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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第七章 守るべきもの
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四十一話

 地響きとともに、彼は訪れた。


 金髪を逆立て、銀のアクセサリーを過剰にぶら下げた軽薄そうな男が、砂埃の舞うその中心に立っている。


「着地成功っと。へへっ!」


 笑みを浮かべながら強者の眼差しで周囲を見回したガルガラントは、ふと目に留まった女性に動きを止めて笑みを消した。


「姫のメイドか……」


 ガルガラントの視線を受けながら、ウーラはお茶会の客を迎えるように頭を下げた。どんな場においても、彼女の態度が変わることはない。


「あれだけの人数が居ながら、無様に奴隷を奪われたガルオークどもに怒りを覚えたが、なるほどな。お前が相手じゃ、クソの役にもたちゃしねえぜ」

「……」

「だが教えてくれよ。何だって死に損ないどもの味方をする? お前の意思か? それとも姫の命令か?」


 話をしながら、ガルガラントは一歩、一歩と近付いて来る。


 今ここで魔人と敵対するような言動は、出来れば控えたいところだった。しかしだからと言って、彼におもねる理由がウーラにはない。それどころか、主を気安く『姫』などと呼ぶ彼を腹立たしくさえ思った。


 だがウーラはそんな内心をおくびにも出さず、ガルガラントの質問に淡々とした口調で答える。


「わたくしの行動に関しまして、ガルガラント様に申し上げるべきことはございません」


 ガルガラントが目を細める。彼女が主の命令に忠実なだけの人形でない事は、明らかだった。ならばウーラ自身の判断で、口にした発言だろう。


 おもしろいと、ガルガラントは思う。彼女のような強い意志を持つ女を力ずくで屈服させるのは、彼にとって何よりも興奮することだった。想像するだけで、マグマが吹き出すように下腹部が熱くなる。


 人はすぐ壊れる、使い捨てのおもちゃだ。しかし使徒なら、十分に楽しませてくれるだろう。


「姫の怒りは買いたくないが、かと言ってここで引き下がるわけにもいかねえなあ」


 ガルガラントがにやりと笑う。それがウーラには、獰猛(どうもう)だがひどく下卑たものに見えた。


 彼の両手に雷がまとわりつき、身に付けた銀のアクセサリーがパチリと火花を放つ。臨戦態勢の魔人を前にして、ウーラは熱を帯びた眼差しに湧き上がる感情を隠しきれず、深く息を吐いた。戦闘を楽しいと感じるのは、いつ以来だろうか。果たしてこの高揚感は、獣人の自分と使徒の自分、どちらに由来するものなのか。


 息を吸う。吐くと同時に、ウーラは大地を蹴った。一気に距離は縮まり、取り出した小型斧を両手に持つと、間髪を入れずに次々と攻撃を繰り出した。動きを読まれぬよう、両手で不協和音を奏でるように仕掛けていく。


 しかしそのすべてが、ガルガラントに触れる直前で、パチッと弾ける雷によって阻まれた。


「ハッ!」


 ガルガラントが笑う。瞬間、ウーラは後方に飛び退いて距離を開けた。数瞬前まで自分が立っていた地面に雷が焦げ跡を残すのを見て、彼女はわずかに冷静さを取り戻した。


 野蛮な魔人にとって周囲の人間は障害物でしかないが、ウーラにとってはまだ利用価値のある存在だった。ここで被害を出すわけにはいかない。


 ウーラはさらに後方へ退き、なるべくキャンプから離れようとする。だが彼女の思惑に反し、エリトアの人々は逃げるどころか未だに呆然と立ち尽くしていた。


 恐怖に足がすくむ者もいたが、実際は逃げたくても逃げられない状況にあったのだ。キャンプ内の空気はガルガラントの魔力を媒介として帯電し、わずかな刺激で火花を散らせる。それは致命傷にこそならないまでも、骨から肉をこそぎ落とす程度の威力はあった。


「どうした? まさかもう、戦意喪失じゃないだろうな!」


 一転して距離を置こうとするウーラに、ガルガラントは雷の剣をその手に生み出すと、一気に迫った。しかし繰り出されたのは、からかうような大振りな一撃だった。それを容易く避けたウーラだったが、雷の剣の軌道から幾筋もの稲妻が走り、獲物を逃すまいとするかのように鋭い牙を突き立てて来たのである。


 ウーラの左肩の服が破れ、刺すような痛みが走った。焦げたような臭いが鼻につき、ウーラは不愉快そうに目を細める。すると、その顔が見たかったとでも言うかのように、ガルガラントはにやりと笑った。そして――。


「おらおらおらおら――!」


 今度は容赦のない攻撃だった。残像を残しながら無数に放たれる刺突を、ウーラは両手の小型斧で(さばい)いてゆく。両者の武器がぶつかり合う度に、紅い火花が黄色い雷の輝きに彩りを与えた。拮抗しているように見える攻防だったが、ウーラだけが一方的にダメージを負っていた。


 雷の剣を防いでも、そこから放たれる稲妻から逃れる術はなかった。しかもガルガラントが長く留まるほどに、周囲の空気が彼の魔力によって帯電地帯へと変貌してゆく。時間を費やすほど、不利な状況になるのだ。


「くっ!」


 ウーラに焦りが生まれた。仮面の表情は崩れつつあり、それが一瞬の隙を生む。辛うじて防いできた刺突が、ウーラの脇腹を貫いた。雷の炎が服とともに、(えぐ)り取った脇腹の傷を焼く。おかげで出血は防げたが、使徒でなければ再生不可能なほど重度の火傷を負うことになった。


 バランスを崩してよろめいたウーラは、痛みと後悔に顔をしかめる。


 視線の先には、笑うガルガラントの顔があった。その表情に勝利の喜びはない。勝って当たり前の勝負だと信じている、傲慢さが浮き出ていた。血走る目は興奮に見開かれ、ウーラは全身を舐め回されるような気味悪さを感じた。ガルガラントの目に映るウーラは、もはや自分の嗜虐心(しぎゃくしん)を満たす道具でしかない。


 二人の間に立ちはだかる無粋なものはなく、ウーラの脳裏に最悪の状況がよぎった。それはノルンの存在が、目の前の野望に満ちた魔人に知られることだ。そしてそれは、彼女の主が落胆するに十分過ぎる失態だった。


 ウーラは小型斧を構え、雷の剣を手に迫るガルガラントを迎え撃つ。諦めるつもりはなかった。


 二人の距離が詰まり、ガルガラントの攻撃がウーラに届くかというその時、不意の妨害で魔人は咄嗟(とっさ)に身を引いた。飛んできたのは、いくつもの石の刃だった。


 飛び退いたガルガラントは、闖入者(ちんにゅうしゃ)に鋭い視線を向ける。そこに立っていたのは、土の下級魔法〈石刃(マキリ・カム)〉で妨害を図ったノルンだった。

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