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宮廷画の魔祓いレディ  作者: サカエ
セレイア王国きのこ倶楽部
19/22

第四章 出動! きのこ倶楽部⑤

 うさんくさい団体であるエモンティエきのこ倶楽部がノーザス村に到着して、そろそろ二週間が経とうとしていた。

 きのこ倶楽部の面々は、到着したその日からノーザス村各地にばらばらと散り、地面に這いつくばって黒きのこを探し、分布図を作成し、土壌をほりかえして持ち帰り、研究室と化した古城の一室で拡大鏡を眺め、採集した菌糸を分類し、一部をエモンティエ待機組に送る手配をし、村人に危険地帯へ近づかぬよう勧告を出し、危険地帯の地図を作り村人に配布し、ついでに迷い犬を探したりなんかもし……と、ありとあらゆる活躍をした。

 ミュリナとテト、そしてボルゼーガの魔祓い士組は、危険地帯の調査に向かうきのこ倶楽部員の護衛である。

 リディアーヌは夫が止めるのをふりきって、毎日魔物発生地帯におもむいて剣をふるう。まだまだ毎日魔物は湧いている。それを全滅させるのが自分の義務だと、リディアーヌは強く心に決めているのだ。

 ジュリアスも父親と叔父が止めるのを無視して、母親に同行して魔物退治にいそしんでいる。息子が参戦しても、リディアーヌは休むことをしなかった。

 そのかわり、エモンティエから毎日届く魔除け茸を、お皿にどっさり食べさせられている。成分を凝縮した丸薬をつくれば摂取がはやいのだが、あいにくきのこ倶楽部の面々はいそがしく、薬づくりまで手がまわらなかった。

 ミュリナも洞窟で魔物の血をさんざん浴びたということで、フォンティネール一家とともに今朝も魔除け茸のソテーを前に、苦行僧の面持ちになっていた。

「……もういや」

 ミュリナは朝食の皿に添えられた魔除け茸から顔をそむけた。料理人が腕をふるって調理してくれたとはいえ、不味いものは不味い。

「どうせなら、見た目だけではなく味もテャールに似ればよろしいのに……」

 リディアーヌも何度目かわからない愚痴をこぼす。当主とジュリアスは無表情のまま、黙々と不味いきのこを口に運んでいる。予防のために摂取しているミュリナたちとちがい、アーセルの皿のきのこは山盛りである。

 アーセルはちかごろ手袋をしなくなった。その手の爪をちらりと見れば、青紫から赤紫のまだらになっていた。ところどころ、本来の桃色の血色がもどってきている。

 きのう彼は庭園に出て、ひとりで剣の素振りをしていた。

 アーセルの麻痺はまだ癒えていない。完治には半年以上かかるはずだ。しかし気持ちがはやるのだろう。妻子だけを戦いに行かせたくないという思いが、ぎこちなく剣をふるうアーセルの真剣な表情から伝わってきて、ミュリナはしばし足を止め見入ってしまった。

 ミュリナはおなじ食卓につく、ボルゼーガと父サージェルを交互に見た。

 ミュリナがボルゼーガにどこかで会った気がしたのも当然の話で、彼はかつてきのこ倶楽部の一員だったのだ。テトの父親たちの死のどさくさにまぎれて姿を消していたから、倶楽部員たちはみな、彼も魔物に食われて死んだものと信じていたらしい。

 ふつうに考えたら、裏切り者のボルゼーガにきのこ倶楽部員たちは怒り狂うところだろうが、領主が見事な一撃をお見舞いしたことで気が済んでしまったようだ。今はボルゼーガが一連の事情を話してくれるのを待っている。

 幼かったミュリナは知らないけれど、きっとボルゼーガと倶楽部員のみんなには固い絆があったのだ。ボルゼーガはピペにもあんなに慕われているのだから、本当は悪い人ではないのかもしれない。

 両伯爵家の朝食がもうすぐ終わるというころ、廊下でばたばたとふたつ足音がした。

「おぅい、ポルセウスじゃねぇボルゼーガ! まだ食ってんのか!」

 最年長の倶楽部員が食堂をのぞきこみ、いがらっぽい声で呼ぶ。

「あんた何度言ったらわかるんだ! ボルゼーガ『様』だ!」

 訂正を入れるのはピペである。

「へぇへ。ボルゼーガ様様、はよ行くぞぅい!」

「様は一回! 返事は『はい』!」

「はいはい」

「『はい』は一回!」

 貴族的な冷静さで朝食をとっていたボルゼーガは、青筋の浮く当主の顔をちらりと見ると、あわてて朝食をかきこみ、席を立った。ナフキンでぬぐうのを忘れた口元には、ミルクのあとが白いひげのように残っていた。

