過去編1話 ―賭博―
―喜助に何が楽しいのかを問うた庄兵衛。
その時喜助は何を思うのか―――
「いや、別段深い理由があって聞いたのでは無い。俺はさっきからお前の島へと向かう心持ちが聞いてみたかったのだ。今まで俺が島に送った罪人は皆辛そうな顔をしておった。だがな、お前は辛そうどころかむしろ楽しそうな顔をしておる。何故、お前は楽しそうにしておるのだ?その訳を俺に教えてはくれぬか?」
「そういう事でございましたか。なるほど、島へ行くのは他の人にとっては悲しい事なのでございましょう。
ですが私は島へ行ける事がとても嬉しいのでございます。
私はこれまでの人生をようよう振り返れば何時もお上の事を気にしておりました。しかしながら今から行く島はどうでございましょう?流石に少しの上下関係ぐらいはあるやもしれませぬが、大商人の様な絶対的な力を持つ人間にはずっとひれ伏さなければならない、といったような酷い場所ではありますまい。
こうして上下関係をあまり気にする必要が無い場所に連れて行って頂けるというのは、今まで身分関係を気にしていなければならなかった私にとってはとても嬉しい事なのでございます。」
ここで一旦喜助は口を閉じた。
「なるほど、その様な思いがあったのか。では喜助よ、色々な事を聞くようで悪いがお前は何故こうして捕まってしまったのだ?
俺にはお前が人を殺した、という事しか聞かされておらぬのだ。」
再び庄兵衛は問う。
これに対して喜助は、自分の身の上話を語りはじめたのだった。―――――
ワアアアアアアアアアアア!!!
歓声が聞こえる。「彼」を呼ぶ歓声が。
「彼」はいつも通りゆっくりと深呼吸をして一歩前に出た。さらに歓声が大きくなる。
「喜助ー!!」
「今日も勝つのかー!?」
賭博の親の声が聞こえた。
「今宵これより始まります名勝負は喜助と三郎座、2人の強者の頂上決戦!こんな勝負2度と見れませんぞ!さあさあ賭けた賭けた!」
「俺は喜助に三両だ!」
「なんだ洒落くせえ!俺は喜助に五両賭けるぞ!」
「待て待て!お前さんら三郎座を舐めてはおらんか!?儂は三郎座に四両じゃ!」
観客達が次々に上げる声が聞こえる。
そう、ここは京の都の裏路地にある賭博の場。毎夜毎夜この場では賭博の対象として格闘技が行われているのだ。
再び親の声が聞こえた。
「これにて賭け金の徴収を締め切らせて頂きますぞ!それでは皆様お待ちかね!試合を始めましょう!」
ウオオオオオオオオ!
ワアアアアアアアア!
再び歓声が聞こえる。
バァァァァァン!
試合開始を告げる銅鑼の音が鳴った。
銅鑼が鳴るやいなや開幕一番、三郎座が殴りかかってくる。
その先にあるのは………喜助の顔だ。
その拳を喜助は涼しい顔をしながらするりと避ける。
「甘いな。そして遅い。」
喜助が呟く。
「くっ!」
三郎座が真っ赤な顔になりながら振り向きざまに再び殴りかかる。
その腕を喜助は避けながらひょいと掴んだ。
「!?」
三郎座の顔に焦りが見えた。
「俺に挑もうなんていい度胸だったじゃないか。
だがな、少し時期を急ぎ過ぎだ。三郎座。俺に挑むのならもう少しばかり強くなってからにしろ。」
そう三郎座に言い放ちながら喜助は三郎座を投げ飛ばした。
ふわり、と三郎座の体が宙を舞う。
数秒後、彼は地面に叩きつけられた。
「まだまだぁ!」
三郎座が飛びかかろうとするがそれより喜助の方が早かった。
「やめておけ。」
そう言いながら喜助は三郎座の胸の上に足を乗せる。
数秒の静寂。
そして………
ワアアアアア!
喜助が勝ったあああああ!
観客達が歓声を上げる。
そんな歓声を背に受けながら喜助は控え室に帰っていったのだった。
―続く―