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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第七章 守るべきもの
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三十七話

 十三魔人の一人で総帥と呼ばれるロンダルトッドは、近づいて来る騒がしい足音に眉を(ひそ)めながらペンを置いた。


 周囲の壁を本棚が占め、窓ひとつないランプの明かりが揺れる部屋には、住人の持つ気配が染み込んだ落ち着いた雰囲気がある。


 置いてあるアイテムの一つ一つが、重厚で趣味の良さを感じさせた。


「はぁ……」


 白髪の髪を撫でつけ、ロンダルトッドは溜息を漏らす。眼鏡を掛けた五十半ばの顔には、歳を重ねた皺とは別の疲労を感じさせる影が差していた。


 ドンッと荒々しく扉が開き、金髪を逆立て銀のアクセサリーを過剰なほど身に付けた男が姿を見せた。


「おいおいおい! いい加減にしてくれよ!」


 机を両手で叩きながらそう言ったのは、魔人ガルガラントだった。


「今度は何だ?」

「どうして『奴隷の館』から援軍を出さなかった? 魔法陣も壊され、捕虜も連れて行かれちまったじゃねえか!」

「ああ、その件か……」


 ロンダルトッドは眼鏡を外し、目頭を押さえながら小さく息を吐き出した。


「嬢ちゃんと筋肉が旧交を温めていたようだったからな、邪魔をしないよう気を遣ったまでだ」


 ガルガラントは怯んだように口を結んだ。


 今やヴァルチアとゴルワノフの二人をそう呼べる人物は、ロンダルトッドを含めてわずか数名である。その事を再認識したガルガラントは、自分がどんな相手に突っかかっているのか気付いたのだ。しかしすぐに「今更か」と開き直った。


「それに、奴隷の需要はそれほど多くはない」

「だったらなんで俺に、捕虜を運搬なんかさせるんだ!」

「何かやりたいとお前が言ったのだろう?」

「チッ!」


 舌打ちを漏らしたガルガラントは、少し冷静さを取り戻し、少し前から考えていた事を口にした。


「捕虜を奪い返した奴らは、エリトア人だ」

「お前がかつて滅ぼした国の生き残りか……」

「ああ。お前が止めなければ、皆殺しに出来た奴らだ。それが巡り巡って、このザマだよ。だからこんどこそ、奴らを皆殺しにする。いいよな?」


 ロンダルトッドは机に肘を付き手を組むと、目を閉じた。


 あの日、ガルガラントがエリトア王国を攻めたと知った時、彼はすぐさま動いてそれ以上の侵攻を禁止した。なぜそんな行動をしたのかは、正直なところロンダルトッド自身でもわからない。ただ、エリトアと聞いた時にトゥラント爺の顔が思い出され、居ても立ってもいられなかったのだ。


 自分よりも永く生きた魔人だったからこそ、敬意を表したいと思ったのかも知れない。


「どうなんだよ?」

「……わかった。だがそれ以上の行動は許さない。いいな?」

「ああ」


 満足そうに笑ったガルガラントは、来た時のように足音を立てながら乱暴に扉を開けて出て行った。


「やれやれ……」


 溜息を吐いたロンダルトッドは、すぐに頭を切り換えて今後の魔王軍の方針について思索を巡らせた。


 その矢先、執事が来客を告げにやって来る。


「ヴァルチア様がお見えになりました。客間の方でお待ちです」


 ロンダルトッドは意外に思いつつも頷き、人間ならば孫と思われても不思議ではない少女と会うために立ち上がる。けれど気分は、そこまで楽しいものではなかった。





 荒い息を吐きながらレスティ・キャベラ・エリトアとミーネは、木の幹に寄りかかってその場に腰を下ろした。無我夢中で誰もいない方へと走り、薄暗い森の中で我に返って足を止めたのだ。


「はぁ……はぁ……大丈夫ですか、姫様?」

「ええ……」


 レスティはミーネに返事をし、自分の胸に手を当てながら呼吸を整えた。


「ここはどの辺りなのかしら?」

「……」


 ミーネは黙って周囲を見渡し、首を振った。そもそも、キャンプの場所を二人とも知らない。必要なものは戦える男たちがどこからか調達して来るため、彼女たちがキャンプを離れることなどなかったのだ。


「ここで夜を明かすのは危険です。少し休んだら、移動しましょう」


 そう提案するミーネにレスティは頷き、繁った枝葉の隙間から見える空に視線を向けた。


 日は傾き、昼から夜に変わるグラデーションが美しく、寂しげだった。レスティは自身の心細さを気付かれないように、横目でミーネを盗み見る。うつむく顔には、隠しきれない不安が滲んでいた。


「ミーネ」


 レスティはそう呼びかけ、彼女の手を握ると僅かに微笑みを浮かべた。


「行きましょう」


 一瞬、驚いたような表情を浮かべたミーネは、弱々しくも少女らしい笑みを浮かべて、小さく「はい」と応えた。


 それから二人は、再び宛てもなく歩き始める。今日は一日、ほとんど食事をしていないが、空腹を忘れるほど精神的に疲労していた。しかし喉の渇きは、唾液を呑み込んでも誤魔化せないほど、常に意識の中にある。


 ふらふらと、徐々に足元がおぼつかなくなる中、レスティが何かを見つけた。


「人? ……誰か倒れているわ!」


 慌てて二人は駆け寄り、その顔を見た瞬間に足を止めた。


「どうして?」


 疑問が頭の中を巡る。そこに倒れていたのは、自分たちと同じ檻車に乗っていた女性だった。名前はわからないが、顔は覚えている。


 二人が知る由もないが、それはエディンの母親だった。二人は橋から遠ざかるように東に逃げてから南下したが、エディンは橋からすぐに南東に移動していたのである。だが、肝心なエディンの姿はどこにもない。


「ひ、姫様!」


 ミーネの震える声に、女性を見ていたレスティが顔を上げた。


「――っ!」


 すると、前から三人の兵士が歩いてくる姿が目に飛び込んだ。その見慣れた鎧は、ロシュ兵のものだった。


 二人は恐怖に身を寄せる。


「お、おお、良い、皮だ」

「生娘の、柔い皮だ」

(かじ)りたい、なあ」


 三人の兵士は、ニヤニヤ笑いながら首を斜めにまげて、覚えたてのような拙い言葉を発した。その声は、どこかぞっとする響きがある。生理的な嫌悪感を呼び起こすような、ねっとりとした声だ。


 だがそれ以上に不気味なのは、彼らの目である。底の見えない瞳の奥にあるのは、決して見てはいけないおぞましいもののように二人には感じられたのだった。

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