第102話 ほーりゅう
ホテル内の、喫茶も兼ねているこの吹き抜けの一階のレストランで、わたしたち四人は朝食バイキングを満喫した。
前菜には、野菜やキノコや魚のマリネを筆頭に、生野菜、朝食によくあるいろんなバリエーションの玉子やハム。
選んだ、ふわっふわトロトロのオムレツがたまらない。
欲しい人には、朝からお魚やお肉の焼き物もある。
焼け具合が最高なクロワッサンをはじめとするパンやサンドウィッチも豊富で、洋食のレストランなのに朝食のときだけなのか、ご飯やおかゆ、お味噌汁なんかも置いている。
ヨーグルトやデザートの果物はもちろん、ケーキやオリジナルチョコなど、いろんな種類の飲み物と一緒に合わせていただいたら、もうフルコースだよ。
朝からバイキングなんて、そんなに食べられないよねぇと、口ではお嬢さまぶっていたわたしたちだけれど、まだ宿泊二日目の食べ盛りの女子高生だ。
次々と普段食べないものを見つけては、お皿に乗せてくる。
目新しさもあって、お腹にいくらでも入る感じ。
「相変わらず、ほーりゅうの食べっぷりは、見ていて気持ちがいいわぁ」
食後の紅茶を飲みつつ、瑠璃が嬉しそうに笑いながら言った。
「引越しした先って、叔母さまの持つマンションで独り暮らしって言っていたわよね。食事はどうしているの?」
亮子の言葉に、わたしはデザートのチョコケーキへフォークを突き刺しながら答える。
「うん。仲良くなったクラスの友だちの家に、けっこう入り浸っているよ」
「ほーりゅう、すぐに友だちができるタイプだものね」
「わたしも独り暮らし、してみたいなぁ」
そんな話をしているわたしたちのテーブルへ、ふいに、同年代らしいひとりの男の子が近づいてきた。
親しみやすそうな笑顔を浮かべた彼は、ワックスで黒い短髪をつんつんに立て、片方の耳には、小さな輪っかのピアスをつけている。
動きやすそうなジーンズにあたたかそうなロングパーカーを着た彼は、テーブルのそばまで近づいてくると話しかけてきた。
「きみら、ここに泊まってるの?」
軽い感じだけれど、崩れた雰囲気がしないのは、喋るときに、はにかみの表情をみせたせいだろうか。
嫌なタイプではないと判断したらしい理沙が、さっそく答える。
「そうよ。あなたはひとり?」
反応良しとみたか、彼は嬉しそうに片手をテーブルについて、前かがみになりながら話を続けてきた。
「そう、俺ひとりなんだ。じつは、ここに泊まっているわけじゃなくて、仕事でこっち方面にきていたんだけれどさ。朝食だけ、ここのホテルで食べようと思って」
「仕事?」
この彼の顔や年齢、服装から、不釣合いな言葉の印象を受ける。
「冬休みでこのあたりに遊びにきた学生じゃないの? 仕事をする服装には見えないなぁ」
「服やスーツの要らない仕事ってこと? バイト?」
「なんの仕事なの?」
一斉に話しかけられ、女の子の反応があったことに嬉しそうな彼は、笑いながら答えた。
「俺の仕事自体は、昨日で終わったんだ。だから今日帰る予定なんだけれど、その前に会いたい人がいてさ。その彼と会うのは三、四年ぶりになるんだけれど、そいつも仕事でこっち方面にくるって聞いたから。久しぶりに顔を見ておこうと思って」
そう言った彼の顔は、とても嬉しそうに見えた。
三、四年ぶりに会う友だちかぁ。
この嬉しそうな様子を見ると、本当にきっと仲が良かった相手なんだろうな。
まるで、瑠璃たちに会うのを楽しみにしていたわたしみたい。
なんて考えていたわたしの横で、理沙が口を開く。
「仕事ってなんなのよ?」
ふたたび訊いた理沙に、彼は唇の前に人差し指をたて、神妙な顔つきになった。
「企業秘密でね、おおっぴらには言えないんだ」
「え~。仕事内容じゃなくて職業として訊いているのに、言えない仕事なんだぁ」
「そう、内緒。そのほうが謎めいていて格好良いだろう?」
冗談っぽく答えながら、彼は、目だけで待ち人を探すように、レストランの入り口のほうを気にした。
わたしも彼につられて、入り口へ視線を向ける。
すると、そこにちょうど、ふたりの男が姿を見せた。
背の高い、細身のダウンジャケットを着た男。
そして、その彼よりは背の低い、細身の黒いジャケットを羽織った男。
わたしの目が、不思議な光景として彼らを捉える。
――あれ?
背の高いほうって、京一郎だよね。
なんで茶髪のはずの京一郎が黒髪なんだろう?
そして、なんでジプシーも一緒に、ふたりそろってこんなところにいるんだろう?
「どうして京一郎とジプシーが……」
わたしは思わず、聞こえるか聞こえないかの小さな声でつぶやいて、彼らを見つめたまま、椅子から立ちあがろうとする。
でも、次の瞬間。
わたしは強い力で、片方の肩を上から押さえつけられた。
立ちあがれなかったわたしは驚いて、肩を押さえたツンツン頭の彼の顔を見あげると、逆に驚愕の表情で見返される。
そして、彼は無言で、小さく首を横に振った。
なにが、どういうこと?
そんなわたしがいることに気がついていないジプシーが、席に座っていたブロンドの髪の女性が落とし、足もとに転がってきたライターへ視線を向ける。
そして、遠く動けないわたしの目の前で、落ちているライターへ左手を伸ばした。
それは、あまりにも素早く思いがけない動きだったために、そばについていた京一郎でさえも、状況に対応できなかった。
ブロンドの女性が、ライターに手を伸ばしていたジプシーの反対側の右手首をつかみ、高々と捻りあげていた。
そして、ジプシーのジャケットの下に吊るしていたホルスターが周囲の目にさらされた瞬間、彼女は叫んだのだ。
「この男、ピストルを持っているわ!」
とたんに、レストラン内は騒然となった。
拳銃という言葉や発砲音を聞いて床に伏せる習性を持ち合わせていないこの日本では、ホテルの宿泊客は悲鳴をあげて、椅子から一斉に立ちあがる。
そのブロンド女性の手を振り切り、後方へ飛び退ったジプシーだけれど、すでに好奇と恐怖の眼にさらされていた。
彼は、目の前のブロンド女性の顔を無言で睨みつける。
そのあいだに、腕に多少の自信があるのであろう数名の宿泊客らしき男性とホテルの従業員がジプシーを取り囲み、逃げ道をふさいだ。
まずい。






