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★1分で読める短篇小説『木村家の幽霊』

作者: 南野モリコ

1分で読める短篇小説です。不定期で更新しています。

私は木村家の幽霊。幽霊になって10年、2階の勉強部屋に棲みついている。幽霊が出るようになってから、誰もこの部屋に入ったことがない。

「あ、幽霊、起きてる」

真下にあるダイニングで、弟が私の部屋を見上げている。「ヒロシ、やめなさい」。母がヒステリックな口調でたしなめている。

私は、21歳で幽霊になった。このババアに復讐するために。

霞という名前通り、私はどこにいても存在感の薄い暗い子供だった。仕事を辞めて暇だった母は、

「この子のために、私が頑張るしかないわ」

「いろんな経験をすれば、友達が増えて明るい子になる」と言い、実はママカーストで上位に君臨するべく、私を英語、ピアノ、学習塾に通わせる教育ババアに変身したのだ。

弟のヒロシは甘やかされているのに、私はおもちゃもマンガも禁止。髪型も制服も学則通りのダサダサの私は、学校でも浮きまくり、友達もいなかった。

そんな中学高校生活にも耐え、私は見事、地元の国立大学に合格した。密かに片思いしていたタカシ君と同じ大学に行きたい一心で勉強したから。その上、入学後、

「君のこと、ずっと好きだったんだ」

タカシ君から告白され、いわゆる「大学デビュー」を果たした。チャラサーに飲みサー。ババアに何を言われたって平気。だってタカシ君がいるんだもん。


しかし、別れは突然、やってきた。

「なぜ?どうして?悪いところがあるなら、直すから言って」

何度も問い詰めたが、タカシ君はごめんと謝るだけだった。私は、絶望のどん底に落ちた。タカシ君がいたから頑張れたたのだ。ああ、もう這い上がる力がない。

私は大学を辞めた。ババアは泣いた。「せっかくお母さんが苦労していい大学に入れてあげたのに」

この一言で、何もかもがどうでもよくなった。体から死臭が漂ってきた。死んで復讐してやる。こうして私は、木村家の幽霊となったのだった。

木村家の噂は町中に広がった。2階の窓に死んだ娘の頭が見えるとか、夜中、蛍光灯が点いたり消えたりしているとか。

「あの家は、親が厳しすぎたから、死んでも受験勉強しているのよ」というのが、町の人の共通した意見だった。


「霞、もうやめてちょうだい!」

母は、子供たち二人が独立したら、この家を売ってマンションに住み替える計画だったらしいが、幽霊が出ると噂されては売れる家も売れない。両親は、怪しげな祈祷師に「庭に木があるのがよろしくないですな」と言われ、毎年、楽しみにしていた柿の木を抜いたりと涙ぐましい努力をした。しかし、それで収まる訳がない。


「母親のせいで娘が自殺したらしいよ」「彼氏とデキちゃったんだって」「父親にもバレて大変だったのよ」


木村家の噂はネットにも広がった。某巨大掲示板には「○○町木村家の真実」というスレが出来上がり、いつ撮ったのか分からない木村家の写真や「娘とは同級生でお母さんもよく知っている」という匿名ユーザーの書き込みが小学校のクラス写真を引き伸ばした写真入りで投稿されていた。


「ギャアアアアアーーー」

掲示板を見た母親はショックで倒れ、そのまま寝込んでしまった。

「霞、もう許して。お願い」

母親は、呻くように呟いた。まだまだよ、ババア、私は一生かけて、あんたに復讐するんだからね。一生かけて!

その時、埃をかぶっていた携帯電話から着メロが聞こえた。「どうして私の携帯が?」着信番号には見覚えがあった。池田ヒロミだ。

高校時代、霞を小ばかにしていたグループの1人、ヒロミだ。なぜヒロミが私に?


「やっぱり生きてたのね」

池田ヒロミは、学校で一番のキティラーと名乗る自信家だった。30歳になって年相応の落ち着きは得たものの、上から見下ろすような口調は変わらなかった。


「あんた、タカシにフラれて10年も経つのに、まだ引きこもっているんだって?」


「関係ないでしょ」

そう言って驚いた。10年ぶりに聞いた自分の声が母親に似ているのだ。

霞は体を起こし伸びをした。何年ぶりかで全身ミラーの前に立つと、鏡に映ったのは、嫌がる娘を無理やり塾に連れて行った、血気盛んな頃の母親だった。タカシにフラれ、泣いていた21歳の私はもういないのだ。部屋に引きこもっていた間、霞の人生は止まっていたが、10年という憎しみの時間、霞の中のDNAは、ずっと生き続けていたのだ。


「突然だけど、私、結婚するの。報告しておいたほうがいいだろうと思って。相手、誰だと思う?」

「ちょ、ちょっと待って」


話は想像がついた。タカシ君に恋していた女子は多かったけど、まさかあんな金持ちのバカ短大にしか行けなかったヒロミがタカシ君と結婚するなんて嘘だ。


私は、10年分の体の重さを感じながら、ドアを開けた。

「霞!出てきたの?」


階段を下りると、ババアが顔を出した。私は泣きそうになった。そこにいたのは、自分より背が低く弱々しい「お母さん」だったから。


月日が過ぎ、ババアはお母さんになっていた。泣いて嫌がる私を無理やり塾に連れて行き、ピアノの練習をさせ、娘が勉強しているかどうか夜遅くまで見張っていた、あの力が有り余るババアの魂は、今この私に流れている。


「出かけてくる」

今なら結婚を阻止出来るかもしれない。

「出かけるって、あんた、そんな格好で」「格好を気にするなって言ったのは、お母さんでしょ?」


幽霊だった私は、スーパー・ババアになっていた。今の私には何だって出来る。だって、私にはお母さんの血が流れているんだから。

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