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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第四章】対エージェント編
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第120話 夢乃

 昨日はどこに行っていたんですか!

 行き先はもちろん、ぼくと一緒に行動してもらわないと、ぼくが上に怒られちゃうんですよ?


 そんなことを言っている桜井さんを、わたしは問題のホテルの前であっさりまいた。

 そして、ふたたびホテルの中へ舞い戻る。


 昨日はつい、桜井さんに黙って、島本さんとのクリスマスディナーを楽しんでしまった。

 会話は、今回の一件とは関係のない話ばかりだ。


 じつをいうと、わたしは将来、大学は医学部か薬学部へ進みたいと思っていた。

 だから、そちらの方面の知識が豊富な島本さんの話に、思わずのめりこんでしまったのだ。


 けれど。

 わたしの反応が、十六歳の高校生のように思われなかっただろうか……。




 昨夜のディナーのお礼もかねて、わたしは今日も島本さんに会う気でいた。

 だから、彼の宿泊している部屋の階まで迷いなくやってきた。

 なのに、ここまできて、わたしは躊躇した。


 あまりにも続けて、わたしは彼に会い過ぎなのだろうか?

 こんなときに、私情が入り過ぎている?

 ふと、そう考えてエレベーターホールで立ち尽くしていたとき、島本さんの部屋から、ひとりの男がでてくるのを目撃した。


 その彼は、内側からドアを少し開けて周囲を確認してから、ゆっくり廊下へとでてきた。

 そして、音もなくドアを閉める。

 さらに、きょろきょろとあたりを見回しながら、こちら側へ向かってきた。

 エレベーターホールに置かれている大きな観葉植物の陰にいたわたしは、彼の死角となっているようだ。


 どうやら彼は、このエレベーターホールの横に設置されてある、自動販売機を目指しているらしい。

 もしかして彼は、島本さんが一緒にきているという、人嫌いの如月という友人ではなかろうか。


 島本さんから聞いていた通り、眼鏡をかけた長身の男だ。

 目にかかる長さの鬱陶しそうな前髪をしているが、周囲をうかがう素振りや、すぐに眼鏡の真ん中のブリッジを押さえる動作は、たしかに神経質そうだ。

 でも、一緒に旅行へ出かけるくらいの間柄の彼なら、本人からは聞けなかった島本さんについての、ほかの情報が得られるかも。


 わたしの予想通り、ジュースの自動販売機の前にやってきた彼は、ポケットを探って小銭と取りだそうとしている。

 そのそばへ、わたしは近寄っていった。

 背後から声をかける。


「おはようございます。如月さん、ですよね」


 そこまで驚くのかと思うくらい大げさに飛びあがった彼は、驚愕の表情で振り返り、わたしを見る。

 わたしは、不自然にならないように気をつけて笑みを浮かべた。


「驚かせてごめんなさい。お話を少し、よろしいかしら」

「見ず知らずの人間に話すことは、なにもない!」


 ずれた眼鏡を指で押しあげながら、胡散臭そうにわたしを見る。

 ここで警察の人間だと告げたほうが彼の警戒が緩むかと考えたわたしは、警察手帳を開いて身分証を見せながら名乗ることにした。

 そのわたしの動作ひとつひとつに、彼は不審な目を向けてくる。


「お時間は少しで良いのですが。わたし、警察の者です。いえ、特に事件があったというわけではないのですが」

「警察?」


 逆に警戒心を増したような表情で、如月さんはわたしを見返した。


「警察が事件もないのに、なぜ朝からこんなところをうろついているんだ?!」


 迫力に押され、思わず言って良いのか考える時間もなく、わたしの口から言葉がこぼれでた。


「保護をしたい人物がここにいると大学病院側から警察へ連絡があったので、その人物を探しているのです」




「困った人ですね。私のことが聞きたいのなら、友人ではなく、直接私に言ってくれればいいのに」


 急に背後で島本さんの声がしたので、わたしはどきりとする。


「如月、買ったらすぐに部屋へ戻ったらいい。この刑事さんには、私が話を聞いておくから」


 如月さんは、ほっとしたように自動販売機へ向き直ると珈琲の無糖缶を買う。

 そして、振り返りながら逃げるように部屋へ走って戻った。


「――彼は、せっかくの旅行なのに部屋へ閉じこもりなんですね」


 わたしは内心の焦りを隠すために、つい早口で言葉を紡いだ。


「そう、普段からあまり外にでたがらないから、少しでもと、用事がある私がここまで引っ張りだしてきたんだ」


 そう口にしてから、島本さんはわたしへ向き直った。

 その口もとは笑みを刻んでおり、ばつが悪そうなわたしの心を見透かしたかのように、楽しげに見える。


「さて、佐伯さん。私はとっても暇なので、一階の喫茶室でお話にお付き合いいたしましょう。そのまま続けて一緒にランチをとっても良いですね?」


 それは、拒否権がない、とても魅力的な提案だった。



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