第110話 京一郎
「ほーりゅう、我龍の居場所はどこだ!」
「え~? わかんないよ! 二、三分で気配が消えちゃったし。いままでにないくらい大きな力過ぎて、逆に範囲が広くなっちゃって全っ然わかんない!」
頭を抱えたまま、ほーりゅうは窓へ駆け寄って外を眺めだす。
肉眼で奴の居所がわかれば苦労はしないって。などと、心のなかでほーりゅうにツッコミをいれながら、俺が頭を抱えたい気分になった。
まずい。
いま、ジプシーがひとりで表にでている。
このまま我龍とニアミスなんてことになったら。
いや、それ以前にもう鉢合わせていて、これが交戦中の気配だったとしたら。
俺は、しばらく鳴らしていたスマホの発信を切る。
「ジプシーの携帯にもつながらない。なにか起こっていると考えたほうがいいのかも……。部屋をでるときから様子もおかしかったし、やはり俺も一緒に行動したほうが良かったか」
「いまさら仕方がないわ。探しに行く? それとも下手に動かないほうが良いのかしら?」
「とりあえず夢乃、おまえは無理に足を動かさないほうがいい。俺とトラで奴を探しに行ったほうがいいか……」
夢乃にそう告げてトラとうなずきあったとき、部屋に取りつけてある電話が、ふいに鳴りだした。
全員が、ぎくりと動きをとめる。
この場合、ホテルの部屋を借りているのは偽名とはいっても、ジプシーと俺の名前だ。
奴がいないいま、俺がこの電話をとるのが筋だろう。
「あ。そういえば桜井さんに、向こうのホテルのチェックインができたら、連絡をくれるようにいってきたけれど……」
夢乃が思いだしたようにつぶやくが、桜井刑事は夢乃の携帯番号を知っている。
わざわざホテルの部屋へかけてくる必要がない。
俺は唇に人差し指をあてて、静かにという動作をしながら受話器をとった。
「はい」
とりあえずひと言だけ告げて、反応をみる。
相手は無言だった。
フロントを通しての外線ではないってことか。
そう思ったとき、俺にとって聞き覚えのない声が聞こえた。
『部屋のドアの外。廊下を見ろ』
癖がなく発音もきれいな、たぶん俺と同世代の男の声だ。
敵対する気配は帯びていない。
「ドアの外? なんだ? 廊下になにがある?」
わざと声にだして、相手の言葉を繰り返す。
俺の意図が伝わったのか、トラが、夢乃とほーりゅうに動くなと指示をする。
それから、ドアへ静かに近寄った。
そして、自分の影がドアの横や下の隙間を横切らないように耳をあて、外の様子を確認する。
外に気配がないことを確認してから、トラはゆっくりとノブを回してドアを細く開けた。
その瞬間、驚いた様子でドアを勢いよく開け放す。
トラの動きになにかの事態を感じたのか、慌てて夢乃とほーりゅうが駆け寄った。
部屋の様子がわかったかのように、電話の声が言葉を続けた。
『お節介ついでに』
「――なんだ」
俺は、トラに抱えられて部屋のなかへ運びこまれる意識のないジプシーに気を取られながらも聞き返す。
『たぶんそちらでは、こんな事態には対応できないと思って、俺がそいつの体内の薬物を抜いておいてやった。それともうひとつ。いまのそいつは十年前の事件のフラッシュバックを起こしている』
そう一方的に告げられて、電話は切れた。
俺は、通話の切れた受話器を無言で見つめる。
そして、いまの電話の相手の口調から、ことの重大さに気がつき愕然とした。
――十年前の事件のフラッシュバックだって?






