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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第二章 心の矯正
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九話

 ノルンを拾ってから四ヶ月、シャルルたちとの交流から二ヶ月が過ぎた。あの頃よりも背が伸び、百六十五センチのエリザよりも少しだけ小さい。外見の年齢的には十五、六歳といったところだろうか。急激に成長したので、実際の年齢ではまだ生後四ヶ月にしか過ぎない。しかしその精神は遙かに老齢な賢者のごとく、深い知識と威厳を備えている。一方で、下界との関わりを断って数百年も山ごもりしていたように、常識的な物事に関してはやや欠如していた。そこで心配したハジムが、友人のラウに同じ年頃の子供がいることを思い出し、手紙を出したのである。


「シャルルちゃんのお陰かしら、少し表情が柔らかくなった気がするわ」

「そうだな、以前よりは笑顔が増えたようだ」


 二人がお茶を飲みながらそんな話をしていると、いつになく神妙な表情のノルンがやって来た。


「十分に成長もしたので、明日、家を出ようと思います」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってくれ。家を出るだって?」


 突然の話しに、エリザは息を呑み、ハジムは慌てた様子で尋ねた。それに対し、ノルンは真剣な眼差しで二人を見て答える。


「僕を産んでくれた母さんを、助けに行こうと思います」

「――!」


 ハジムとエリザは顔を見合わせる。当然、産みの親がいることは理解していた。しかしそれを、ノルン本人から聞かされるとは思ってもいなかったのだ。


「助けに行くと言ったな。事情を、話してくれるか?」

「はい。僕が覚えているのは、産まれてすぐに聞かされた話です。不気味な男が語るには、僕はある別の目的のために魔術の儀式によって産まれたそうです。通常は魂が宿らず子供はすぐに死んでしまうそうですが、僕の場合は何らかの魂が宿り無事に誕生出来たようでした。つまりこの命は、偶然の産物に過ぎません」


 ハジムは驚愕のあまり、頭がついて行かなかった。だがエリザは、ノルンの言葉一つ一つを確かめるように、頭に刷り込んでゆく。


「けれどそんな僕を、母さんはわずかな時間とはいえ愛してくれました。守ると言ってくれました。そしてその言葉通り、ガルオークに襲われた時に僕を逃がしてくれたのです。何者なのかわからない僕にも、心はあります。その心が強く願う事、母さんを助けたいという想いに駆られ、自分に備わっている力を使い今日まで成長を促してきました」

「促したって、つまり自分の意思で成長したってことか?」

「はい。僕は幸いにも、産まれてまもなく魔術を扱うのに必要とされる〈セフィラーの門〉を、九門も開くことが出来ました。唯一、治癒魔法を使うのに必要な『メレイクの門』だけは開けませんが……」

「九門も――!?」


 まだ冷静さを残していたエリザも、さすがに驚きを隠せなかった。


 〈セフィラーの門〉は魂が宿るすべての生命が持つ、精神体と肉体を結ぶものだ。魔法とはいわば精神体が持つ力で、本来、誰もがその力を有している。しかし精神体の力を具象化させる場合、精神の世界と肉体の世界を結ぶ通り道がなければならない。それが十門ある〈セフィラーの門〉だった。


 例えば四元素の下級魔法を使う場合、『ティファトの門』に魔力を注ぎ開く必要がある。この時に注ぐ魔力が、魔法を使って消費する魔力量となるのだ。強力な力ほど、門を開くのに必要な魔力量が増えるのである。


 また、この〈セフィラーの門〉は訓練すれば誰でも開けるというわけではなく、ほとんどの人が一度も開くことなく生涯を終える。そのため、世界で魔法を使えるのは百人にも満たないと言われていた。そこで誰でも簡単に精神体の力を引き出せるように造りだされたのが、魔法陣だった。


「〈セフィラーの門〉の土台とも言われるのが肉体です。肉体が脆弱だと強力な力はもちろん、弱い力でも連続での使用に耐えられません。なので一刻も早く母さんを助けるため、どうしても肉体を急いで成長させる必要がありました」

