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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第三章 冒涜の遊戯
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十一話

 母ラフィーアを救い出すために旅立ったノルンは、前世の記憶の中にあった地図を頼りに『魔の森』を目指していた。さすがに街や村をすべて網羅してはいないが、地名や重要な拠点はほとんどわかる地図だった。


 ハジムとエリザが住む家から少し南に下り、西に進むと『魔の森』がある。そして西に行かずにさらに南下すると海に出るのだが、そこから視認できるほどの距離に小さな島があった。その島には〈十三魔人〉の一人にして、〈三狂姫〉の一人でもある死霊姫ササフネの屋敷があることから、近づく者はいない。


 そう考えると、ハジムとエリザが人類圏のギリギリ、かなり危険な場所に住んでいることがわかる。自然が多く、人が少ない場所となると限られているのだろう。


 育ての親を心配しつつ、ノルンは人目を避けながらも最短距離で進み、わずか数日で『魔の森』に到着した。


 普通の森とは明らかに異なる雰囲気は、そこに存在するすべてで、『魔の森』という呼び名に相応しい禍々しさを演出しているようだった。


 ノルンはわずかな躊躇もなく足を踏み入れ、重苦しい静寂の中を奥へ奥へと歩き続ける。そして何かを探しながら進むことおよそ一時間、ノルンは馬の死骸を見つけた。獣にでも喰われたのだろう、骨は散乱し大小いくつもの足跡が残っていた。


 横目でそれを見ながら通り過ぎ、ノルンは運命の場所に辿り着いた。


 五つの黒装束に、かすれて消えかかった魔法陣、そして器の中で黒くひからびた胎盤。ノルンの記憶には朧気にしか残されていないが、あの時の空気と匂いがそのまま沈滞しているようで、居心地の悪さを感じた。


 ノルンは深く息を吐くと、黒装束の側にしゃがんで持ち物を探った。あの儀式を行っていたのが何者たちなのか、それを知る手掛かりが見つかればと思ったからだ。


 順番に五人分を調べ、見つかったのは三人目が持っていた一冊の本だけだった。


「ネグロニュスの書……」


 黒い表紙に書かれたタイトルを声に出してみるが、ノルンのどの記憶の中にもない。何度も読み込んだ跡があるページをめくり、気になる内容に手を止める。


「〈偉大なる父〉ヤハルは、永遠の楽園カナンに一対の人間を創り出した。それは同じ頃に創り出された多くの生命と同じ、原初の魂を持つものだった……不変の存在は〈時の女神〉ウルドの涙によって破壊され、〈死の(いざな)い〉リリスが六百六十六の穢れた人間の欠片から生まれた。それは父への反抗の狼煙となり、カナンは深淵(マグダ)(はら)み門を開いた……」


 ノルンは口をつぐみ、そっと本を閉じて持ち主に返すと立ち上がった。自分の胸に手を当て、湧き上がる何かを捉えようとする。だがそれは幻のように姿を消し、深い深い底に沈んでいった。


 周囲を見回したノルンは、気持ちを切り替えるように一度だけ目を閉じ、『魔の森』のさらに奥に向かって歩き出す。ラフィーアに抱かれて見た光景の微かな記憶を、上書きでもするようにノルンは隈無く視線を巡らせた。


「大丈夫、私が守ってあげるから」


 母の言葉が蘇る度に、心が切なく軋む。前世の記憶の中には、いくつもの懐かしい顔があったが、その誰よりもノルンはラフィーアに会いたいと思った。


 それは彼女が母親であるという事以上に、前世を含めて初めて自分を『守る』と言ってくれた相手だったからだろうか。そんな事を考えながら歩き、ノルンはようやく母と別れた場所に到着した。


 特別な感慨もなく、おそらく自分が落ちたと思われる穴の存在を確認し、その周囲を注意深く歩き回ってみた。


 あの時ガルオークは、まったく気配を感じさせずに忽然と現れた。確かにあの時のノルンは赤子で能力はまだ未熟だったが、それでも気配を察する力は普通の者より敏感だ。ガルオークの接近をまったく気付かないというのは、とても不自然な気がした。


