第13話 京一郎
ジプシーは、左手でリボルバーを抜くと、すばやくシリンダーのなかの弾丸チェックをする。
最後に、グリップの底に彫られてある刻印を一瞥してから、銃をホルスターへと戻した。
俺は、ジプシーの動きと、その裸の胸もとで光っているロザリオを、いつも湧きあがってくる不思議な想いを味わいながら見つめた。
この一連の動作は、俺が声をかけることを許されない彼の儀式だ。
その上から黒いTシャツをかぶると、ジプシーは濃紺のジーンズにはきかえる。
そして、同色の、やや重そうなジーンズジャンバーを羽織った。
その厚手の上着なら、通常と反対側に吊ってあるリボルバーは気づかれない。
もともと童顔のせいか、ジプシーはラフな私服に着替えると、さらに見た目の幼さが強調される。
充分、中学生に見えないこともない。
しゃがみこんだジプシーは、運動靴の紐を締めなおし、暗示をかけるかのようにつかの間瞳を閉じる。
それから、俺へ向かって唇の両端をあげてみせると、いかにも作ったような無邪気な笑みを浮かべた。
「いまから、連中に捕まっている俺の大切なガールフレンドを助けにいってくるよ」
役に入ったその物言いに、俺は呆れつつも手を振ってやる。
「へえへえ、どうぞいってらっしゃい」
俺のやる気のない見送りを背に、教室の出入り口へと向かったジプシーは、きたときと同じように音もなくドアを開けた。
すると。
向こう側からドアへ耳を寄せるように全身で張りついていたほーりゅうが、さっと飛び退いた。
慌てたように笑顔となった彼女は、あいさつをするように右手をあげる。
「はぁい」
彼女の気配は、まったくなかった。
さすがに俺も、どうやらジプシーも予測をしていなかったようだ。
珍しいジプシーの驚いた顔、夢乃にも見せてやりたい。
「えぇ、っと、なに? おまえ、委員会からここへくるまでに、あとをつけられていたの? ドジだよねぇ……」
思わず俺は、ジプシーの背に向かってつぶやいたが。
そんな俺のほうへ、ほーりゅうは指を突きつけて言い放った。
「わたしが、あとをつけたのは京一郎! そのあとは近くの教室に隠れていたの!」
5時間目が終わったあと、俺がジプシーの自宅へ寄って高校へ戻ってきてから、昼寝も兼ねてここにきた。
そのあいだ、だいたい3時間。
つまり、この女も、そんな俺の近くで、ずっと息をひそめて待っていたのか?
っていうか、いつから、どのあたりから俺をつけてきたんだ?
茫然と見つめる俺の様子に、彼女は勝ち誇ったような顔をしながら両手を腰にあて、ふんぞり返った。
さらに、得意げに言葉を続ける。
「はじめはジプシーをつけていたんだけれど、途中でまかれて見失っちゃったのよ。うろうろしていたら、窓から京一郎が学校へ戻ってきたのが見えて、そのまま尾行したの! どう? うまくいったでしょ?」
どうだと言わんばかりのドヤ顔に、俺は二の句が継げなかった。
この女……。
思ったことはなんでも口にしなければおさまらない、隠しごとが苦手なタイプのようだ。
そして、明らかに行き当りばったりで行動している。
呆気にとられてほーりゅうを見つめていた俺は、ジプシーからの視線を頬に感じた。だが、その瞳は俺を責めていない。
なぜなら、失敗があってもフォローができれば問題がないというのが奴の考え方だからだ。
「時間が惜しい。京一郎、あとは任せた」
俺の予想通り、そう告げながら身をひるがえしたジプシーは、するりと彼女の脇を器用にすり抜ける。
「やーん、わたしもついていく!」
そう叫んでジプシーのあとを追いかけようとしたほーりゅうの前へ、俺は素早く回りこんで立ちふさがった。
考えたら、朝からこいつはチョロチョロと目障りだったんだ。
ジプシーが出てしまえば、もう今回は、俺のやるべきことはない。
今後これ以上、俺たちの周りをうろうろされないように、いまここで釘を刺しておいても構わないはずだ。
俺は、15センチほど低いであろう彼女を威圧的に見おろした。
俺の脇をすり抜けようとして叶わなかった彼女は、キッと見あげてくる。
沈黙のなかの殺気を感じ取ったように、ほーりゅうは、そのまま真っ向から俺を睨みつけてきた。






