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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第三章 冒涜の遊戯
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十三話

 魔人ボルバウスは不機嫌そうに、くるんと丸まったもみあげを指で(もてあそ)んだ。玉座に腰掛け、組んだ足を落ちつかない様子で動かしながら、視線を一人の少女に向けている。


 一切の装飾がない、息苦しさを感じるような謁見の間の中央付近には、その少女の他に五匹のガルオークが大鎌を持って立っていた。


「まったくもって忌々しい限りだ。あんな小競り合いではなく大きな戦争でも起こってくれれば、吾輩も活躍の機会を得てあんなデブに(かしず)く必要などなくなるというものを」


 ボルバウスがそう独り言を口にする間も、少女の息遣いが絶えず聞こえる。


 少女は何一つ(まと)うことなく、身を横たえながら苦しげに細かな呼吸を繰り返していた。白磁の肌にはうっすらと汗が浮かび、睫毛が長く大きな目はただ虚ろで、ガラス玉のように生気を失っていた。


「さて、そろそろ薬が効いてきた頃か。娘、吾輩の声が聞こえるか? 聞こえたなら名を名乗れ」


 その問い掛けに、拙い操り人形のようなぎこちない動作で、少女は体を起こしゆっくり顔を上げて、ボルバウスに視線を向けた。虚ろな目の奥に、意思を示すわずかな光が灯っている。


「……アリシア」


 そう名乗った少女は、緋色の髪がまだきちんとセットされ、払えば落ちる程度の汚れしかない、連れて来られて数時間ほどの商家の娘、アリシア・ジェスターだった。


 鷹揚(おうよう)に頷いたボルバウスは、まるで食事の注文をするような口調でアリシアに告げる。


「では、アリシア。これからお前を、そいつらが処刑する。痛いだろうが我慢しろ」


 言い終わると同時に、アリシアの背後に控えていた五匹のガルオークから一匹が進み出て、わずかな間もなく大鎌で彼女の首を切り落とした。ごろりと転がったアリシアの頭部は、まだボルバウスの言葉を理解出来ていない不思議そうな表情のままだ。残った体も再び横たわり、たちまち血の池が出来上がって、アリシアは絶命した――はずだった。


 切断面の出血は止まり、そこからイソギンチャクのように無数の触手が伸びて、頭と体が互いに引き合うように触手を絡ませ合った。そしてそのまま頭は本来の位置に戻り、切断されたことなど忘れたように、跡を残すことなくきれいにくっついてアリシアは蘇生したのである。


「吾輩の声が聞こえるか、アリシア? 聞こえたなら返事をするがいい」


 切断された直後の表情のまま、ふっと意識を取り戻したアリシアは、ボルバウスの声に再び体を起こした。美しかった肌は、自身の血によってあちこちが赤く汚れている。


「……聞こえます」

「さて、一度死んだわけだが、どんな感じだった?」

「……一瞬、意識が途切れて……耳鳴りがしたかと思ったら、真っ暗だった視界が戻って……でも、大雨の降る窓の外みたいに辺りがゆらゆらして……また真っ暗になったと思ったら、あなたの声が聞こえました……えっ? 私、死んだんですか?」


 興味深そうに頷いたボルバウスは、視線をアリシアの横の血溜まりに向けた。


「肉体の超再生は実現できたが、流れ出た血液の回収はやはり無理だったか。ならば――」


 言葉を切ったボルバウスは、五匹のガルオークに予め指示してあった行動を、実行するように指先で合図を出した。それを受けてガルオークたちは動きだし、それに気付いたアリシアが振り向くとほぼ同時に、五本の大鎌が容赦なく、そして執拗に彼女の肉体を切り刻んでいった。広がった血塗れの床に、かつて可憐な少女だったと判別も出来ないほど、細かな肉片となったところでガルオークたちは手を止めた。


 散らばった肉片をボルバウスはジッと観察し、やがてその顔に喜色が浮かんだ。肉片が一斉にピクピクと動きだし、近くの肉片と融合しながら徐々に大きくなり、やがて人の形を取り戻していったのだ。


「すばらしい。自分の形を記憶しているのか。知能などあるはずもない肉片が、意思を持っているようだ」


 そんな喜びを露わにするボルバウスとは反対に、元の姿に戻ったアリシアは起き上がることも出来ないほど疲弊し、ぐったりと赤く染まった床に張り付いていた。


 その様子に気付き、ボルバウスは内ポケットから小さな袋を取り出すと、ガルオークを呼びその手に渡す。


「これをアリシアに飲ませろ」

「はい……」


 袋を受け取ったガルオークは、か細い息で命を繋ぎ止めているアリシアの口を開き、袋の中に入っていた四錠の薬を放り込み、無理矢理飲み込ませた。すると、真っ青だった顔に赤みが差し、呼吸からも苦しさが抜けて穏やかに戻ったのだ。


「どうやらこの薬も成功のようだな。吸血姫ヴァルチアの我が儘で作った『造血剤』が、よもやこんなところで役立つとは」


 ボルバウスは複雑な表情を浮かべたが、ともかく実験が成功したことを素直に喜ぶことにした。だがすぐに、眉を(ひそ)めることとなる。


 正面の大きな扉の向こうから、何やら叩きつけるような激しい音と、ガルオークたちの怒声が聞こえたのだ。


「騒々しいぞ! よもや吾輩の配下に、未だ野蛮な奴がおるとはな!」


 その声が聞こえたわけではないだろうが、それまでの音がぴたりと止んだのである。そして、扉が仰々しいほどにゆっくりと開き、銀髪でリュックを背負った少年の姿が現れた。


「人間の小僧……?」


 いるはずのないその姿に、ボルバウスの脳裏に疑問がよぎる。配下のガルオークたちが、黙ってここまで通すはずはない。ボルバウスは視線を、少年の背後に向けた。


「――!」


 驚愕するボルバウスが目にしたのは、少年よりも遥かに巨大な体躯のガルオークたちが、壁や床に張り付けられたように、拘束されている姿だった。

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