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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第四章】対エージェント編
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第130話 ジプシー

 人気のないホテルの廊下を、俺たちはエレベーターホールへ向かって走った。


 柔らかい絨毯を敷きつめた廊下は足音を吸収するために、俺たちは音なく走っていると、遠方で、ちょうどあがってきたエレベーターからでてくるひとりの少女の姿が見えた。


 染めているのか綺麗な栗色のショートの髪。

 意志の強そうな瞳と引き締まった口もと。

 小柄な身体に、このホテルには場違いなセーラー服。

 小さなリュックを背負っている。


 その少女は、両側へ延びる廊下を見渡してから俺たちに目を向けると、まっすぐ俺を見つめてくる。

 そして、初対面とは思えない口調で声をかけてきた。


「ねぇ、ちょっとあなた! 部屋を訊きたいんだけどさぁ」


 当然、無視を決めこみ、彼女の脇をすり抜けて行こうとした俺の前に、予想外に素早い身のこなしで、少女は立ちふさがる。

 仕方なく、俺は止まった。

 このタイミングで現れた少女に対して警戒をしながら、視線を向ける。


「俺たちは急いでいるんだ。ほかの人にあたってくれ」


 俺の言葉を聞いてもまったく気にした様子もなく、彼女は、右手を目の高さにゆっくりとあげた。


「わたし、仕事しにきたんだけれど、うっかり相手の部屋番号、聞きそびれたんだよねぇ」


 後ろで様子をみていたトラが、ほーりゅうに耳打ちする声が聞こえる。


「こいつ、怪しいバイトでもしているじゃないの?」


 聞こえているだろうトラの台詞にも気にせず、彼女の右手は、なにも持っていないことを示すように手のひらを俺にむけて見せたあと、ゆっくりと手と指の形を変えていった。

 すべてを握ってグーにし、次に手の甲を見せて上に向けた人差し指と中指をつけたチョキ、最後に手の甲を見せたまま横に倒し、人差し指と中指を開いて親指を立てた。


 その移り変わりを見つめていた俺は、ふと頭の中によぎるものを感じ、思わず声にだしていた。


「もしかして、おまえが、ルカ?」


 俺の言葉に、彼女は、ほっとしたように笑顔をみせた。


「やっぱりあなたがジプシーか。良かった。話が通っているみたいで」


 夢乃の親父さんは、彼女に手話で俺の本名を呼ばすことで合言葉と考えたらしい。

 盗聴器を警戒するには、たしかに声をださなくてすむ方法だ。

 だが。


 夢乃の親父さんは、俺が手話を理解できることをよく知っていたものだ。

 普段は家の中で取り立てて会話をしたこともないが、それなりに俺を見ているってことなのか。


「実は、少し前から情報部が追いかけている人物がいて、そのために人手不足になっちゃっていて。だから、外部のあなたに今回依頼が行っちゃったんですよぉ。けれど、事態急変ってことで、手のあいたわたしに合流指示がでました。流花です。よろしく」


 この高校生ほどに見える少女が、情報部の人間なのか? 

 右手で敬礼しつつニッと笑ってくる彼女を見ながら、だが、人は見た目じゃないと思いなおす。

 自分も他人から見たら、どう思われていることやら。


「人手不足になるくらい、情報部が集団で追いかけている人物?」


 なにげなく口にした俺の問いに、あっけらかんと流花は応えた。


「詳しくは話せないんだけれど。人間離れした能力の持ち主で、もうこっちは大人数での捕り物になっちゃって」


 俺とトラ、ほーりゅうは、人間離れした能力という言葉に、思わず顔を見合わせる。


「それって……」


 言いかけたほーりゅうの口を、とっさに俺は片手でふさいだ。

 たぶん彼女がうっかりピンポイントで名前を言おうとした奴のことを、代わりに俺が湾曲した表現で口にする。


「それって、噂で聞いたことがある。人間離れというか、特別な……超能力と呼ばれる類の力を持った少年、じゃないのか?」

「そうなんですよ。あ、噂を聞いたこと、あるんだ?」


 俺は思わずほーりゅうを放りだし、流花の肩をつかんでいた。


「そいつ、いま、どこにいる!」


 流花は驚いたような表情を浮かべた。


「なんで? その人物のこと、なにか情報を持っているの?」

「いや、――気になっただけだ」


 流花は、俺の手を振り払いながら、ぷいっと横を向いた。


「守秘義務があるため、これ以上は部外者に教えられません!」


 たしかに。

 残念だが、そう納得しかけた俺に、流花は苦笑いを浮かべながら続けた。


「なんて取り繕っても、おかしいか。本当は、その人物の返り討ちにあったうえに逃げられちゃったんです。そのあと、特設部は解散。無傷はわたしひとり。なので、こちらに増援で回されました」


 プロフェッショナルのエージェント集団を返り討ちにあわせる能力者の少年。

 どう考えても、その人物とは奴のことだ。


 流花がひとり無傷だということは、それだけ彼女に実力があるか。

 あるいは逆で、彼女だけ前線から外されていたか。

 もしくは奴が、相手をするほどではないと見逃したか。


 彼女は、如月に目を向ける。

 そんな流花へ、俺はうなずき返した。


「彼が保護をする人物だ。情報は俺があずかっている」


 うなずいた流花は言った。


「それじゃあ、これからもうひとつのホテルに待機している刑事のところへ?」


 俺は、つけているインカムを通して、京一郎に聞こえるように指示をだす。


「京一郎、情報部の応援と合流した。俺たちが向こうのホテルに到着するタイミングで、情報部からヘリでも飛ばしてきてくれるように、桜井刑事に伝えてくれ。流花は如月さんの護衛。ほーりゅうはトラから離れるな」


 そう言ってトラを見たとき、トラがつぶやくように言った。


「夢乃を見つけた! これは、――自動車道の下に、雑木林があったよな。あの場所だ」

「雑木林? なぜそんな場所……。向こうのホテルへの最短距離になるからか?」


 俺は、だが考える時間はないと決断する。


「とりあえず、そのルートで向こうのホテルに移動しよう」



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