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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第四章】対エージェント編
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第122話 ほーりゅう

 部屋に漂う薬と殺気がないために、わたしの超能力がでない。

 この状況で貞操の危機。

 天然のわたしでも、この状態は笑ってすませられない!


 ベッドの上で、敵となる男に押さえつけられたわたしは、今回はさすがにジプシーも京一郎も助けにきてくれなさそうだと、きつく目をつむった瞬間。


「ほえ?」


 わたしは思わず、場にそぐわない間抜けた声をだしてしまった。

 突然、頭の中に聞いたことのない言葉が飛びこんできたからだ。


 脱力を誘うようなわたしの声に、さすがに男は驚いた顔をした。

 わたしを押さえこんでいた身体を、不思議そうに少し離して見おろしてくる。

 けれど、その視線を浴びていても気にならないくらい、わたしの意識はそれていた。

 頭の中に、ふたたび声が響いてきたからだ。


『ほら、いま伝えた言葉を声にだして言えよ。属性が違えば、別のコマンドを試さないといけないんだから』

「コマンドって、なによ? しかも長くて覚えられない。もう一回」


 さらに間抜けたことをつぶやくわたしに、ため息まじりの我龍から同じ言葉が、今度はゆっくりと頭の中に伝えられた。

 ありがたいことに、わたしの様子が変わったことに気がつき、怪訝な表情になった男が次に進む動作をとめ、わたしを見つめている。

 そのあいだに、ワラにもすがる気持ちで、わたしは我龍の言う通りに真似をして、呪文を口にした。


 意味がわからない言葉の羅列。

 最後に「ヴェナスカディア・ペンタクル」とついたところだけが妙に気になる。

 でも。

 言い終わっても、特になにも起こらない。

 わたしが言い間違ったのかな?


『属性違いか。雰囲気からペンタクルだと思ったんだけれどな』

「ちょっと! この状況でなにをのんびりと……」

『次』


 わたしは、しぶしぶ我龍のあとに続いて、同じように別の言葉を口にする。

 こんどは最後に「ヴェナスカディア・ワンド」という言葉がついた。

 ワンドって、バトンの意味だっけ?


 そんなことを考えながら声にだし終わった、そのとき。

 わたしの首にかけていたロザリオが一気に熱くなるのがわかった。

 そして、わたしの周りの空気が一変したのを感じる。


 内側から沸き起こるいつもの感覚がないのに、そのときと同じような現象。

 わたしの身体を中心に突如風が巻き起こり、目の前の男はもちろん、部屋の物を吹き飛ばしながら、派手な音を立てて窓ガラスを次々と割っていく。

 止めようがなく続く渦巻く風の中、声なく壁に背から叩きつけられた男を唖然と見ているわたしに、我龍の声が聞こえた。


『なにをしている。いまのあいだに逃げろ』


 あ、そうか!


