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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第144話 ほーりゅう

 大みそかまで暇なわたしは、夢乃の家に入り浸った。


 九月に独り暮らしをはじめるために引っ越しをしたわたしは、そんなに年末大掃除をするほど汚れているところはないよねと、自分に言い訳をしながら簡単に済ませたし。

 わたしの母は、家で毎年おせち料理を作る習慣がなかったので、夢乃のお母さんが作るところを見るのは楽しい。

 買い出し係兼味見係をしながら、夢乃も手伝う姿を、わたしは飽きることなく眺めていた。




 大みそかの日は夕方の五時ごろ、仕事が終わったわたしの叔母が、夢乃の家まで迎えにきてくれた。

 夢乃と、夢乃のお母さんにお礼と年末の挨拶をして、重箱に詰まったおせち料理を、叔母とふたりでホクホクと持って帰る。


 叔母は医師なので、元旦のお昼には交替で病院に戻るという。

 独身で身軽な叔母は、いつも年末年始は病院へ泊まりだったそうだけれど、今年はわたしがいるから、少しでも休みをとってくれたらしい。


 わたしはマンションへ戻ると、まずはお風呂に入ってさっぱりとした。

 そしてマンションの五階の叔母の部屋で、一緒に年越し蕎麦を食べた。

 そのまま、年末お決まりの歌番組をテレビで観ながらコタツでみかんを食べるという王道の時間をゆっくりと過ごす。

 そして、長い番組が終わる前に、わたしはマンション二階の自分の部屋へと戻っていった。


 明日は朝の八時ごろ、叔母のところへ新年の挨拶に行こう。

 そして一緒にお雑煮とおせち料理を食べよう。たぶん、お年玉も貰えるだろうな。

 そのころには届くであろう年賀状のチェックをしてから、夢乃の家へ行こうかな。

 明子ちゃんから、初詣の待ち合わせの連絡が夢乃のところへ入るはず。


 そんなことを考えながら、わたしは電気をつけて部屋の真ん中へ入っていった。

 すると。

 突然、部屋の電話が鳴り響いた。


 真夜中の電話。

 電話をかけるのは夜の十時まで。急ぎのとき以外は次の日に。

 なんて思ったけれど、切れる様子もなく鳴り続けるので仕方がない。

 本当に急ぎの電話かもしれないしと、わたしはおそるおそる受話器を取った。


『いますぐコートを着て、外へでてこい』


 受話器を耳にあてたとたんに、携帯特有の雑音とともに、命令口調のジプシーの声が聞こえた。

 そして反論する間もなく、すぐに切れる。


 なに? なにがあったの?


 それでも慌てて言われた通りにコートを着ると、わたしは部屋の鍵をかけるのもそこそこにマンションの外へ走りでる。

 すると、マンションの入り口のすぐ前に、ジプシーが立っていた。


「なぁに? どうしたの?」


 勢いこんで訊ねたわたしだけれど。

 わたしの姿を一瞥したジプシーは、返事をせずに、さっさと歩きだした。

 呆気にとられたまま、わたしは彼のあとを、数日前と同じ状況となって、ついていくはめになる。


 なんとなく声をかけにくい雰囲気。

 なにがあって、いまからどこへ行くんだろう?

 まさか、こんな夜中にアスレチックではないはずだ。


 無言で夜道を歩いていると、ふと、除夜の鐘の音がかすかに聞こえてきた。


「この近くに、お寺があるの?」


 さすがに気になったので、ジプシーの背に小さな声をかけてみる。


「――いや。テレビの音が漏れ聞こえているんだろ」


 前を向いたままの素っ気ない返事だったけれど、なるほどと思う。

 この真夜中の時間帯、誰の姿もない住宅街。

 でも、年末年始を起きて過ごすために、テレビをつけている人が多いようだ。


 しばらくしてから、腕時計を見たジプシーがつぶやいた。


「年が明けた」


 ああ、もう十二時を過ぎて、新年になったんだ。

 そう思ったわたしは、このままジプシーがどこに向かうのかわからなかったけれど、一応型通りの言葉を口にしてみる。


「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」


 わたしの声に、さすがに立ち止まって振り向いたジプシーは、深々と頭をさげたわたしを見ながら言った。


「新年おめでとう」


 そして、すぐにジプシーは前を向いて歩きだす。

 やがて、いままでわたしが通ったことのない大きなバス道の横断歩道を渡っていった。


 バス道を渡った先に、小さな公園があった。

 公園の中を通り抜ける形で隣接したところに、後ろに小さな森を従えた神社が見える。

 公園と神社の境に作られた鳥居をくぐり、社殿まで続く参道を歩きながら、わたしはようやく気がついた。


 そうか。

 これってもしかして、初詣なんじゃない?