「そして準備が整った、ということね?」

「はい」


 エリザの問いに、ノルンは強く頷きながら返事をする。するとエリザが、柔らかく微笑んで優しくノルンを抱きしめた。


「か、母様……」


 珍しく、ノルンが戸惑う。


「私は嬉しいの。同時に、誇らしくも思うわ」


 ゆっくりと体を離し、エリザはノルンの目を見た。


「あなたを産み、私たち夫婦に出会わせてくれた方を、どうか助けてあげて。私は言葉遣いや精神の在り方を教えたけれど、その方はあなたに一番大切なことを教えてくれていたのね」

「一番大切な事……ですか?」

「私はね、ノルン。正直、冷静すぎる残酷さを持つあなたに不安を感じていたの。あなたの将来が心配だった。でもそれが杞憂だったって、あなたの話を聞いて気付いたわ。あなたは自分にも心があると話したけど、きっとそれはお母様のお陰ね。愛情を感じたからこそ、それを返そうと思うのよ。なら私に出来ることは、あなたの無事を祈り送り出すことだけ」


 エリザはノルンの両手をしっかりと握る。そして包まれたノルンの手にキスをして、優しく微笑んだ。それに応えるように、ノルンも笑う。穏やかな二人の姿は、本当の親子以上に強い絆で結ばれているようだった。





 翌日、ノルンは着替えなどを詰めたリュックを背負い、シャツに牛革のジャケットとパンツを身につけ、エリザとハジムの見送りを受けていた。


「いつ頃とは約束できませんが、必ず帰ってきます」

「ええ、待っているわ。北の方では魔族との戦争が、今もなお続いているみたいだから気をつけてね。たくさんの経験を積み、成長したあなたに会えるのを楽しみにしているわ」

「はい……行ってきます」


 軽く頭を下げ、ノルンは歩き出す。エリザは遠ざかるその背中を、見えなくなるまでいつまでも見つめていた。


「エリザ、そろそろ中に入ろう」

「……ええ」


 寂しげな声を漏らし、踵を返そうとしたエリザは、ノルンが歩き去った方角から誰かが近づいてくるのを見つけた。忘れ物でも取りにノルンが戻って来たのかと思ったが、近づいて来ると馴染みの行商人だとわかった。


「やあ、こんにちわ」


 陽気に手を上げた行商の男は、懐から一通の手紙を差し出す。


「ん? 知らない名前だな……」


 差出人の名前を見て、ハジムが言う。エリザが行商人から買い物をしている間に、ハジムは手紙に目を通した。そして行商人が去り、エリザが問い掛けるように視線を向けた時、ハジムは唇を噛み、何かを悔いるような表情を浮かべていた。


「どんな内容だったの?」

「……差出人は、ラウと同じ街の者だ。ラウが……亡くなった」

「えっ!?」

「自殺らしい。遺書が残されていて、俺宛だったようだ。ラウは妻を失った辛さで心が病み、夫のいる女を見ると怒りがわき上がって来るようになったのだそうだ。そしていつか自分が、そんな女を殺してしまうかも知れない恐怖に堪えられず、死を決意したと遺書に書かれていた」

「そんな……シャルルちゃんは?」

「行方不明らしい。ラウが死んでいるのを発見した時、すでにシャルルの姿はなかったそうだ」


 エリザは口を引き結び、沈痛な面持ちでうなだれた。わずかな交流とはいえ、彼女はシャルルの事が娘のように大好きだった。それゆえに、少女の心を思うと辛くて仕方がない。


(ノルン……)


 空を見上げたエリザが、心の中で息子の名を呼ぶ。運命の神と同じ名を持つ少年が、いつかシャルルの運命に関わるような、そんな漠然とした予感があったのだ。


 そしてまさにノルンの旅立ちが、停滞したカナンの運命を動かし始めるのだった――。

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