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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第二章 心の矯正
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六話

 エリザはノルンのために、服を作った。自分やハジムの服をパーツごとにバラバラにし、サイズを調整して仕上げていく。


「なんかこれ、女の子っぽくないか?」

「大丈夫よ。だってノルンは、とても綺麗な顔をしているもの」


 確かに整った顔をしているが、それはあくまでも他者から見た感想だ。本人の気持ちは、また別のものだろう。


(少し嫌そうに見えるのは、気のせいじゃないだろうな)


 ハジムにはどことなく、ノルンが顔をしかめているように見える。だがエリザは、そんなことはお構いなしだったし、ハジムも積極的に止める気はなかった。


 ところが、数日ほど経ったある日、エリザが困惑した表情で自分の作った服を眺めていた。


「どうした?」

「……サイズが合わないの」

「測り間違えたんじゃないか?」

「そんなことはないわ。だってこれなんて、昨日は着られたのよ」


 永く着られるようにと少し大きめに作ったはずの服が、もうキツくなっている。言われて見れば、ノルンが少し大きくなったような気がした。


(子供の成長は早いというが、いくらなんでも早すぎだ)


 そんな困惑は、日が経つごとに驚愕へと変わってゆく。ノルンの成長は、明らかに早かった。


 一週間でヨチヨチと歩き出し、二週間で片言だが喋れるようになった。一月もすれば、自分のことは自分で出来るようになったのである。外見的には四歳ほどだろうか。


「ノルン、ごはんよ」

「わかった。いただく」


 外見に似つかわしくない口調で応え、大仰に頷く姿にエリザは眉をひそめた。そして食卓の椅子に座ったノルンの手をパシリと叩く。


「言葉遣いを気をつけるように、教えたでしょ? そんな偉そうな物言いはダメ」

「気をつけてはいるのだが……いますが……」


 いったいどこで覚えたのか、エリザもハジムもこんな話し方はしない。付け焼き刃的な違和感はなく、まるで昔から染みついているような話し方だった。話し方だけではない、行動の一つ一つがどこか大人びていて、浮き世離れしている。


「いい? 他人が自分に抱く第一印象は、その容姿と言葉遣いで決まるの。尊大な態度は、見下されていると相手に思わせるわ。誰に対してあれ、常に礼儀を持って接することが大事なのよ」

「それは、クズのような連中にも……ですか?」


 ノルンの口から出た言葉に、エリザはわずかに驚きを表す。嫌悪感を含ませた乱暴な言葉は、ノルンには似つかわしくない気がしたからだ。


「相手が愚かだからといって、こちらまで愚かに振る舞い、品を落とすような真似をする必要はないでしょ? この先ノルンは、様々な種族、考え方を持つ人たちと出会うはず。その時、積み重ねてきた品格がきっとあなたを助けてくれるわ」

「そういうもの、でしょうか」


 ノルンは半信半疑といった表情だったが、エリザの言葉には素直に従った。


 大人のような振る舞いを見せるノルンだったが、その思考は子供っぽさを残している。それゆえに、時として残酷なことも平気な顔で口にした。


「敵となった者は素早く殺すことです。それが一番、合理的だと思います」

「ノルンにとって、他人は敵か味方かの二種類しかいないの?」

「それ以外に基準が必要ですか?」

「一度敵となった相手が、味方に転ずることもありえるでしょ?」

「そんな相手は信用できません」

「人の心は単純じゃないわ。感情的になる時もあるし、誤解することもある。行動のすべてが一貫性を持つとは限らないの。それなのに、殺して前に進むしか手段を知らないのは、逆に余計な回り道を強いられる事にもなるわ」

「……敵に情けを掛け、大切な者の命を奪われることもあります」


 顔を伏せ、少し悔しそうにそう呟くノルンの姿に、エリザはハッとした。


(やっぱりこの子は、前世の記憶を――)


 そうとしか思えない言動が多すぎた。急激な成長も、彼が普通の子供ではないことを示している。


 輪廻転生は、教会における一般的な思想だ。信者は皆、生まれ変わりを信じている。けれどその存在を示す証拠などはない。


 容易く命を奪われる世界で、少しでも希望を持てるものにすがりたかったのかも知れない。だからこそエリザは、他の者のように盲目的に教義を心の支えにはしなかった。


 だがノルンと出会った。彼の前世に何があったのか知る由もないが、その出来事が彼の人格を形成する重要な要素なのは確かなようだ。だからエリザは、彼の言葉をすべて否定はしなかった。絶対に正しいものはなく、状況によってそれらはどうにでも変化するものだとエリザは思うからだ。


「それがあなたの、自分への忠誠ならば強くは言えないわね」

「自分への忠誠、ですか? 初めての言葉です」

「自分に対して忠誠を誓うことで、初めて騎士になれるのよ。それは自分の信念、理念をあらゆる誘惑から守るという意味なの。まず自分を誇り、そして主を誇る。それが騎士道の初歩と言われているわ」


 ノルンは何か思うことがあるのか、黙ってエリザの話を聞いていた。


「だからお願い。あなたが奪う命が、決して路傍の石ではないことを忘れないで。私がお腹を痛めたわけではないけれど、それでも初めてあなたを抱いたとき、私は涙が出るほど切なくて、胸の奥が締め付けられるような喜びを感じたの。あなたが奪う命も、かつてはそうやって産まれてきた」

「すべての命が、祝福の中で産まれたわけではありませんよ。忌み嫌われ、殺してあげることも出来ずに、無様に生き続けさせられるだけです」

「それでもね、母親は子供に幻想を抱くのよ。すべての子供は無垢で、無邪気で、大人の愛情に守られて生きているんだって。幸せが平等なんかじゃないって知っているけど、それでも願うわ。彼ら、彼女らが幸福であるように……笑顔で溢れる毎日であるようにってね」

「ずいぶんと、傲慢な考えです」

「ええ、そうね。でもだから女性は歳をとると、図々しくなるんだわ」


 エリザはくすりと笑い、ノルンも静かに笑みを浮かべた。

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