 わたしはいままで昼間しか行ったことがなかったけれど、年がかわる夜中に初詣へ行く人がいるって聞いたことがある。


 なんだ。

 それならそうと最初に言ってくれたら、どこへ連れて行かれるのかとドキドキすることもなかったのに。

 それにしても、こんなところに、街中に溶けこんだような小さな神社があるなんて。


 真夜中の初詣にくる人たちは、ちらほらと姿がみえるけれど、そんなに多くはなかった。

 友だち同士のグループやカップルがほとんどで、子ども連れの家族は見当たらない。

 誰もが皆、もの静かにお参りしていた。

 その様子を見ながら、わたしは首をかしげる。


 なんでジプシーは、わざわざ真夜中にきたんだろう。

 べつに昼間でもいいと思うのに。

 そういえばジプシーって、もともと家が代々陰陽道の一族とかいっていたから、ここの神社になにか関係や急ぎの用事があるのだろうか。


 それならば邪魔をしたらいけないと考えたわたしは、黙っておとなしくジプシーのあとについて歩く。

 けれど、わたしの予想とは裏腹に、普通に神さまの前に立ってお賽銭を入れ、二礼二拍手一礼に則して柏手を打つジプシーを見て、わたしも慌てて横に並んだ。同じようにお賽銭を入れて手を合わせる。


 なにをお願いしようかな。

 やっぱり健康一番か。

 学業向上か。

 ――恋愛は、なんだかわたしの中で、勢いがなくなっちゃったな。

 相手が我龍だって知ったときに。


 あの彼が――屈託のない笑顔と楽しそうに話をしていた彼が、どうしてもジプシーの家族を見殺しにしたうえにひどい言葉を浴びせたという我龍だということに、わたしの中では結びつかない。

 だから、ひとときの夢を見ていた気分だ。

 わたしの中で、彼に対する現実味がなくなったっていうのが正しい表現かな。


 そう考えたわたしは、ふと、横で瞳を閉じているジプシーへ視線を向けた。

 彼は、なにを思っていま、手を合わせているのだろうか。

 けれど、いつもの無表情のために、その横顔からはなにも読み取ることはできなかった。




 その神社の一角で、かなり大きな焚き火があった。

 こんな真夜中の、逆に人が少ない小さな神社だからできることなんだろう。

 参拝者の何人かが、静かに火を囲んでいる。


 おみくじやお守りに興味がないわたしとジプシーは、引き寄せられるように、焚き火へ近寄っていった。

 火をかきながら、ひとり焚き火の調節をしているのは、この神社の神職だろうか。


 でも、実際に焚き火へ近寄ってみてわかった。

 焚き火って、意外と温かい。

 じゃなくて、熱い!

 見た目以上にだんのとれるものなんだ。


 そう思いながら、わたしはちょっとずつ後ずさって、焚き火からじりじりと遠ざかる。

 ジプシーって、あんなに近くで熱くないのかなぁと、動かない後姿を離れて眺めていたら、ゆっくりと近づいてきた人影に、わたしは声をかけられた。


「彼はこの三年ほど、いつもひとりできていたね」


 わたしがハッと顔を向けると、声をかけてきたのは、先ほどから焚き火を調節していた、かなり年配の神職だった。


「初詣にくる人たちは、たいがい新年を祝う気持ちできているが、彼は悲痛な面持ちでくるものだから、毎年目をひいていた。今年は、初めて見る穏やかな顔つきだから安心したよ」


 そう告げると、神職は、わたしに笑いかけた。


 悲痛な面持ち?

 さっきは、いつもの無表情で拝んでいるなぁと思っていたけれど。

 いままでのジプシーは、負の感情を顔にだしてお参りしていたってこと?

 いったい、なにを考えながら、初詣にきていたんだろう。


 そこまで考えたわたしは、ふと、旅行中に聞いたトラの話を思いだした。


 ――そうだ。

 思い当たることがある。

 まさかと思うけれど、毎年初詣にお賽銭を投げながら、打倒我龍!と誓っていたのではないだろうか。

 ジプシーの性格ならありえそう。

 でも、今年はわたしがついてきたから、無表情に徹しているのかな。

 っていうか、勝手にわたしがついてきたんじゃなくて、また巻き添えでジプシーに連れだされたんだけれど!


 しばらくしてから、ジプシーが帰る方向へと向きをかえた。

 わたしは、不思議に思って近寄りながら声をかける。


「あれ? ここに用事があるんじゃないの? だから真夜中に、わざわざこの神社へ出向いてきたんでしょ?」

「いや」


 素っ気なく口にしたあと、わたしの言わんとする意味に気がついたのか、ジプシーは言葉を続けた。


「俺は正式に陰陽師を継承していない。本家からは勘当され切り離されている。どこにも所属していないから、新年の挨拶もなにも関係がない」


 そんなものなの?

 陰陽道一族直系のトラに匹敵する力を持っていても、監視外で野放し状態だなんて、いいのだろうか?


 わたしは腑に落ちない気もしたけれど、本人がいいって言っているんだったら、まぁいいかと思いなおし、あとに続く。

 ただ、鳥居の端をくぐる直前に、笑顔の神職と目が合ったわたしは、小さく頭をさげた。




 行きに通った同じ道を、逆に帰る。

 今度はもう道や行き先がわかっているから、不安なくついていった。

 ふたりとも、無言で黙々と歩いたために、ほどなくわたしのマンションの前に着く。


「じゃあ」


 立ち止まったジプシーは、あっさりとそれだけ言って、わたしにマンションの中へ入るようにと促した。


「あれ? 本当に初詣だけ? せっかくだから、あがっていく?」


 あまりのそっけなさに思わずそう口にしたら、ジプシーは、ちょっと考えるように視線をさまよわせて言った。


「このまま帰る。おまえも明日は寝過ごさないように、さっさと寝ろ。俺も朝は、夢乃とそろって彼女の両親に挨拶しなきゃならないし」


 そうだ、年の初めに寝過ごしたら大変だ。

 それに夜更かしは美容の敵だものね。

 わたしは、それじゃあとジプシーに見送られて、マンションに入った。


 でも、なんでわたし、一緒に初詣へ連れていかれたんだろう?

 わたしが同行した意味って、あったのだろうか。



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