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覇王と十二の刃  作者: 元素猫
第三章 冒涜の遊戯
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十話

 アリシア・ジェスターは、父親が買ってくれた英雄の冒険譚に夢中だった。それは主人公が仲間たちと出会い、時に対立しながらも立ちはだかる強敵や困難に立ち向かう、王道の物語である。


 例えば、カナンの果てにある『時の壁』を越えて、〈永遠の眠り姫〉を救い出す話には、胸をときめかせた。


 また、十三魔人に四人の仲間と共に挑み、傷つきながらも人類を救う物語には、胸を熱くさせ興奮で眠れなかった。


 いつか自分も、物語の主人公になって冒険がしてみたいと、漠然とだが夢見るようになった。ふつふつと湧き上がる思いがついに溢れ出したのは、アリシアが十六歳の誕生日を迎えた翌日だった。いつの日にかと立てていた計画を実行し、トランクに荷物を詰めてこっそりと家を出たのである。


 とりあえずの目的地は、バルザロス帝国の帝都にある親戚の家だった。徒歩でも二十日ほどの距離で、初めての冒険には丁度いいだろうと決めたのだ。


「お父様もお母様も優しいけれど、少し過保護なんだわ。私だってもう十六歳なんだから、護衛なしでも平気なのに」


 住み馴れた街とはいえ、初めて一人で歩くと開放的な気分になり、つい日頃の不満が口をついて出た。


「貴族のご令嬢ならまだしも、ただの商家の娘一人に護衛なんて、大袈裟なのよ」


 アリシアがかつて同じことを父親に言ったことがあったが、その時は「だからお前は世間知らずなんだ」と怒られた。しかしアリシア自身は、自分がそこまで世間知らずだとは思っていない。むしろ、危険には敏感だと思っている。


(乗り合い馬車で街の外に出れば、顔見知りの門番さんにも見つからないのよ。ふふ、それくらいはわかってるんだから)


 得意げに笑みを浮かべ、アリシアは馬車乗り場に向かう。だがそこには、長い行列が出来ている上に、家によく訪れる父親の知り合いまで見つけ、足を止めると慌てて視界に入らない道の端に寄った。


「どうしよう……」


 見つかれば、家に連れ戻されるのは明らかだ。かといって、次の馬車を待つ時間はない。部屋に自分の姿がないと知られれば、すぐに捜索が開始されるはずだ。


(私の計画では、街さえ抜け出せれば問題ないのに……)


 せっかくのチャンスを失いたくはない。束縛されない自由な時間を、もっと楽しみたかった。と、すっかり困り果てていたアリシアに、見知らぬ男が声を掛けて来た。


「やあ、お嬢さん。どうしたのかな?」

「えっ?」


 ビクッとしながら顔を上げたアリシアの目の前に、上品で落ち着いた雰囲気の若者が柔和な笑みを浮かべて立っていた。


「馬車に乗りたいのかい? でも、随分と混んでいそうだね。そうだ、隣の街まででよければ僕の馬車で連れていってあげるよ」


 アリシアにとってその若者は、社交界でよく見掛ける男性たちと同じ雰囲気をまとっていたことから、つい安心してしまったのだ。普通なら多少は警戒したはずなのに、若者の提案にあっさりと乗ってしまったのである。


 そして結果、初めての冒険の旅は、出発してすぐに終了したのだった。





 気がつくと、直径二センチほどの空気穴しかない箱の中に閉じ込められていた。膝を折らなければ入れない狭い箱の中で、数十日もの長旅を経て、ようやく彼らの目的地に辿り着いたようだった。


 蓋が開き、アリシアは乱暴に引き摺り出される。今まで食事やトイレの度に外へ出る時は、必ず目隠しをされたのだが、今回は何もない。アリシアは目を瞬かせながら、恐る恐る周囲を見回した。


 乱立する木々はどこか不気味で、豊かさを感謝する気持ちよりも、ざわつく葉擦れの音が不安をかき立てた。木漏れ日がわずかに差すも、それが逆に薄暗さを強調しているようにも思える。端的に言うなら、『嫌な場所』だった。


「ここは……?」


 誰にともなく問い掛けたアリシアの声に、背後から返答があった。


「ここは『魔の森』と呼ばれる場所だ」


 アリシアが振り返ると、頬に傷がある短髪で日に焼けた男が、皮肉めいて見える笑みを貼り付けて立っていた。顔に覚えはなかったが、低めの声は箱の中で何度も聞いていたので覚えている。


「ここからは徒歩だ。大人しく付いて来るなら、乱暴はしない。いいな?」


 アリシアが黙って頷くと、見るからに小悪党といった風貌の若者が二人、彼女の背後に並んで立った。先頭を頬に傷がある男が歩き、アリシア、若者二人が後に続く。


 大小様々な石が転がり足場が悪いうえ、いくつもの穴が開いているため、サンダルのアリシアは何度も転びそうになった。一応気を使っているのか、男たちは歩調をアリシアに合わせてくれているようだ。


 そうしてしばらく進むと、先頭の男が手を広げて停止を促す。


「少し待て」


 男はそう言い置き、少し離れてから指笛を短く数回、間を開けながら鳴らす。するとそれが合図なのか、どこからともなくヌッと一匹のガルオークが姿を見せた。


「今回は少し早いようだが」


 ガルオークが訝しむと、男はニヤリと笑って後ろのアリシアを顎で示した。


「臨時で上物が手に入ったんでな」

「ほお」


 興味深そうにガルオークは、アリシアをまじまじと観察する。


 彼女はロングの緋色の髪を、後ろと両サイドで編み込んで後頭部でまとめ、うっすらと施された化粧は自然で、肌もきめ細かい白さを保っていた。自分のメンテナンスに気を遣っていることは明らかで、それだけで彼女がどのような家で育てられたのかわかるようだった。


 まとっている白いワンピースは少し汚れているが、それが彼女の純潔さを疑う要因にはならないだろう。


「いいブツだ」


 ガルオークは笑みを浮かべ、節くれ立ち剛毛の生えた指でアリシアの頬を撫でた。ビクッと身を震わせるものの、その目にはさほど恐怖の色はない。それに気付いたのか、ガルオークはわずかに感心するような表情を浮かべた。


「ほお、俺を見てもあまり怖がってはいないようだな。どうしてだ?」

「……あの、本物を見たの……初めてだったから」

「本物?」

「本でよく出てきて……それで……嬉しかった」

「嬉しいだと? ハハハハハ! それならきっと、この先も喜んでもらえるはずだ。何せ、初めてづくしだからな」


 ガルオークの手が、アリシアの細い首を掴む。


「どうだ、初めてだろう? こうしてゆっくりと首を絞められてゆくのは」

「かっ……」


 苦しげに呻くアリシアの顔が赤く恐怖に染まり、それを見るガルオークは満足そうに唇を歪めた。


「欲しいのは恐怖だ。怯え、絶望する様を俺は見たいんだよ!」


 叫ぶガルオークに、アリシアの前では狡猾そうに見えた男が、腰が引けて怯えるように声を掛けた。


「あ、あの、まだ金を払ってもらっていない」

「ああ、金貨三枚だ」


 ガルオークは空いた方の手で腰に下げた袋から金貨を取り出し、それを男の方に投げた。音を立て転がる金貨を広い集め、男は若者二人を伴い逃げるようにその場を去って行った。


「ようこそ我が主、ボルバウス様の城へ」


 ガルオークはその手の中でぐったりとし、すでに意識を失ったアリシアに、そう声を掛けると悠然と歩き出した。その姿は重なりあう幹の陰に隠れ、そして跡形もなく消えたのである。

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