第12話 京一郎
夕方の5時を告げる腕時計のアラーム音をとめると、柱に寄りかかって仮眠をとっていた俺は、椅子の上で大きく伸びをした。
運動場からは、野球部の張りあげる声や弾むボールの音など、放課後特有の雑多な響きが伝わってくる。
いま俺がいる場所は、ど真ん中に柱が立っている特殊な造りとなっているため、通常の授業では使われていない4階の自習室だった。
階の端から2番目に位置にあり、よく生徒同士の待ち合わせ場所となっている。
いまは、俺しかいなかった。
もうすぐ委員会が終わったジプシーがくるだろう。
奴は時間に対して厳しく、立てた計画が狂わされることを嫌うために、俺も気を引き締めてかかることになる。
ドアのほうをうかがいながら、俺は軽く首を回した。
そして、奴を待っているあいだに、俺は腕を組んで、今日の転入生のことをぼんやりと考える。
ほーりゅうという、なれなれしく近づいてきたあの女。
怖いもの知らずで、言いたいことを口にする。
俺の校内での噂を耳にしていないのだろうか。
あの調子なら、明日も向こうから絡んでくるのだろうか。
今日は、余計な面倒を起こしたくなかったから無視をした。
だが、明日以降も近づいてきたら……。
さて。俺は、どうすればいいのかねぇ。
音もなく教室のドアが開いたので、気配を感じた俺は、顔を向けた。
「待たせたな」
いつもと変わりない無表情で、ジプシーが姿をみせる。
「今日の委員会は、文化祭の話がメインだった」
入ってきながら続けた言葉に、俺は眉をしかめてみせた。
「もうすぐ二学期の中間試験か。そのあとに文化祭。高校行事が目白押しだな。委員長としては仕事が増えるねぇ」
「クラスの女子が何人か舞台をやりたいと言っていた。この高校の文化祭の基本は、舞台と展示と模擬店で、一学年10クラスで計30クラス。一年が舞台をさせてもらえるかが、まず問題だな」
「真面目だねぇ、おまえって」
淡々と告げた彼に返事をした俺だが。
その口調から、こいつは転入生のことはまったく気にしていないという雰囲気が伝わってきた。
転校生の存在に、妙に引っかかっているのは自分だけなのか。
俺が小心者なのか、それとも今回に関しては、こいつよりも危険を察知しているのか、どちらか判断がつかないまま、俺はジプシーの私服が入った紙袋を手渡した。
「サンキュ」
そう口にしたジプシーは、紙袋を受け取りながら眼鏡をはずす。
そして、俺に背を向け教室の奥へと移動すると、制服の上着を脱いだ。
俺は、その線が細い後ろ姿をぼんやりと見つめ――こいつは躊躇なく、俺に背中を向けるよなと、ふと考える。
彼が信用する数少ない人間のひとりとして認めてもらえていると思うと、俺自身も、その期待に応えなければならない。
ジプシーの着替えのあいだ、手持ち無沙汰となった俺は、情報収集のあいだに考えついたことをつらつらと声にだしてみた。
「今回の連中ってさ。人数が多いけれど、なんか寄せ集めの感じがするよな。親父も言っていたが、最近急に勢力を伸ばしてきた暴力団らしいしさ」
「俺も同意見。そのあたりの、金で動く下っ端の寄せ集めだと思ってる」
「そんな情の浅いすぐに裏切りそうな奴ら、俺んところでは危なっかしくて使わねぇんだけれどな」
「もともと金で動く連中だから、それ以上の金額を提示されない限り寝返らないんじゃないかな。金さえ積んでおけば、これほど忠実になる部下はいない。そして現状に慣れてしまった連中は、置かれている立場の危うさに気づいておらず、リスクなんて想像もしていない……」
上半身の衣服を全部脱いだジプシーは、ちらりと振り返り、肩越しに俺へ流し目を送る。
「だから、不用意に厄介な相手を呼びこんでしまうんだ」
そう告げると、そのまま紙袋から取りだしたショルダーホルスターに腕を通して、右脇へと吊りさげた。