(姿を消す魔術は、少なくとも記憶にはない……)


 ならば魔法陣かと思い地面を見たが、デコボコの上、穴がいくつも空いているので魔法陣を描くには向いていない。それでも気になって、ノルンはリュックを降ろすと、ノルンは木の根元や大きな岩の下などを入念に調べてみた。すると、明らかに人工的と思われる(くさび)形の傷をいくつか発見することが出来たのだ。


(これは、風水術の楔印……? でも、少し妙です。風水術は六カ所に一つずつの楔印を描き、術式を完成させるはずです。ここには同じ場所に複数の楔印がある……)


 ノルンは岩の側面にある楔印を、指でなぞりながら考えを巡らせた。


 その時だった。触れた指先に電気が流れるような痺れが走り、背後に殺意と愉悦に彩られた気配が膨れあがるように忽然と現れたのだ。


「――!」


 一瞬の危険信号を咄嗟に感じ取ったノルンは、考えるよりも早く頭を腕で守りながら横に跳んだ。


 ドオンという岩が崩れる音が、飛び散る破片と共に倒れ込むノルンを追いかける。体を回転させ体勢を整えながら、ノルンは素早く立ち上がった。だが直後、空気の唸る音が耳に届くとほぼ同時に、頭を守る腕の隙間から茶色い木の皮のようなものが見えた。それが棍棒だと気付いた時には、ノルンの体は衝撃と共に吹き飛ばされていた。


 両腕に感じた痛みは、すぐに背中の痛みに変わる。棍棒で殴られて吹き飛ばされたノルンは、大きな木の幹に背中を打ち付けたのだ。


「くっ――!」


 一瞬息が詰まり、崩れ落ちそうになるが足に力を込め、何とか踏みとどまる。


「ほお、見た目の割には根性がありそうだ」


 ノルンの視線の先に、声の主であるガルオークが立っていた。身の丈ほどの棍棒を持ち、弱者を見る目で笑っている。


「小僧、何をこそこそ探っていた? 正直に話せば、殺さずにおいてやる」

「そして奴隷にするわけですね」

「よくわかっているじゃないか」


 ヨロヨロと数歩前に出たノルンは、何かを確かめるように視線を動かした。


「どうしてガルオークが忽然と現れるのか、不思議に思っていました。でもさっきの事で、その謎も解けたようです」

「……」

「あなたが現れる直前、触れた楔印に魔力が流れ込みました。あちこちに刻まれた楔印は、風水術の術式と魔法陣の効果を重ね合わせた独自のものではないでしょうか。そしてその効果は、大規模な結界です……」


 ノルンが話し終えた時、笑みを浮かべていたガルオークは真顔になっていた。


「お前、何者だ?」

「僕は母を助けに来ました」

「助けに?」

「四ヶ月ほど前、ここでガルオークに捕らわれたハーフエルフです」


 ガルオークの顔に驚愕が浮かび、やがてそれは下卑た笑みに変わる。


「覚えているぞ。あのハーフエルフは、ボルバウス様に献上して大変喜ばれた。だがなぜ、小僧がそれを知っている?」

「僕があの時の子供だからです」


 ガルオークは口元に笑みを張り付かせたまま、表情を固まらせた。


「まだ四ヶ月だぜ? どんな魔法であのガキがここまで成長する?」


 その疑問に、ノルンは行動で答えた。片手を胸の高さまで上げ、空を切るように水平に動かす。すると文字通り、その軌跡に沿ってノルンの前方百メートルほどに渡り、あらゆるものが切断されたのだ。木々の幹、地面に張り付く大岩、そして棍棒を杖のように立てたガルオークの胴体。


 わずかな間の後、ずるりと切断面で上下がズレ、崩れ落ちる。


「な、何だ……? がはっ……」


 地面に落ちたガルオークの上半身は、血を吐きながら自身に起きたことを理解出来ない。ノルンは近づきながら、その様子をジッと見つめていた。

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