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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第146話 ほーりゅう

「男なんだから、こういうときにこそ役に立ってよ!」


 初詣。

 そんなことを言いながら、明子ちゃんはジプシーを四人の先頭にすえる。

 鳥居の下を通ると、左右の道が合流したせいか、とたんに人の数が増えた。

 少しでもよそ見をして気を抜くと、すぐにあいだに人が入ってきて、はぐれてしまいそうだ。


 わたしはジプシーの後ろにくっついて進んだ。

 そのわたしの腕に明子ちゃん、その明子ちゃんの腕に紀子ちゃんがつながる。


「なんで、一番前にこだわるのかな」

「ほら、ぶつぶつ言わないでさっさと進んでよ委員長! 初詣といえば、綱を引っ張って鈴を鳴らさなきゃ、来た気がしないじゃない? 鈴を鳴らして神様の注意をひかなきゃ、願いごとを言っても意味ないってものでしょ!」


 そう言い切る明子ちゃんのために、要領良く人の波をかき分けてジプシーは進んだ。

 一番前の拝殿のところまでたどり着いたわたしたちは、どうにか本坪鈴ほんつぼすずの下までやってくる。

 お賽銭を投げてから、ほかの人と奪い合うように女の子三人で本坪鈴の鈴緒すずのおを揺すった。

 それから手を合わせたが、あまりの騒がしさと後ろからの押しで満足に思考がまとまらない。

 やっぱりお願いごとは、真夜中の静かな神社で済ませておいて正解だったなぁなんて、わたしは考えた。


 形だけ一通り拝んでから、わたしはせっかく先頭だからと賽銭箱の中をのぞきこむ。


 あるある。

 ニュースで見たことがあるけれど、お札を投げ入れている人って、本当にいるんだなぁ。


 そして、わたしは、満足した様子の明子ちゃんたちと一緒に参道の列から横へ抜けだした。




 初詣の参拝を終えたあと、わたしたちはファミリーレストランへ入った。

 同じように喉を潤そうと入ってくるお客さんで、お店は満席状態となっている。


 さっそくわたしは、メニューを広げた。

 ケーキでもパフェでも食べられる余裕が、わたしのお腹にはある。

 前に座った明子ちゃんと紀子ちゃんは、隣り合ってひとつのメニューを眺めながら、セットになるケーキの種類をあれこれ言い合っていた。


「なに食べる?」


 わたしは手にしていたメニューを、隣のジプシーの前へ押しだして聞いてみた。


「珈琲だけでいい」


 メニューへ一瞥もくれずに答えたので、わたしは不満げに口を開く。


「甘いもの、嫌いじゃないって前に言っていたよね? なにがあるのか、メニューくらい見たらいいのに」


 わたしの文句を聞いて、ジプシーは仕方がなさそうにメニューへ視線を落とした。

 その様子を横目に、わたしも自分の分を考える。


「なににしようかなぁ。ケーキセットのザッハトルテが美味しそうだなぁ。でも、フルーツ沢山のタルトも捨てがたいよね……」


 そうつぶやきながら、しばらく悩んでいると、ジプシーが言った。


「どちらかをおまえが選べば、違うほうを頼んでやる。おまえが両方を好きに食べればいい」

「本当?」


 いい提案をしてくれるなぁ。

 いそいそと、わたしは明子ちゃんたちと、店員さんへ注文を伝える。

 そして、ケーキセットが届くまで、無言に徹したジプシーをいつも通り放っておいて、女の子だけで盛りあがった。


 明子ちゃんにはミルフィーユ、紀子ちゃんにはベイクドチーズケーキが、それぞれの目の前に置かれた。


「ミルフィーユ、食べにくいってわかっているんだけれど、美味しいから外でも頼んじゃうんだよねぇ」


 そう言いながら明子ちゃんは、手で一番上のパイをはがした。

 たっぷりとカスタードクリームの付いた側を上に向けて、端から直接口でかじる。

 紀子ちゃんは、ケーキの端にフォークを入れて、同じようにつぶやいた。


「チーズケーキって、見た目シンプルだけれど、カロリーが高いからなぁ。その点、ほーりゅうってよく食べるわりには太らないよねぇ。うらやましい」


 わたしの目の前に置かれた、フルーツたっぷりのタルトを、紀子ちゃんは羨ましそうに見つめる。

 すると、いままで黙っていたジプシーが、ザッハトルテのそばに絞られた生クリームをフォークでつつきながら、ぼそっとつぶやいた。


「たしかに旅行中、あれだけ連日バイキングやらお菓子やら食べていたわりには、ほーりゅうの抱き心地は変わらないね」

「そういうジプシーは食べなさ過ぎ。旅行中、ほとんどなにも食べていなかったでしょ。ホテルの朝食も美味しかったのに、もったいなぁい」


 わたしがジプシーの言葉を深く考えず言い返したとき、ジプシーが上着の内側から携帯を取りだした。

 光の点滅が見えて、バイブ音もかすかに聞こえる。


「悪い。京一郎から着信だ。席をはずす」


 携帯の画面を見ながら立ちあがると、ジプシーは足早にレストランの入り口へと向かう。

 そして、扉を開けた彼が携帯を耳にあてながら外に出る姿を見たあと、わたしは明子ちゃんのほうへ向き直り……。

 ぎくりとした。

 明子ちゃんと紀子ちゃんのふたりに、わたしは、真正面から穴が開くほど見つめられている。


「――なに?」


 戸惑いながら口を開いたわたしへ、明子ちゃんがゆっくりと答えた。


「ほーりゅう。いま、すっごい内容の会話だったって、自分で気がついてる?」

「すごい内容? 旅行先のバイキングで、わたしが毎日山盛り食べていたって話?」


 わたしの返事に明子ちゃんが、小さい声ながらもつかみかからんばかりの勢いでテーブルの上へ乗りだして叫んだ。


「ちょっと、ほーりゅう! 旅行って、転校前の学校の友だちと行ってきたんじゃなかったっけ? それに、前に言っていたあなたの片想いの相手、モデル張りのカッコイイ男は、どうなってんのよ!」

「え、どうって」


 わたしは言い淀む。


 そりゃ、偶然向こうでジプシーとは出会ったけれど。

 旅行は本当に、前の学校の友人と行ったもの。

 それに、以前明子ちゃんに話をしたあの時点では、わたしの片想い相手が我龍だなんて知らなかった。

 この、我龍とジプシーが絡む微妙な関係図、わたしはうまく説明できない。


「えっと……。あれは、保留」

「片想いに保留があるわけないでしょ!」


 ごもっとも。

 わたしが、どのように返事をしようかと迷っていると、ふいに、テーブルの上まで乗りだしていた明子ちゃんが、突然おとなしくなって椅子に座りなおした。

 あれ?


「白熱してるね。なんの話?」

「え? とくになにも……」


 明子ちゃんがおとなしくなったのは、席にジプシーが戻ってきたからだったのか。

 ジプシーの前で、片想いの相手がどうこう言うのは、さすがにまずいと思ったのか、明子ちゃんはムッとしながらも黙りこむ。

 わたしは、明子ちゃんからの追求がなくなり、ほっとしつつ、目の前のフルーツタルトに視線を戻した。

 すると、席に着いたジプシーが、ザッハトルテのお皿をわたしの前に押しだしてきたので、わたしはさらに嬉しくなった。

 同時に、さっきまで明子ちゃんに問い詰められかけた話題が、きれいさっぱり頭から消える。


 美味しいものが目の前にあるなんて、幸せだよなぁ。



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