第133話 ほーりゅう
「ならば、その製作者を捕まえて、もう一度……」
「それは無理だ」
B.M.D.が、製作者である如月さんを目で探しかけると、それまで同じように呆然とことの成り行きをみていたラストダンサーが、会話に割りこんだ。
「私はずっと、彼のそばで彼の研究を見続けていた。とても、もう一度初めから再現できる研究内容と量ではない。――私のほうも、任務失敗で上に報告しなければならないようです」
「冗談じゃない! 失敗しましたで本国へ戻れるものか! 私の気がおさまらない」
そう叫ぶと、B.M.D.は手にしていた銃の先を、ひとりはぐれて様子をうかがっていた夢乃へ向けた。
まずい。
夢乃は捻挫ですぐに動けない!
でも、そう思った瞬間、ラストダンサーが夢乃に向かって飛んだ。
銃声と同時に、夢乃を抱きかかえた彼の左後ろの肩から鮮血が散る。
そのタイミングでB.M.D.へ、フリーになったジプシーが岩陰から飛びだし駆けだした。
わたしの隣で、ジプシーが飛びだす様子を見たトラが、上着の内側から鞘に包まれた短剣を取りだして、すばやく抜く。
さらっと耳に心地良い音とともに、光の下にさらされ反射した剣を両手で持ったトラが真言をつぶやいた。
ほぼ同時にジプシーの、異なる真言を唱える声が重なる。
一直線にB.M.D.へダッシュするジプシーが、わたしには、いくらなんでも無鉄砲に見えた。
夢乃から自分へ注意をひきつけるためなのだろうか。
思った通り、B.M.D.の銃口が、今度はジプシーに向けられる。
彼が引き金に力をこめると思われた瞬間、この岩場一帯の地面に巨大な陣が浮かびあがり、中心となる地面から上へ向かって一瞬にして放電するのが、わたしの目でも見えた。
――あれ?
この術は。
わたしが文化祭の日に、ジプシーから食らった術に似ている。
へぇ! 陣の外側から眺めると、こういう風に見えるんだぁ。
ついうっかりと、わたしは能天気に見つめて感心してしまう。
その陣の中心にいたB.M.D.は、電撃をまともに食らって硬直したまま動けず、その瞬間に、ジプシーが一気に間合いをつめた。
スピードを落とさないまま跳躍したジプシーは、そのままB.M.D.に廻し蹴りを飛ばす。
その直前に放電から開放され身体のバランスを崩しつつも、どうにか無意識にジプシーの蹴りを避けたB.M.D.に、そこへジプシーは着地しながら、かわされた廻し蹴りを振り戻して、B.M.D.の握っていた銃を、踵で蹴り飛ばした。
「さすが! 俺の攻撃術発動と同時に聡も真言で術を発動して、一瞬で自分の足場になるところだけ俺の術を無効化した。相変わらず奴の陰陽術のセンスはすごいなぁ」
声もだせずに呆然と見ているわたしの隣で、剣を鞘におさめながら、トラは感嘆の声をあげた。
トラの術から開放され、ふらつきながらも動けるようになったB.M.D.は言った。
「なるほど。これが噂に聞いた力ですか。そして接近戦。望むところですね。直接この手で殺ってあげましょう」
そして、呼吸を整えたB.M.D.が素手でファイティングポーズをとる。
それを見たジプシーも無表情のまま、同時に腰を落とした。
他国のA級エージェント。
そんなプロ相手に、ジプシーの拳法は通用するんだろうか。
「島本さん!」
彼らを挟んだ向こう側で、倒れた男のそばにひざまずいて、夢乃の呼びかける声が聞こえる。
けれど、倒れた彼は起きあがる気配がなく、肩口から血の色が地面へ広がっていく様子が見えた。
あのラストダンサーと呼ばれるエージェント。
わたしから見ても、たしかに夢乃をかばって撃たれたように思えた。
彼は、夢乃を人質にとっていたんじゃないの?
なんで夢乃、そんなに親しそうに名前を呼ぶんだろう?
そう考えながら見つめていたわたしの目の前で、B.M.D.とジプシーの闘いがはじまった。
わたしってば、そういえばジプシーの闘いって、京一郎との練習でしか見たことがないんだった。
だから、素手での闘いに関してまったくの素人のわたしには、いま目の前で繰り広げられている動きは、目にもとまらない速さのために、なにがなんだかわからない。
どちらかがより速くて強いかなんて、さっぱりわからないや。
ただ、ジプシーと京一郎の練習風景を眺めていたときに感じた印象や、いま、目の前で繰り広げられている場面の印象からは、熟練された武道家同士の闘いは、ダンスのようで綺麗だなぁ、なんて、能天気に考えていた。
でも、ジプシーの表情に、気がついた。
無表情は普段と変わらないけれど、なぜだろう? いつもの余裕が感じられない。
受ける攻撃はすべて避けているけれど、ジプシーの綺麗な攻撃も相手に決まらない。
ぎりぎり防御に徹している印象を受けた。
「まずいな。聡がおされてる」
隣にいるトラのつぶやきを聞いて、やっぱりそうなんだと思った。
すると、トラが思い当たったように続けた。
「ああ、そうか。あいつ、実戦のときの癖がでているんだ」
「――なに? それ」
トラは、ジプシーから視線をそらさず、わたしにだけ聞こえるような小さな声で説明してくれた。
「聡は昔から体格が小柄だから、練習のときの技のスピードはあるんだよ。でも、実戦となると、どうしても攻撃に威力を加えようとするために、タメて体重を乗せる癖があるんだ。そのタメの分、練習のときよりも技のスピードが落ちる。そのうえ今回はB.M.D.と比較して勢いがない。さっき部屋で聡は、ああは言ったけれど。やっぱり人間を殺すなんてできないから、手加減が無意識にはいっているんじゃないかな」
トラからそう聞いたわたしは、ジプシーを見つめた。
ジプシーは人を殺せない。
でも、プロのエージェントであるB.M.D.は、躊躇なくジプシーを殺すだろう。
その思い切りの差がでているんだ。
そう思ったとき、いままでテンポ良く素手での攻撃を繰り返していたB.M.D.の右手に、一瞬、まぶしい光が反射してきらめいた気がした。
いままでの彼の格闘リズムが、微妙に変わる。
わたしがあっと気がついたときには、もうB.M.D.は踏みこんでいた。
とっさに自分の顔面を両腕で防いだジプシーへ向かって、右手に持った鋭利なナイフで切りこむ。
そしてわたしは、そのナイフが、ジプシーの両手首の内側を、上着の袖ごと深く切り裂くのを見た。






