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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第四章 魂の覚醒
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十九話

 赤と黒で彩られた懐かしの我が城に、ウーラは喜びを隠しきれず満面の笑顔で廊下を歩いていた。たった数十年とはいえ、ボルバウスの殺風景な城での暮らしは耐え難いものだった。敬愛する主の命でなければ、とうに出奔していただろう。


 そもそもウーラがボルバウスの世話をするようになったのは、主が依頼した『造血剤』の製作に対する礼によるものだった。


 魔王に匹敵する実力と言われる〈十三魔人〉の一人にして、〈三狂姫〉の一人でもある吸血姫ヴァルチア――それがウーラの主である。


 そして吸血姫ヴァルチアの使徒、それがウーラの正体でもあった。


 使徒は主の血を体内に取り入れ、強大な力を得て命を共有する存在となる。つまり、主が生きている限り、使徒は決して死ぬことはない。代わりに主が死滅する時、共に滅びるのである。


 ヴァルチアには百名ほどの配下がいるが、使徒はウーラだけだった。


(ボルバウス様の世話係にわたくしをお選び頂いたのは、主様の名に恥じぬメイドとしての信頼の証です。ならばわたくしは、それにお応えしなければなりません!)


 その強い想いがなければ、ボルバウスが死滅するまでという条件でメイドを続けることは不可能だっただろう。もしもノルンが現れなければ、あと千年以上は確実にボルバウスの下にいなければならなかった。


 それゆえに、ウーラは偶然とは言え自分を解放してくれたノルンに感謝していた。だから彼に対し、普段なら決してしない助力をしたのである。


 予想通り鉄格子で封鎖された洞窟から外に出たノルンに、半壊したボルバウスの居城から役立ちそうな薬と金貨を持ち出し、彼に渡したのだ。さらに次の目的地――ノルンの母ラフィーアの居場所、魔人オブデンタールの屋敷に通じる『転送魔法陣』の場所とその使い方を一緒に教えた。


 この転送魔法陣はボルバウスが独自に開発したもので、AとBの一組の魔法陣から成る。魔法陣の置かれたA地点とB地点を一瞬で移動が可能で、魔力を注げば何度でも利用出来る。ウーラがヴァルチアの居城にすぐ戻って来られたのも、その魔法陣のお陰だった。


「わたくしが留守の間に、何か問題はありませんでしたか?」

「はい、メイド長様」


 すれ違うメイドに声を掛けながら、ウーラはやがて最上階にあるヴァルチアの私室前に到着した。蝙蝠(こうもり)とバラのレリーフが施された扉に、ウーラは背筋を伸ばし身を引き締めノックをした。


「ウーラでございます」


 呼びかけてから数秒ほど間があり、


「入りなさい」


 返答があった。


「失礼いたします」


 緊張しつつ中に足を踏み入れると、天蓋付ベッドに腰かけた少女の姿があった。ピンクのワンピースパジャマに薄手のカーディガンを羽織り、金髪を右側に寄せて白いシュシュで束ね、胸元まで垂らした少女だ。闇の中で浮き上がるような白い肌に、ルビーのような紅い瞳の彼女こそ、ウーラの主であるヴァルチアだった。


 寝起きだったのか、口調はしっかりとしていたが視線はどこかぼんやりと宙を彷徨っている。


「ボルバウス様の死去により、お役目を終えて本日、帰参致しました」

「そう……」


 扉の側に立ったまま報告をするウーラの言葉に、興味がなさそうな返事をしながら、ヴァルチアは突然生気が宿ったように、射抜くような目で彼女を見た。


「近くに」

「はい」


 返事をしたウーラは、ヴァルチアのそばに歩み寄る。それでもまだ、触れられるほどの距離にはない。


「経緯の説明を」


 主の求めに応じて、ウーラはノルンが現れボルバウスと対峙したところから地下を脱出して別れるまでの出来事を、あらかじめ頭の中で整理した通り簡潔に話した。その間、ヴァルチアは目を閉じ黙って聞いていた。


「――ということでございます」

「……『ケティルの門』を開く少年か」


 ヴァルチアがノルンに興味を持つ事を、ウーラは予想していた。なぜならそれは、ヴァルチアが最も知りたがっている事の、ある手掛かりとなる可能性があるからだ。


「もう千年も経つ……それは常に、頭の中にあったことだ。魔王はもう、死んだのではないかという可能性……」


 思いに沈むヴァルチアの側で、ウーラもまた当時のことを思い出していた。


 千年ほど前、魔族と人類は友好的とまではいかなくとも、カナンを縦断するレーテ川を挟んで互いに不干渉を貫いていた。ところがある日突然、魔王は自ら全軍を率いてレーテ川を越え、人類圏に攻め込んだのである。


 その頃のウーラはまだ使徒として未熟で、戦場に赴くヴァルチアに従うことは許されず、その帰りをただ待つだけの日々だった。


 戦勝報告が次々届き、このまま人類を滅ぼすのではないかと思われていた矢先、人類連合軍に覇王と呼ばれる男が現れた。


 〈十二の(やいば)〉と呼ばれる仲間を連れたその男の登場により、戦況は一変する。魔王軍は最初のレーテ川まで押し戻され、奪い取った領地をすべて失ったのだ。


 そしてこの戦争の勝敗は、魔王と覇王の一騎打ちに委ねられることとなった。決戦の場所は明かされず、魔王と覇王が互いの陣営から姿を消し、そのまま二人とも戻って来ることはなかった。


 ただ、人間の裏切りで覇王が死んだ事だけが彼の仲間たちによって伝えられ、〈十二の刃〉は人類連合軍より姿を消した。一方の魔王軍も中心である魔王が生死不明のまま行方がわからない事から、ほとんどの魔人たちは戦場から引き揚げ、辛うじて体裁を整えたわずかな部隊のみが戦線維持のために残されたのだった。


 あれから千年、今もなお人類連合軍との戦争は続き、魔王軍は再びレーテ川を越えた先の街まで侵攻している。だがそれに何の意味があるのか、そもそも魔王はなぜ戦争を始めたのか、それを知る者はいない。


 虚しさがわずかに心を支配する中、不意の物音でウーラは我に返った。見るとヴァルチアがベッドから降りて立っている。


「ウーラ、支度の手伝いを」


 何の支度かは訊ねるまでもない。ウーラは深く頭を垂れ、唇を真一文字に結んだ。


 魔王が姿を消してから今日まで、ヴァルチアは以前のような覇気を失い、城門から一歩も外に出ることがなかった。


 止まった時間が動き出すように、ヴァルチアの着替えを手伝いながら、ウーラは喜びと興奮を抑えるのに必死だった。

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