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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第四章 魂の覚醒
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二十三話

 ノルンは口の端から血を垂らしながら、天を仰いだ。膨大な彼の魔力は行き場を無くしたように四方へ散ったが、ヴァルチアの結界にぶつかって霧のように消えた。


「これで終りね」


 冷静な声でそう口にしたヴァルチアは、ノルンの首を掴む。すると背後に強い視線を感じ、正体がわかってはいながらも、彼女は顔だけを動かしてそちらに目を向けた。


 小さな結界に守られたアリシアが、ラフィーアを腕に抱いたまま、懇願するような目で見ていた。


「優しいのね……」


 安心させるような笑みを浮かべて呟いたヴァルチアは、安堵するアリシアの気持ちを踏みにじるように握った手に力を込めた。


「かっ……」


 ノルンの口から漏れたわずかな声が、骨の砕ける音に消える。ノルンは全身をだらりと弛緩させ、ヴァルチアが手を離すとその場に崩れ落ちた。


 同時にヴァルチアは、結界を解くとノルンに背を向けて歩き出す。背後でノルンに駆け寄るアリシアを感じながら、ヴァルチアは恭しく頭を垂れるウーラに出迎えられる。


「ノルンさん!」


 アリシアの声が聞こえ、ヴァルチアは振り返った。アリシアは呼びかけながら、ノルンの肩を軽く揺すっている。するとどうやら、まだ生きていることが確認できたようで、彼女は安堵の表情を浮かべた。だがすぐに険しい顔つきになり、ヴァルチアの方に詰め寄って来た。


「どうしてですか?」


 わずかに険を含んだ声色で問い掛け、アリシアの大きく愛らしい目がヴァルチアの視線を捉えた。その目には結界で守られていた時の気弱さはなく、弱さゆえの頑なさがあった。


「どうして?」


 首を傾げたヴァルチアは、質問に質問で返した。


「あそこまでしなくても、良かったんじゃないですか?」

「少年の能力を見れば、この程度では死ぬことがないとわかっていたもの。多少、落胆する気持ちをぶつけても構わないでしょ」

「そんなひどいこと――!」


 アリシアがそう言いかけたその時、不意に喉元に小型斧が当てられた。音もなく近寄ってきたウーラである。


「アリシア様、ご自身のお立場をよくお考えの上、ご発言くださいますようお願いいたします」


 表情こそ笑顔だったが、ボルバウスのところで色々と手助けをしてくれたウーラとは違う、冷たい声だった。


「いいわ、ウーラ。放っておきなさい」

(かしこ)まりました」


 ウーラは素早くスカートをひらりと舞い上げ、太股に下げたケースに小型斧を収めると、何事もなかったようにヴァルチアの後ろに立つ。


 アリシアはただ唾液を呑み込み、それ以上、言葉を続けることは出来なかった。


「心配なら、薬を飲ませなさい。そっちのハーフエルフにもね。ボルバウスのところから、持って来たのでしょ?」


 ヴァルチアはそう言うと、興味を失ったように背を向けてウーラを呼んだ。


「戦闘中、少年の力は結界の外には漏れていなかったわよね?」

「はい。わたくしは何も感じ取れませんでした」

「……十中八九、少年の中には魔王と覇王の魂が何らかの形で存在している。けれどなぜ、そんな状態になっているのかは不明だわ」

「魔王様の、魂……」


 ウーラは呟いてから主に目を向けるが、ヴァルチアは物思いにふけった様子でそれ以上は何も言わなかった。ウーラも余計なことを言わず、軽く一礼をすると邪魔をしないようにヴァルチアから離れた。そして、ノルンをラフィーアの側まで運ぼうと四苦八苦しているアリシアを見て、小さく笑みを浮かべながらその手伝いに向かった。





 ノルンは夢を見た。


 それは誰の思い出なのか、混じり合う記憶の中から浮かび上がった光景は、どこかの洞窟のようだった。


 白髪の男が、赤髪の男に何かを話している。不意に、赤髪の男が笑った。


「これはまた、随分と迷惑を掛けたようだな。朧気だが、何となく覚えているよ。確かにそう、俺が奴らに命令したんだ」


 その顔が怒りと悲しみに染まって、自分を責めるような笑みに変わってゆく。


「大事に思っていたのは、嘘じゃないさ。それに、こんな結末は望んではいなかった。結局、約束を破る事になっちまったしな……」


 赤髪の男の言葉が嘘ではない証拠に、ノルンの胸に暖かさとわずかな痛みが走った。


 白髪の男の言葉に、赤髪の男が頷く。


「わかったよ。俺にも責任はあるみたいだからな、何より、あいつらを苦しめたくはない。その代わり、俺の仲間を助けてやってくれ」


 それが、赤髪の男が口にした最後の言葉だった。


(これは覇王と魔王が決闘するために、二人きりで会ったときの記憶……)


 蘇った記憶が、何も知らないノルンにその事実を告げていた。


 だが二人の様子は、とても決闘するような雰囲気ではない。この前後に何があったのか、ノルンは思い出そうと試みてみた。だが、まだ早いと言わんばかりに、すべてはすりガラスに阻まれたような朧気な光景がバラバラに見えるだけだった。


「――焦る必要はない。時が来れば、必要な情報は頭の中に蘇る」


 リリスたちに心を捕らわれそうになった時、自分を助けてくれた声――白髪の男、覇王の言葉が蘇った。つまり今はまだ、時ではないのだろう。


 やがて夢は途切れ、ノルンの覚醒した意識は瞼を上げた。


「……」


 薄い雲に覆われた空が目に飛び込んで来る。


「ノルンさん! 大丈夫ですか!?」


 ノルンの目覚めに気付いたアリシアが、泣きそうな顔ですがりついてきた。


「僕は……」


 自分の記憶を思いだそうとするノルンの視界に、ヴァルチアの顔が入ってくる。


「目が覚めたようね。一度だけ自己紹介をするわ。魔人のヴァルチアよ」


 それだけ言うと、用が済んだのか再び視界から消えた。


(ヴァルチア……確か、ウーラが主と言っていた方ですね)


 その名を確認したノルンは、何かを思い出したのかハッとしてアリシアに訊ねた。


「母さんは!?」

「大丈夫です。回復薬を飲ませたら、呼吸は落ち着きました。ただ……」

「何ですか?」

「外傷があまりにもひどいです。普通の治癒魔法では、きっと――」


 アリシアは暗く顔を沈め、言葉を詰まらせた。


「僕を起こしてください」

「えっ、でも……」

「お願いします」


 必死の願いに、アリシアはノルンの背中を支えて半身を起こした。そしてすぐ近くに横たわる母の姿を見る。はっきりとは覚えていなかったが、ノルンの知るラフィーアの姿と異なることは歴然としていた。


「母さん……必ずその傷を、跡が残らないように治します。だから少しだけ、我慢してください……」


 悔しさを滲ませながら呟いたその声に、ヴァルチアが反応する。


「アリアテッサに会いに行くつもり?」


 頷くノルンに、ヴァルチアの目が妖しく光った。


「あなたには、覇王の記憶があるのね?」


 アリアテッサは、覇王と共に戦場を駆け抜けた、十二の(やいば)と呼ばれた者たちの一人の名だ。


 ヴァルチアはノルンの正面に立つ。彼女は、ノルンが知る事実を確かめなければならなかった。

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