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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第六章 絶望の橋
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三十一話

 川を渡っただけで、森の雰囲気は一変していた。あるいは萎縮した心が、そう思い込んでいるだけなのかも知れない。しかしここが魔族領であることは事実であり、張り詰めた緊張感が余計に森の不気味さを強調していた。


 当然のことながら、カディフにとって魔族領での野宿は、初めての経験だった。それに加えて、レーテ川渡河の際の出来事もある。


(ギーグ……)


 落ち着いてから改めて思い返しても、あれが夢だったとは思えない。しかし、ダラスが自分に嘘を伝える理由などないだろう。仮に嘘だとしても、それがダラスにとってどんな利となるのか。


 あれこれと考えてはみるが、結局のところ、答えなど出しようもない問題だった。


 そんな事を考えていたからか、足音に気付き顔を上げると、ダラスがこちらに向かって来るところだった。


「早いな、もう起きたのか?」


 わずかな後ろめたさを感じながら、カディフは取り繕ったような笑みで返した。


「あまり眠れなくて」

「新人はみんな、寝不足のようだな」


 薄暗い朝霧の中、木の根元に腰掛ける影があちこちに見られた。まだ寝ている者もいたが、ほとんどが起きて朝食を取っている。


 カディフの横に腰掛けたダラスの手にも、携帯用の乾燥パンと水筒があった。


「みんな、早起きなんですね」


 周囲の様子を見回しながらカディフが言う。


「夜営に馴れた連中は、短時間で体を休める(すべ)を身につけているんだ。交代で見張りもあるからな」


 見張りは全員が交代で立つが、カディフたち新人は免除されている。とはいえ、渡河の際に二名が水中に没し、残っているのは彼を含めて三名だ。ベテラン勢を合わせて十八名の決死隊で、魔族領の森で夜を明かした。


「体調はどうだ?」

「ええ、まあ……」


 レーテ川での事を心配してくれているのだろう。ダラスの言葉に、カディフは曖昧に相づちを打った。


「ここまで来て『無理はするな』とは言わないが、いざと言うときに力が発揮出来ないと、後悔することになる。お前も、誰か助けたい人がいるんだろ?」


 カディフは頷く。


「妹が捕まっていて……」

「妹さんを助けるために、決死隊に志願したってわけか」

「はい……あの、妹――ミーナを助ける目的で決死隊に志願しましたが、本来の目的、姫様の救出も必ずやり遂げるつもりです」


 慌てたように言葉を続けたカディフに、ダラスは声を抑えて笑った。


「大丈夫だ。俺たちは最初から、全員助け出すつもりでいるよ。最悪、姫だけでもっていうのは、あくまでも上の意向ってだけさ」


 ポンと肩を叩くと、ダラスは腰を上げた。


「あんまり気を張って思い詰めるなよ。捕まった家族を助けることも重要だが、俺たち自身もまた、エリトアの『家族』なんだからな」


 自分の言葉に照れた様子で、ダラスは乾燥パンを(かじ)りながら背を向けて歩き出す。けれど数歩進んだところで立ち止まると、わずかに振り返りながら呟いた。


「途中で飲み水を補給出来ない今回のような任務に、コレはないと思わないか?」


 乾燥パンを上げて見せ、ダラスは理解出来ないと言うように首を振りながら、その場を去った。


 カディフは何だかおかしくて、自分も乾燥パンを食べようと視線を横に向けたが、そこに広がる荷物に落胆の息を吐いた。


 一緒にレーテ川に沈んだリュックの中身を乾かすために広げていたのだが、その中に水分を吸って柔らかくなった“乾燥パンだったもの”の姿もあった。


 手を伸ばし掴むと、いつもの堅さは失われていて、簡単に握り潰せそうだった。カディフはそれを一口食べ、わずかに眉を寄せながら何とか呑み込んだ。





 空が白み始めた頃、『絶望の橋』の様子を偵察していた隊員が戻ってきた。彼によれば、橋の真ん中にある詰所で動きがあったようだ。


「予定通り、本日移送が行われる可能性がある。出発の準備を整え、待機するように」


 ウォルドーの指示に、全員が静かに頷く。どの顔にも、穏やかだか揺らぐことのない決意に満ちていた。魔族領の森で何日も待機せず済んだという、安堵感もあったかも知れない。


 そんな時だった。


「何か来る!」


 見張りの抑えた声が、空気を一気に張り詰めさせた。すぐさま全員が、自分の荷物を抱え木陰に実を潜める。カディフも広げていた荷物をリュックに詰め込んで、近くの(くさむら)に隠れた。


 息を潜める中、徐々に近付いて来るのは馬車の音だった。全員の緊張感が一気に高まったゆく。こんな場所に馬車でやって来るものは、魔族でも上位のもの……つまり魔人しか考えられなかったからだ。


「チッ! まずいぞ……」


 カディフの近くに隠れていたダラスが呟く。魔人ならば、隠れていても気配を察することなど容易いだろう。そして見つかったら最後、逃げ切ることなど出来ない。


 カディフは、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえるのを感じながら、審判の時を待つ気持ちで近づくものを見た。


 コウモリの羽を生やした一頭の黒い馬が引く、黒を基調に赤で装飾された馬車の姿。そこに描かれた、コウモリとバラを象った紋章――。


「あの紋章は――!」

「吸血姫ヴァルチア!!」


 その残忍さと容赦のなさから、三狂姫などと呼ばれている女性魔人の一人だった。


 御者台には二人のメイドが座っている。手綱を持つのはやや紫がかった黒髪に羊の角を持つ獣人、その隣に緋色の髪を後頭部でまとめた小柄な少女。


 少女からは何も感じなかったが、隣の獣人と馬車の中から感じる気配には、絡みつくような逃れようのない恐怖と絶望があった。


 カディフたちが通り過ぎることを祈る中、その馬車は希望をへし折るように彼らの前で停車したのである。そして、二人のメイドが御者台から降り、隠れる彼らに向かって頭を垂れたのだった。

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