わたあめ
じっくりと読んでみてください!
なんだか、甘ったるい空だ。まるで、ソーダにわたあめを浮かべたみたいな。本物のわたあめじゃないから溶けないけど。
……馬鹿みたいだ、俺。普段はそんなこと思わない。というより、そもそも空を見上げて思いを馳せることなんかない。
生きているから、それでいい。そう生きてきて、何年になる? 小学校5年から7年間……もう高校生だぞ?
今さらこんなことを思うなんて、想像すらしていなかった。
たぶん……明日にはなくなる思いだけど。
予想通り、今日は空を見上げず学校に行った。そのことを思い出したのは4時間目の音楽。空を題材にした曲を歌っていたからだ。
もうすぐコンクールか。だるい。
「おいこら光樹! なにボーッとしてんの!? バスは人数少ないんだから声出しなさい!」
「高塚くん、声出して!」
女子2人の声が重なる。俺を光樹と呼んだ方のやつは堪えきれずに少し吹き出した。
一方で俺を高塚と呼んだやつはクールな(というか怒ってるか?)表情のままだ。
「高塚お前、超怒られてたよな。笑えるわー」
「笑えねぇよ馬鹿」
昼飯をもそもそ食いながら、目の前の男子に毒づく。
「つーかお前だって怒られてたろ、三崎」
同じ女子(合唱部の部長で、俺たちのクラスの鬼軍曹)に怒られていた。まぁ楽譜に落書きしてたら怒られる。
「それを言うな」
三崎は俺の友達だ。見た目ほどチャラチャラしていない。
こいつも「とりあえず生きてりゃいいや」が信条の、夢も希望もない人間だ。だからこそ仲がいい。
「ダメだよねぇ光樹は。やる気出さなきゃ! ほら」
俺を光樹と呼ぶやつ――光璃がからかう口調で言う。俺は少し肩をすくめて口を開く。
「俺にやる気なんてもんは存在しねぇしな」
「はははっ。高塚、将来お前なにしてんのかすっげぇ知りたい。な、タイムマシンとか作れねぇ?」
「作れたら今頃天才科学者だ」
「光樹には無理だね!」
3人で笑い合う。一番声が明るいのは、馬鹿みたいに優しくてお節介な夢と希望の固まり、俺の幼なじみの光璃だった。
面倒な合唱コンクールも終わり、優勝の喜びが忘れ去られるのと同時にあるものがやって来た。
そう……夏祭り。
学校のあちこちで男女がくっついたり離れたりバカみたいだ。
はいおめでとう。
はいご愁傷さま。
「夏祭りねぇ……縁のない代物だね。残念だ」
大して残念そうじゃない口調で三崎は言った。今年も夏祭りは不参加だな、とも。
俺たちが一緒に行くことはない。「気が合う他人」……それが、お互いへの評価だから。
「私は行きたいな」
帰り道、光璃がポツンと呟いた。そりゃ幼なじみなんだから帰り道も同じだ。
普通なら、じゃ行けば? と言うところだ。でも俺はなにを血迷ったか、
「一緒に行くか?」
「えっいいの? やったねいつ行く?」
一気にテンションは急上昇。さすが光璃だ。
「浴衣だよ? 絶対だよ」
そう念押しをする光璃に俺は手を振った。もう俺の家の前だ。
光璃の家は、ここから少し行ったところにある。
「光樹! もうっ、遅いよバカ!」
「集合3分前だ馬鹿」
「そうじゃないっ、もうバカなの?」
「お前に馬鹿と言われるほどの成績じゃないぞ」
なにを求めているのかは分からない。分かるように言えよ馬鹿。
「わたあめ!」
「俺は辛党だぞ」
「久しぶりだなー」
聞いてねぇなこいつ。ったく仕方ねぇな。
「わたあめください」
「わーい!」
「1つ?」
「はい」
「はいよ」
「ねぇ花火! 見に行こ」
「向こうのお寺行くか? 昔よく行ったろ」
「わぁ懐かしい! 行こう行こう」
楽しそうに淡い紫の浴衣を翻して、光璃は笑った。
俺は、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
「もう上がってる! ……綺麗だよ」
「ああ……だな」
なんだか、ものすごく静かな雰囲気だ。まぁ、仕方ない。
今日は、光璃の命日なんだから。
「あのね……そろそろね、上に行こっかな、って思ってさ」
小学校5年生で死んだ、俺の幼なじみ。
「……行くのか」
わたあめが大好きなのに、もう食べられない大事な幼なじみ。
「うん。あ、でもね、1つお願いがあるの」
俺に合わせるように、少しずつ姿が成長した幼なじみを見る。
「ちゃんと、夢と希望を持って」
「……なに、言ってんだ? 俺の勝手だろ」
「ううん、私のせいだよね。ごめん。ホント、ごめん……!」
そうじゃない、と言い切ることはできない。光璃が死んで、世界が急に色褪せて見えた。
それは確かに、真実だから。
「違うっつってんだろ。光璃のせいじゃない」
「私が私のせいって思ってる限り、全部の原因は私なの」
涙が今にも溢れそうな光璃の目は、とても綺麗だった。俺はたぶん、昔からその目に安らぎを求めていた。
でも、光璃は俺の前から消えて。代わりに、目の前に淀んだ世界が広がっていた。
「私が死んじゃって、光樹は変わっちゃった。あんなに輝いてた目が、暗くなった。みんなの中心で笑ってたのに、端っこに行くようになった」
ああ、そうか。お前は、ずっと俺の隣にいたもんな。知ってるよな、全部。
「私、明るい光樹のこと大好きだよ? だから……戻って。昔みたいに、笑って」
いい加減、潮時なのか。でも……、
「俺が笑ったらお前、いなくなるんだろ……?」
突然、逝ってしまったみたいに。
「また、いなくなっちまうんだろ?」
思わず俺は、
「もう嫌なんだよ!」
叫んでいた。
光璃は驚いたように動きを止めて、しばらくしてふっと笑った。
「じゃあさ、笑ったら、まだ隣にいてあげる。光樹が私のこと嫌いになるまで、隣にいてあげる」
「そんなの、永遠に俺の隣にいるってことだぞ?」
「わ、初の告白が幽霊に対して? 悲しいなぁ、光樹ったら」
そのおどけた言い方に、でも赤くなった顔に、笑ってしまった。
笑いが止まらなくなって、俺はずっと笑った。ああ、笑うってこんなに楽しいんだ。あれ、楽しいから笑うのか?
まぁ、いいか。今、楽しいし。結局大事なのはそれだけだ。夢も希望も、これから持てばいい。
手に持ったわたあめは、なんだか優しい色をしていた。ああそういえば、光璃ってわたあめみたいだ。
前に甘ったるく見えた空。今度同じ空を見たら、どう思うだろう。
……ま、そんな未来の話はどうだっていい。
今はただ、光璃の隣で、笑っていたい。
読んで下さってありがとうございました。
声が重なっても不思議な顔をしないクラスメイト。
直接の会話がない三崎。
2人でいるのに「1つ?」と聞く屋台のおじさん。
神社ではなく、お寺。
こんな感じで伏線張ったつもりです!