五十二話
「どれどれ」
ベリーウェルが条件の紙を手に取り、内容を音読し始めた。
「ワイアラの街は我々魔族にとっても重要な拠点であり、簡単に手放すことはできない。そのため、エリトアの方々に譲るに際してその力を試したい。ワイアラに残留する兵力のみで、ロシュ軍からの防衛を成功させることが、この街の譲渡に関するこちらからの条件とさせて頂く……。なるほどね、残留する兵力のみって事は、俺たちが手助けするのはナシということか」
そう口にしながら向けた視線に、レッドは頷いた。
「何人か、商人、買収済み。ワイアラ、エリトア人、攻められて、奪われた、嘘を、彼らが伝える。疲弊したところ、狙い、ロシュ軍、きっと動く」
「そんな!」
エリトアの二人から、悲鳴のような声が上がった。判断はラムザを交えての話し合いでのこととなるが、果たして今の自分たちがロシュ軍と戦えるのか、ウォルドーとボナンの顔に不安が滲む。
彼らの心情を予想していたのか、レッドは控えているガルオークから地図を受け取り、テーブルに広げた。
「動く兵士、ここ」
そして、ワイアラの東にある街を指で示す。
「アルシュタットか……」
「規模の小さい街だったが、ワイアラが奪われた後に防備を固めて砦と化したと聞く。駐留している兵士は約千名、年に一度、半数が入れ替えられるそうだ」
ウォルドーの呟きに、ボナンが説明を付け加える。
「つまり兵士たちにしてみれば、二年間のお勤めか。離れているとはいえ、魔族と対峙し続けるのはしんどそうだが、俺の知る限り魔族がアルシュタットを攻めたって話は聞かないな」
ベリーウェルの言葉にレッドは頷き、「士気は低い」と説明を続けた。
もともと総帥ロンダルトッドは、ロシュ王国に深く攻め入るつもりはなく、成り行きでワイアラを手に入れてからは、ひたすら防御に徹するよう指示を出していた。魔族と直接対峙する最前線のつもりでアルシュタットにやって来たロシュ兵にしてみれば、ただ見張りを続けるだけの退屈な毎日に拍子抜けしただろう。
「アルシュタット、詳しい資料。よい返事、待っている。ただし、時間はない。ロシュ軍、動くまで、タイムリミット」
エリトア人の二人が、レッドから敵の戦力について調べた資料を受け取ると、ガルオークが素早く地図をたたみ、レッドは部屋を出て行った。
ノルンと同行する話は出なかったが、おそらくエリトア人たちの返答次第ということだろう。ともかく、レッドとの顔合わせは出来た。
彼らはすぐさま、日が傾かないうちに賑わうワイアラを出て、キャンプへの帰路についたのである。
帰路の途中、ウォルドーとボナンはレッドからの資料に目を通し、並んで歩きながら声を潜めて、状況の確認を行っていた。
「奴らは我らエリトアの民を、甘くみているはずだ。魔族と一戦交えた後なら、余計に楽勝だと考えるだろう――」
「奴らが商人の情報を耳にするのが、直近で明日の朝だと想定した場合、部隊を編成して動き始めるのは、いつ頃だと考える?――」
「資料によれば、部隊を率いるのはロシュ王国国境防衛軍第三部隊隊長のエルドバという男だ――」
逸る気持ちを抑えきれないように先頭を歩く二人から、時折、会話の一部が漏れ聞こえた。それを興味なさそうな表情で耳にしながら、ベリーウェルはふと退屈しのぎのようにノルンに声を掛ける。
「そう言えば、〝カトゥーラの氏族〟っていうのは何なんだ?」
問い掛けにベリーウェルを一瞥したノルンは、少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「……彼の話を聞いていて、突然思い出したのです。ずっと昔、教会がその威光を高めるため、預言者トーラーの故郷を聖地と定めました。しかしそこは草原の民が父祖より守って来た地で、草原の王カトゥーラは到底承服などできず、教会に戦いを挑んだのです。けれど圧倒的な兵力差によって、草原の民は追い詰められていきます。負けを覚悟したカトゥーラは、民を守るため自らの首を差し出したそうです」
いつの間にか、ウォルドーとボナンもノルンの話に耳を傾けていた。
「その後、草原の民は散り散りになり、その多くが街に溶け込んでいきましたが、カトゥーラの意思を継いだ者たちはそれをよしとせず、誰もいない新たな地で、外部との接触を断ち、ひっそりと暮らすことを選んだそうです。そんな彼らのことを、〝カトゥーラの氏族〟と呼ぶのです。彼らは永い間に独自の言葉を持つようになり、カナンの言語を忘れていったのだと言われているため、片言だったレッドがそうではないかと思ったわけです」
「なるほど」
そう頷いたベリーウェルにはあまりピンと来ない内容のようだったが、ウォルドーやボナンには何か心に引っかかるものがあったようだ。
「あの……〝カトゥーラの氏族〟は今も、父祖伝来の土地を教会から取り戻せると、信じているのでしょうか?」
控えめにボナンが訊ねる。
「おそらくですが、〝カトゥーラの氏族〟と呼ばれる者は、あのレッドが最後の一人ではないでしょうか」
「なぜ、そう思うのですか?」
「カトゥーラを偉大という彼が、集落を離れ魔人の使徒となり、片言ながらもカナンの言語を話しているのが、何よりの証拠のような気がします。実際は外見よりも、遥かに高齢でしょう」
ノルンは暗に、遥か昔に〝カトゥーラの氏族〟が滅んだことを告げていた。たった一人残されたレッドが、どんな経緯で魔人の使徒として生きる道を選んだのかはわからない。ただそれは、これから故郷を取り戻そうと考えているボナンたちにとって、身につまされる話だった。
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最近少し体調が悪いため、更新が遅くなってしまうかも知れません。
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