第145話 ほーりゅう
すぐに寝たせいか、わたしは爽やかに起床し、年の初めの朝を迎えた。
さっそく、予定通り叔母のところで新年の挨拶をしてから、おせち料理とお雑煮をいただいた。
お年玉を貰って、すぐに自分の部屋へ戻る。
このあとに叔母の仕事が入っているために、長居は逆に迷惑になるからだ。
戻る前に、マンションの一階にある郵便受けから年賀状を取ってきた。
引越しをするまで交流があった友人たちから届いた変わらない量の年賀状と、新たに知り合った友人たちからの年賀状。
そのせいで、昨年よりかなり多い。
嬉しく思いつつ、出し忘れがないか、名前を確認しながら眺めていった。
新しく増えた女友だちはマメできっちりきていたし、わたしからの出し忘れもないからオーケーだね。
けれど、京一郎やジプシーからは届いていなかった。
まあ、男子ってものは、そんなものだろうな。
それからわたしは夢乃の家に向かうべく、外出の支度をはじめた。
「ほーりゅう、ごめんなさい!」
夢乃の家の玄関を開けたとたんに、振袖を着て薄化粧までした夢乃が、待ち構えていたように手を合わせてわたしへ謝ってきた。
なんのことかとびっくりしたわたしに、夢乃の後ろについて玄関まで出てきていたジプシーが言葉を続ける。
「島本夏樹から連絡があった」
「え? それって」
「ほーりゅう、明子ちゃんたちにも謝っておいて欲しいの。ごめんねって」
そう告げると、なんと夢乃はそのまま、小走りに飛びだしていってしまった。
呆気にとられているあいだに置き去りにされたわたし。
えっと……。
どうすればいいの?
「とりあえず、あがったら」
ジプシーが声をかけてきた。
我に返ったわたしは言われるままに、靴を脱ぐ。
居間に入ると夢乃の両親がそろっていたので、慌ててわたしは新年の挨拶をした。
そして、ジプシーに促され、二階の彼の部屋へとあがる。
「夢乃は、おまえや藤本たちと初詣に行くつもりにしていたが、ついさっき、彼からこっちに戻ったと電話が入ったんだ」
わたしへベッドの縁へ座るように指示したあと、ジプシーは、勉強机の上に置いていた腕時計を手にとってはめながら説明してくれた。
「え? でも、島本さんって怪我していたよね。そんなにすぐに、こっちへ戻ってこられないと思ったんだけれどなぁ」
素朴なわたしの疑問に、ジプシーは淡々と答える。
「肩に受けた弾傷のことだろ。彼の鍛え方なら五日もあれば充分に動けるだろう。俺も以前に一度、似たような怪我をしたときも五日で抜糸したし」
――それって、ジプシーも昔、同じように撃たれたことがあるって意味になるよね。
昔から危ないことをしているんだなぁ。
そして、島本さんが帰ってきたってことは、我龍も一緒に、こちらに戻ってきたって意味になるのかと、わたしは、ぼんやり考える。
腕時計に続いて財布もジーンズの後ろポケットに入れたジプシーが、クローゼットから上着をとる姿を見たわたしは、ふいに、あれっと思った。
「ジプシーも、いまから出かけるの?」
すると、ジプシーは当たり前のような顔をして、わたしへ告げた。
「おまえは藤本たちと、いまから初詣に行くんだろ。俺も一緒に行くから」
――え?
なんでそうなるの?
