職員室でも話題になったんだけれども。江沼くんの成績が落ちずに、宝龍さんの順位が先日の休み明けの実力テストで上がっているからねぇ」


 やっぱり、職員室まで噂が伝わっていたんだ。


 この高校は、この辺りでは進学校になる。

 ということは、先生の言葉を逆に考えると、わたしの成績が落ちたら、ジプシーに迷惑をかけちゃうってことになるのか。

 実際にわたしの勉強を見てくれているのは、ほとんど京一郎なんだけれど。

 参ったなぁ。




 放課後、わたしが机の中の教科書をカバンに詰めて帰り支度をしているとき、窓から外を眺めていた数人の女子が声をあげた。


「校門の前に、私服の格好良い男の人が立っている!」


 まだ教室に残っていた女子が、一斉に窓際へ目指して駆け寄って行く。

 その集団の中に、なぜか慌てた様子の夢乃が混ざっていた。

 けれど、窓の外を見たあと、すぐに夢乃だけ、わたしのところへと引き返してくる。


「良かった。夏樹さんじゃなかった」


 良かったという言葉のわりには、ちょっと残念そうな表情を浮かべている。


 島本さんが迎えにきたと思ったのかな?

 恰好良いという言葉だけで島本さんかもと思える夢乃がすごいと思うけれど。

 わたしは状況を知っているせいだろうか。

 夢乃って、意外とわかりやすく顔にでるなぁ。


 何人かの女子はすぐに、窓から離れた。

 なので、わたしは遅れて、あいた場所から窓の外を眺める。


 細身の黒いダッフルコートを着た、ひとりの背の高い男の人が見えた。

 遠目だが、知的そうな整った横顔。


「あれ?」


 思わず声がでた。

 わたしの声に、いままで興味のなさそうな素振りで帰りかけていた京一郎が、わたしに視線を向けた。

 近寄ってきて、わたしの頭越しに窓の外を眺める。

 しばらく見つめてから、わたしに小さな声で聞いてきた。


「ジプシーが今日、学校にいないことを知って現れたのかと思った。誰? あの男、おまえの知っている奴?」


 京一郎の言葉に、わたしはどきりとした。


 ジプシーがいないあいだの我龍の行動を、京一郎は警戒していたんだ。


 なぜかわたしは後ろめたい気分になり、早口で返事をした。


「たぶん、わたしが転校前に通っていた高校の、生徒会長をしていた三年生だと思う。わたしは風紀委員だったから、何度か委員会で言葉を交わしたことがあるし、間違いないと思うけれど。――でも、なんでこんなところにいるんだろう?」


 ふぅんとうなずいてから、京一郎はわたしを促した。


「ここで見ていてもわかんねぇよな。たまたま別の用事で立っているだけで、おまえに関係ないことかもしれねぇし。あいつの前を通って帰ってみるか」


 わたしは、お泊りセットのカバンを学校のロッカーから引っ張りだして手に提げた。

 夢乃と京一郎と一緒に校門へ向かう。

 そして、門の外で佇んでいる彼との距離が縮まった。


 わたしたちの気配を感じたらしく、彼は視線をあげる。

 わたしと目が合った彼は、声を出した。


「ああ、良かった。宝龍さん。この高校でいいのかと思いながら待っていたんだ」

「マジで、ほーりゅう狙いで待っていたんだ」


 わたしの後ろにいた京一郎が、隣の夢乃へ耳打ちする。


 わたしがこっちに転校してくる前の高校の生徒会長で三年生。確か神田かんだという名前だった。

 京一郎とだいたい同じ身長、百七十五センチくらいで、黒のダッフルコートを着こんでいる。

 少し長めの髪に縁どられた端正な顔は知的で、表情は穏やかだ。

 向こうの学校で最後に会ってから変わっていない。

 まあ、四ヶ月ほどしか経っていないけれど。


 わたしが、ぼんやり眺めているように見えたのだろうか。


「あれ? 僕のことを覚えていないのかな。弱ったなぁ」

「え? いいえ、忘れていません。神田生徒会長」

「いや、きみが九月に転校をした直後に生徒会は入れ替わっているから、もう僕は生徒会長じゃないんだけれどね」


 そう応えて爽やかに笑った。

 わたしは、その変わりない笑顔を見ながら、いまの高校の生徒会長と雰囲気が全然違うなぁと感じる。


「えっと、神田先輩。その、なにかわたしに用事があるんでしょうか?」


 前の高校では、はっきり言って、わたしは猫をかぶっていた。

 成績がぱっとしなかったぶん、無理に頑張って品行方正で真面目な振りをしていたのだ。

 そうでもしないと、お坊ちゃんお嬢さま学校で有名だった前の学校では、浮いて目立つ存在になってしまっただろうから。


 京一郎が、わたしの言葉遣いの変化に気づいたらしい。

 堪え切れなかったらしく、わたしに背を向ける。

 笑いのために小刻みに震える肩を横目でにらみながら、ジプシーが学校を休んでいて良かったと思った。

 この場にいたら、あとでどれだけネタにされて苛められることだろう。


「うん。こっちのほうに用事があって。きみが転校したってところに近いと気がついて、先生にきみの転校先を聞いてきたんだ。出会えて良かったなぁ。そちらの方々は、いまの学校の友だちかい?」


 神田先輩の視線を受けて、夢乃がにっこりと微笑んだ。


「佐伯です。よろしく」

「神田です。こちらこそよろしく」


 そして、続けて神田先輩の視線を感じたらしい京一郎が振り返って、無言で会釈した。

 神田先輩も笑顔で会釈を返す。


 こっちの高校の足立会長と違って、京一郎の見た目の悪さだけで判断をくださない態度に、やっぱり人間ができた人だなぁと妙に感心してしまった。

 足立会長なら、笑顔で挨拶を返す前に、服装の乱れを口にだして言いそうだ。


 そういえば、夢乃には以前お泊りしたときに、足立会長と比べて、前の高校の会長のほうが大人っぽいと話をしたことがあった気がする。


「わたしたちがいたら、積もる話ができないですよね。ここで失礼致します。ほーりゅう、またあとでね」


 夢乃が、気を利かせてくれ、京一郎の腕を取って歩きだす。

 ふたりきりになると、神田先輩はわたしのほうを向いて言った。


「いま、時間はあるかな?」


 なんの話だろうと訝りながらも、わたしはうなずいた。



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