表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
148/286

第148話 ほーりゅう

「え~? 夢乃、いまからお出かけなの?」

「ごめん! いまさっき電話があって、その、どうしても、ね!」


 見慣れてきた、手を合わせて謝ってくる夢乃の姿。

 今日は一月三日。

 冬休みはすぐに終わっちゃうから、今日も夢乃や明子ちゃんたちと遊びに行こうと思ったのに。


「本当に、ごめん」


 夢乃は謝りつつも、嬉しそうな表情を隠しきれない。

 わたしは居間のソファに座ったまま背をもたれると、胸の前で腕を組んで黙りこんだ。


 結局明子ちゃんとも連絡がつかなかった現在のわたしの問題は、暇だということだ。

 夢乃が申しわけなさそうな目を向ける。

 すると。

 わたしの向かいのソファで、しばらく関心なさげに本を読んでいたジプシーが、視線を落としたまま口を開いた。


「――一昨日会ったときに藤本が、美味しそうなケーキをだす喫茶店が駅の向こうにできたとか言っていたな。もう営業しているらしいが、ほーりゅう、食べに行く気ある?」

「え? 本当? あるある!」


 わたしは、ジプシーのほうへクルリと顔を向ける。

 すると、目の端でほっとした様子の夢乃の顔が見えた。


 あ、そうだよ、夢乃を困らせたら可哀想だもの。

 ここはひとつ、ジプシーの提案に乗っておこうかな。

 本当にケーキも気になるし。


 行く気になったわたしの様子に、ジプシーは本を閉じると、顔をあげた。


「かなり距離があるから、ほーりゅうを自転車の後ろに乗せてやる。夢乃、おまえの自転車を借りていいか?」


 ジプシーの言葉を聞いて、夢乃は慌てて二階の自室へ自転車の鍵を取りに飛んでいく。

 その後ろ姿を目で追いながら、わたしはジプシーに訊いた。


「なんで? ジプシーって自転車を持っていないの?」

「俺の自転車はマウンテンタイプで、後ろには人を乗せられないんだ」


 まうんてんたいぷって?

 わたしはここへ引越ししてくる前から、自転車を持っていなかった。

 自転車の種類って知らないけれど、きっといろいろあるんだ。

 いまの言い方なら自転車全部に、荷台とかカゴが付いているわけじゃないんだな。


 ジプシーが、夢乃から自転車の鍵を受け取る。

 そしてわたしとジプシーは、いそいそと出かける夢乃を外に送りだした。


 夢乃が出かけたあと、わたしたちも外に出て、家の横にある駐車場のほうへ向かう。

 夢乃のお父さんが自家用車を使って出勤しているので、いまは空いている広い駐車場の奥に、自転車が三台並んでいるのが見えた。


 最初に視界に入ったのが、左端にある黒くて変わったハンドルの付いている自転車だ。

 きっと、この自転車がジプシーのものなんだな。


 そして隣に、わたしが頭に描いていたそのままの、カゴと荷台付きの自転車が二台停めてある。

 オレンジ色と青色の自転車のうち、青のほうに預かった鍵を差しこむと、ジプシーは家の前まで引っ張りだしてきた。


 門の前まで自転車を押してきたジプシーは、自転車を停めると、ふとわたしを見て、急に踵を返した。


 ――いや、違う。

 正確に言うと、わたしの後ろの向こう側を見て、引き返した気がする。

 不思議に思って、わたしはジプシーに声をかけた。


「あれ? どうしたの?」

「自転車のタイヤに空気を入れる。最近乗っていなかったから抜けているみたいだ」


 駐車場の奥にある倉庫へ向かいながら、ジプシーが返事をした。


 なんだ、空気入れを取りに行ったのか。

 空気が抜けているんだったら仕方がないよねと思って、その場でぼんやりと待っていると、ふいに後ろで人の気配がした。

 振り向くと、見知らぬ女の人がひとりで立っている。


 わたしが覚えていないだけで、会ったことがあるのだろうか?

 その女の人は、わたしの顔を無遠慮に眺めてきた。

 わたしのお母さんと同じくらいの年代に見える、丸顔で、ちょっと小綺麗な女の人だ。


「あけましておめでとうございます」


 わたしが目を見開いて見つめ返していると、空気入れを手にしたジプシーが戻ってきて、にこやかにその女の人へ挨拶をした。

 物腰柔らかいジプシーに唖然としながらも、ああ、まだお正月だもんねと考える。

 そして、手持ち無沙汰に見えたのか、ジプシーはわたしに向かって言った。


「ほーりゅう、悪いけれど、僕のマフラーと手袋、部屋にあるから取ってきてもらえるかな」


 これもまた、まったく黒さを感じさせない微笑を浮かべながら口にするので、わたしは急いで家の中へ取りに戻った。

 階段を駆けあがりながら、ジプシーの態度を不審に思う。


 なんだろう?

 どこか、なんか変。


 ジプシーの許可が出ているので、わたしはためらいなく彼の部屋に入った。

 ぐるっと部屋の中を見渡してから、見当をつけてクローゼットの扉を開ける。

 思った通り、普段上着をかけているハンガーのそばの台に、薄茶色のマフラーと手袋が置いてあった。

 マフラーなんかしている姿って見たことがないなあと思いながら、手に取る。

 

 これ、カシミヤだなぁ。

 いい物を数少なく持つタイプなんだと、改めて物の少ないジプシーの部屋を見まわした。


 マフラーと手袋を持って玄関前まで戻ると、タイヤの空気を入れ終わったらしいジプシーと女の人が談笑しているという、不思議な光景がまだ続いていた。

 学校で見せている、他人に無関心な態度とはまた違った普通の対応に、わたしは意外な一面を見た気がする。


 そう考えながら眺めていたわたしに女の人が気づき、嬉しそうに声をかけてきた。


「いまから出かけるんですって? 気をつけて行ってらっしゃいねぇ」


 そう言って、手を振りながら見送ってくれる。

 なので、自転車を押しながら歩きはじめたジプシーと並んで、わたしもマフラーと手袋を持ったまま歩きだした。


 目の前で聞けなかったけれど。

 いまの女の人、誰だったんだろう?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a0139966_20170177.jpg
a0139966_20170177.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