「ちょっと! ほーりゅう、なんで委員長が一緒なのよ!」
待ち合わせ場所でジプシーの姿を確認した明子ちゃんは、わたしの腕をとると、少し離れたところまで引っ張っていく。
そして、押し殺した声で詰め寄ってきた。
「だって、夢乃が用事でこられなくなったのよ。そうしたら、代わりにくるって」
「その理屈がわかんないんだって!」
「まあまあ。きちゃったものは仕方がないじゃない。委員長って考えているほど害はなさそうだから、取りあえずいいんじゃないの? はやく行こうよ」
紀子ちゃんがあいだに入って、ひどい言い方だけれどまとめてくれた。
そのため、なぜかわたしと明子ちゃん、紀子ちゃん、ジプシーという異色のグループで電車に乗り、四駅先にある大きな神社へ、初詣に向かうことになる。
「大きな神社だから人も多いのよ。ほーりゅうってば、はぐれないでよ」
「いつもほーりゅうをみてくれる夢乃が、今日はいないものねぇ」
駅からでたあとは、わたしは明子ちゃんと紀子ちゃんのふたりに挟まれた形で、三人並んで人ごみの中を歩いた。
昨夜のジプシーは、わたしがついてくるものと決めつけた感じで、ひとりでさっさと歩いていたのに、今日はおとなしく、わたしたち女の子の後ろを黙ってついてくる。
学校の人たちがいるところでは、出しゃばる素振りは全然見せない。
自分はもう初詣に行っているくせに、いまは、なにが目的でついてきたのだろう。
大きくて有名な神社は、鳥居が見えてくるまでの大通りに、沢山の参拝者と、その参拝者目的の屋台が軒並み並んでいる。
ひっそりとした昨夜の神社とは大違いだ。
食べ物も買い物も帰りに寄ろうねと言いながらも、そのためにいまから物色しながら、人の波に乗ってゆっくりと進んでいった。
「江沼!」
ふいに、近くでジプシーの苗字を呼ぶ声が聞こえた。
わたしたちは全員、声の出どころを探してあたりを見回す。
すると、人波のあいだから、なんと足立生徒会長が顔をのぞかせた。
「江沼、ほぼ一週間ぶりだな。丁度いい。貴様からの新年の挨拶を受けてやろう」
会長の相変わらずの物言いに、わたしたちは呆然としながらもジプシーの反応に興味津々で、黙って様子をうかがう。
そのあいだに、会長はひとりの少女をひき連れて、人波をかき分けながらわたしたちに近づいてきた。
わたしは彼女に見覚えがある。
たしか、わたしが転入してきた日の夜に会った会長の妹、中学生の足立真美だ。
あのときも可愛いなぁと思ったけれど、長い髪を綺麗にまとめあげた今日の振袖姿は、さらに可憐さを増していた。
彼女は、わたしとジプシーを見て驚いた表情を浮かべた。
けれど、兄の手前か現在の状況の様子をみるためか、口を開かず頭だけをさげる。
「江沼。いま、露骨に嫌な顔をしたな?」
妹の様子に気がつかない会長がジプシーの前に立ち、じっと見据えて口を開いた。
「――いいえ、先輩。そんな。感謝こそすれ、嫌な顔だなんて」
うつむき、会長から視線をそらしてはいたが、予測していなかったであろうジプシーの言葉に、会長は一瞬鼻白む。
けれど、すぐに含み笑いをみせながら口を開いた。
「江沼。なにか言ったか? 周囲がうるさくて聞こえなかったのだが」
「このタヌキ」
ジプシーがうつむいたまま小声で続けた瞬間、会長はジプシーの顎を片手でつかみ、自分のほうへと向けた。
「どの口がなにを言う!」
「先輩、充分いまの声、聞こえているじゃないですか」
会長の手を振り払いながら、ジプシーが言い返す。
そんなやり取りなのに、ふたりのあいだには、以前のようなとげとげしい雰囲気が感じられなかった。
そして、会長が苦笑するようにつぶやく。
「前の電話のときには心配したが、元気そうで安心したぞ」
わたしが「あっ!」と思ったときには、もう会長は別のほうへ視線を向けていた。
「お! あそこを行くは、我が生徒会の副会長ではないか。真美、行くぞ!」
そして、もうこちらには目もくれずに、ふたたび人ごみをかき分けて離れていく会長たちの後姿を、わたしたちは唖然と見送った。
新年から、本当にマイペースな生徒会長だなぁ。
そう思ったわたしへ、明子ちゃんが耳打ちした。
「わたしらの高校の生徒会長ってさ、近くで見ると、妙な迫力があるよねぇ」
「うん。そうだよね」
わたしはうなずきながら。
――そうだった。
旅行中のあのとき!
わたしと喧嘩をしている最中に、会長からの電話をジプシーが受けていたなぁと思いだした。
ジプシーが仕事の真っ只中だったから深く聞かなかったけれど。
ジプシーは、会長と、どんな会話を交わしたのだろう?
あのときを境に、ジプシーは少し、わたしに対する態度が変わった気がする。






