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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第七章 守るべきもの
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四十三話

 ガルガラントの鋭い視線を受けながら、ノルンは腹を立てていた。だが、何に対して腹を立てているのかは、自分でもわかってはいない。ただ漠然とした(いきどお)りや不満が、行き場もなくグルグルと体の中で暴れている。


 静観するつもりだったウーラの戦いに割り込んだのも、そんな漠然とした感情の高ぶりからであった。


「あなたは何ですか?」

「あ?」


 ノルンの質問に、ガルガラントは怒気を含んだ声を返す。


「何しに来たのですか?」

「何しにだ? 皆殺しに決まってるだろ」

「奴隷を奪い返されたからですか?」

「それもある。だがな……」


 勿体(もったい)つけるように言葉を切ったガルガラントは、きゅっと目を細めた。風で揺らされて落ちた葉が、地面に辿り着く途中でパチッと弾けて小さく火を上げる。


「こいつらは元々、俺の獲物だったんだよ! あの時、止められたのを無視して全員ぶっ殺してれば、こんな無様な事にはならなかったんだ!」


 声を荒げたガルガラントは一転し、楽しげに笑みを浮かべると、離れた場所で様子を伺って立ち尽くしている人々に視線を向けた。


「知ってるか? お前らの王様は、泣きながら俺に命乞いをしたんだぜ。殺さないでください~、ってな!」


 ノルンは、空気が震えた気がした。


 エリトアの人々で、二十年前の出来事を知る者は気付いたのだろう。晴れた空、雨のように落ちる雷、響く笑い声。彼らを今の境遇に追いやった張本人が誰だったのか。


 それまで怯えていた人々の気配が、陽炎のように揺らめいていた。


 ガルガラントはそんな彼らを挑発するように、さらに言葉を続ける。


「王妃なんか抱いてくれと言わんばかりに、ストリップをしながら尻を振っていたぜ。あれは見物だったぞ。あんな連中がトップじゃあ、あの国は俺が手を出さなくてもいずれ滅びただろうさ!」


 言うやいなや、ガルガラントが森の奥に向かって手をかざすと、落雷が発生した。直撃を受けた木の幹は真っ二つに割れ、枝葉を燃え上がらせながら左右に倒れる。するとその背後から、身を潜めていたらしき複数の人影が姿を現した。


 揺れる光の中で最初に見えたのは、右目に眼帯をした男が、敵意を剥き出しに今にも突進しそうな少女の両腕を掴む姿だった。隣にはもう一人少女がいて、二人を心配そうに見ている。そして三人の後ろには、さらに複数の男たちがいた。


「生意気にも殺気を向けて来る奴がいると思えば……まさか小娘だとはな」


 彼の視線は、敵意を剥き出しにした少女に向けられる。


「お父様とお母様は、そんな事はしません! 絶対に!」


 少女が叫んだ。その言葉に、ガルガラントは少し驚いたようにわずかに目を開く。直後、下卑た笑みを浮かべ鼻を鳴らした。


「あの淫乱女の娘か! さぞやお前も、好き者なんだろうなあ! あの王妃は涎を垂らしながら、嬉しそうに腰を振っていたぜ。最後には家族のことも、国民の事も頭にはなかったろうさ」


 少女は涙ながらに拳を握る。怒りと悔しさ、そして自分の無力さを嘆くように震え、強く唇を噛んでいた。


 そんな少女の顔を見ていたノルンは、たまらない気持ちになる。


「どうして……」


 呟くその声は、誰の耳にも届かない。


 心が騒ぎ、怒りが溢れ出て来る。ノルンは怒りの正体を掴めなかったが、それは誰もが抱く日常の、小さな不平不満の鬱積(うっせき)に似ていた。確かな理由があるわけではない。ただ小さな怒りが積み重なって、ある日突然爆発するのだ。


 涙を流す母を見ても、ノルンにはどうすればいいのかわからない。たとえばボルバウスやオブデンタールのように明確な敵がいれば、戦うだけだった。


 幼い頃の母が住んでいた村の者を殺しても、きっと母は喜んではくれないだろう。過去を消し去ることが出来ない以上、ノルンは無力だった。


 やり場のない感情が、少女の涙で溢れた。


 ――どうして?


(誰かが泣かなくてはいけない!)


 その想いは、彼の記憶を揺り起こす。フラッシュバックのようにいくつもの光景が浮かび、消えていった。残ったのは、同調した感情だけだ。それが覇王なのか、魔王なのかはわからない。ただ、自分に出来ることが何なのかだけはわかった。


「ガルガラント!」


 ノルンが叫んだ。魔人が振り向いた時、彼の姿は目の前にあり、その拳が顔面を直撃する。ありえないほどの力を感じたガルガラントは、抗うことも出来ずに吹き飛ばされた。何度も地面に叩きつけられながらようやく止まると、彼は一瞬感じた恐怖を引き剥がすように憤怒の表情を浮かべる。


(何だ、今のは!?)


 心の内に湧いた戸惑いは一切見せず、彼は虚勢を張ることしか出来ない。


 一方の攻撃を仕掛けたはずのノルンは、気力だけで立っているのがやっとという状態にあった。魔人を拳で吹き飛ばすには、回復しつつあったすべての力を注いでも足らない。それは、命を削る一撃だった。


 ノルンの全身には大量の汗が浮かび、呼吸も荒く、目も虚ろだ。その姿に、ガルガラントは少し落ち着きを取り戻し、表情を和らげる。


「なかなかの不意打ちだったぜ。だが、もう終わりだ」


 埃を払いながら、ガルガラントがノルンに近付いて行く。すぐさま、ウーラがノルンを守るように立ち塞がり、再び二人の戦いが開始されるのかと思われたが、予想外のところから参戦の声が上がった。


「ここは俺が戦うのが、どうやら筋のようだな」


 そう言って進み出たのは、少女を抑えていた眼帯の男だった。


「チッ! また邪魔者か」

「まあ、そう言うなよ。少なくともこの中じゃあ、一番楽しめるはずだ」


 男は歩きながら、暗闇でもわかるほど高密度の白い魔力を、(もや)のようにゆらゆらと立ち上らせた。


「……何者だ?」

「ベリーウェル。これでも昔は、〈十二の刃〉なんて呼ばれてたんだぜ」


 男は二本の湾刀を鞘から抜くと、白い歯を見せニッと笑った。

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