 巻き起こった風と外気が流れこんだために部屋の香りが消し飛んだのか、わたしは力が戻った身体を起こす。

 そして、まだ部屋の中を吹き荒れている風の抵抗を避けるように、わたわたとドアに向かって這うように移動すると、廊下に飛びだして駆けだした。




 めちゃくちゃに目的なく廊下を走り階段を駆けおりて、吹き抜けとなった一階のレストランが見下ろせる回廊のような二階の廊下で、わたしは立ち止まった。

 ここなら、一階のフロントからも、レストランにいる人たちからも見える場所。

 見通しも良くて、もう襲われないだろう場所。

 そこでわたしは、ようやく手すりに寄りかかって息をついた。


 ――そうだ。


「我龍。訊きたいことがあるんだけれど」


 返事がない。


「――どうせどこかで様子、みているんでしょ?」


 まだ、返事がない。

 でも、かまわずわたしは続けて言った。


「我龍、あんた、敵なの? 味方なの?」


 すると、やっと返事があった。


『ストレートに訊くね。敵とか味方とか、誰にとって?』

「――ジプシーにとって」

『敵』

「即答なんだ! ――それじゃあ、なんでわたしを助けてくれたわけ?」

『今回の一件、部外者だから』

「それならどうして、前のような念動力であんたが助けてくれないのよ。そのほうが簡単じゃない? まどろっこしい呪文みたいな言葉よりもさ」

『奴の従兄弟が結界を張っているだろう?』


 あ、なんだ。

 トラの結界、ばれちゃっているよ。


『テレパシーっていうのは、電波が飛んでいるのと同じようなものだが、気を放ち自然の摂理を曲げて発動する念動力は、奴の従兄弟の結界に引っかかるんだ』

「それって、やっぱりジプシーに、居場所を知られたくないから?」


 少しの間があき、声が返ってくる。


『奴は俺を嫌っているんだろう? いまの精神状態の奴にダメ押ししろって?』


 わたしは、我龍の言葉に驚いた。


 ――あれ? 

 我龍ってジプシーに気を使っているの?

 自分の存在が、いまのジプシーに良くないと思って、姿を見せないの?

 それなら、なんだ、我龍っていい奴じゃん!

 トラの話の直接的な印象より、京一郎の分析した印象のほうが、この会話からなら近い気がするなあ。


 わたしには、ジプシーと我龍との仲の悪さというものが、誤解が重なって起こっているような気がしてきた。


 あ、それとは別に、気になったことがある。


「そういえば、さっきのコマンドって、なに? 属性って?」


 答えてくれるかどうかと思ったけれど、わたしの質問に、我龍は特に引っかかりもなくあっさり返してくれる。


『ああ。あれは、カディアと呼ばれる石の力を強制発動させるコマンド。属性ごとにコマンドが違うんだ』

「え? わたしのロザリオの中の石の? それって、もしかしてとても便利じゃん! もう一度教えてよ、わたしのコマンド。一回聞いただけじゃ覚えられないよ」

『駄目。覚えていなくてなにより。ことあるごとに使われて暴走したら困る』

「なによ、それ。けち」


 口ではそう言いながらも、今回も我龍が助けてくれたことには変わりない。

 そうだ、落ち着いてきたら、我龍にお礼を言っていないことを思いだしたよ。


「我龍。遅くなったけれど、助けてくれてありがとう。でもさ、どうせならもう少し早く助けて欲しかったなぁ」

『たしかにぎりぎりまで様子をみていたけれどね。きみを拉致した男を昨日からずっと監視していたから。だから今回も助けたのは偶然。常に全員の声を拾っているわけじゃない』


 ――わたしは、その言葉に引っかかった。

 ぎりぎりまで様子を見ていたってことのほうじゃない。

 いや、それも問題なんだけれど。


「声を拾う? なにそれ? 我龍って、こっちの状況が見えているんじゃなくて、音として聞いているわけ?」


 我龍が黙りこんだ。

 図星ってこと?

 ってことは逆に考えると、声にださなければ、こっちの状況はわからないんだ。


「ちょっと! だったらいまはわたしの声、聞いているんでしょ。ここにはジプシーがいないんだから、テレパシーじゃなくて姿を現しなさいよ。あ、そうだ! 昨日、あんたの力の気配を感じたわ。隠してもダメよ。すぐ近くにいるんでしょ? わたしがそっちまで出向けばいいじゃん! いまどこよ?」 


 まくしたてたわたしに向かって、一拍おいた我龍から返ってきた言葉は。


『風呂』


 ――はぁ?


『いま、いい眺めで、このホテルの露天風呂に入っているんだ』


 かぽぉーん。と、わたしの頭の中で音が響いた。


 気のせいじゃない。

 この音、絶対わざと我龍の奴、テレパシーで送ってきたんだ。

 こんなときに、悠長に露天風呂。

 うわ、むかつく~!


「ちょっと! どこにある露天風呂よ」

『え、くる気? きても混浴や家族風呂じゃないから、一緒に入れないよ』

「なに考えてんのよ!」

『あ、のぼせてきた。もう出ようっと』


 この、男!


 わたしは握りこぶしを作って振りあげる。

 我龍もジプシーも、性格がこうも正反対のふたりなのに、なんていうか、なにかが似ている。

 なんだか、この男ども~! って感じ!



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