「く……」

 ミュリナは笑いをこらえようと努力するもつい声がもれ、アーセルににらまれてしまった。

「朝食の席に無遠慮に……。エモンティエの者は誰も礼儀を知らぬ」

「す、すみません……」

 サージェルは肩をすくめて謝罪したが、目はやっぱり笑っていた。

 怒っているのはアーセルだけで、リディアーヌも笑い顔、ジュリアスも笑いをこらえる顔だ。ミュリナはなんだか楽しい気分だった。

 ジュリアスだって言っていた。

 戦いは、悲壮な顔で臨んではいけないと。

 フォンティネール北部に安心と安全が戻るのはまだ先だ。戦いの日は続く。

 だからこそ、笑顔で過ごすのがいい。

「木枯らしに負けず、きょうもがんばりましょ」

 一番厳しい任務を背負った夫人が晴れやかに言い、一日の仕事にむけて、みな朝食の席を立った。



 古城の中を、きょうもきのこ倶楽部の者たちが行き交う。

 玄関広間で地図にしるしをつけながら話しあう者、ガラス瓶を手に外と研究室を行ったりきたりする者、エモンティエに送る荷をまとめている者、活動はさまざまだ。

 ミュリナも、さて今日の予定を話し合わなくちゃと、テトの姿を探してきょろきょろしながら歩いていた。

「ミュリナ」

 名を呼ばれたのでふりかえると、石柱の陰に鎧姿のジュリアスがいた。鎧をまとったうえに大剣まで背負ってはさぞ重かろうと思うのだが、彼はいつでも平気な顔だ。

「ジュリアス。きょうはどこまで?」

「エメをみつけた地下洞窟をもういちど点検します」

「そう……。気をつけてね。なんだか魔物の出かたが変だったもの、あの洞窟」

 体が出来上がらないまま出現した気味の悪い魔物たちを思い出し、ミュリナはぞっとして身をすくめた。なぜあんな未熟な状態で、魔物たちは次々と繭から孵ったのだろう。そのあたりはまだ、謎につつまれたままだ。

「ついでに、魔物の石を回収してきます。ほとんどがあなたの手柄ですし、あなたが狩った魔物の石はあなたのものになる契約ですから」

「それはジュリアスがもらってください。わたし、お借りした魔具をこわしてしまったでしょう。あの立派なエメラルドを」

「いいのですよ、あれは」

「いえ、駄目です。わたしの気が済みませんわ。洞窟の魔物たちの石で、つぐないになるかしら……」

「かなり大量でしたから、じゅうぶん過ぎるほどおつりがくると思いますが。でも本当に、魔具はいいのですよ」

「駄目ですってば」

「いえ本当に――」

 ミュリナとジュリアスが押し問答していると、背後で「お嬢!」とテトが呼ぶ声がした。ふりかえると、すっかりしたくを整えたテトが、いらいらした様子でこちらを見ている。

「はやくしろ。みんな待ってるんだぜ? ぼっちゃまと油売ってんじゃねーよ」

「ちょっとテト、失礼よ! ジュリアスごめんなさいね、こいつ無礼者で困るの」

「困るのはこっちだ、はねっかえりが。ったく、おれが見張ってないとなにしでかすか。危なっかしいったらありゃしねえ。さっさといくぜ!」

 テトがジュリアスを押しのけるように前へ出て、がしっとミュリナの肩に腕をまわして歩き出す。

「つかまえなくともちゃんと行くわよ! 放しなさいよ! ――じゃあジュリアス、またあとで!」

 ミュリナはジュリアスに笑顔を見せて、テトに肩へ腕をまわされたままその場を立ち去ろうとした。が。

「――ミュリナ」

 ジュリアスの妙に迫力を帯びた呼びかけに、ミュリナは足を止めた。

 ふりかえると、おそろしく真剣な顔をしたジュリアスが、地獄の使者のような深く低い声でこう告げた。

「話があるので、夕食のあと、この前のバルコニーで待っています」

 話って?と問いかける間もなく、ジュリアスは怒ったようにくるりと背を向けて行ってしまった。

「……なんなのかしら?」

「――おまえ、あまりあのぼっちゃまに近づくな」

 声を低くして、周囲に聞こえないようにテトは言った。

「なんでよ?」

「エモンティエの跡取り令嬢を危険にさらしやがって。おれは大貴族なんか信用しねぇぞ。弱小貴族や領民なんて、屁とも思わんやつらばっかだからな」

「ジュリアスはそんなひとじゃないわよ」

「本人はまともでも、大貴族なんて周りがなにするかわからないってことは、おまえも今度のことで身に染みただろ?」

「う……。そうだけど、ジュリアスは……」

「なんだよ? 惚れたのか? 面食いだなおまえ」

「なんですぐそういう話になるのよ! ジュリアスは協力者よ。きのこ倶楽部の活動に理解を示してくれる貴重な同志なのよ」

「同志ねぇ……」

 テトはちらりと後ろをふりかり、おびえたように首をすくめた。

「やれやれ……。あいつは重そうだぜ、ミュリナ」

「重い剣は使うけど、彼自身はそんなに重くないと思うわ。骨太だけどすらっとしてるし」

「……誰が体重の話してんだ。ガキが」

 あきれた口調でテトは言った。



 フォンティネールの夜は、もう初冬の気配に満ちていた。

 蜂蜜湯をもらったいつぞやのベランダに、ジュリアスが森を見ながらたたずんでいる。

 ガラス扉をノックして彼に気付いてもらってから、ミュリナは扉を開けて外に出た。肌を刺す北風が、髪を吹き上げ頬を冷やす。

(やっぱりコートをはおってくればよかったわ。レーナの言うことなんか無視して)

 ジュリアスに呼び出されたとレーナに言ったら、レーナは「来た! ついに来た! 愛の告白ですぜったいそうですうっきゃあああ☆」とはしゃぎ出し、「ドレスを着替えましょう! 髪を結い直しましょう! かわいく色っぽく、でも自然に、決してやりすぎずに! ああ、わくわくするわ。戦果を教えてくださいね。約束ですよ!」と大騒ぎだった。

 本当にあの恋愛脳だけは勘弁してほしい。せっかくのドレスが見えなくなってしまうからと、コートも出してくれなかった。風邪をひいたらレーナのせいだ。

「寒いところへお呼び立てしてしまって、もうしわけありません」

 ガラス越しの燭台の明かりと月明かりの淡い光が、美しい貴公子の顔をなまめかしく浮き上がらせる。

 レーナの洗脳のせいで、ちょっとときめいてしまったりもする。

 だからと言って、レーナのようにはしゃぐ気持ちにはなれなかったが。

(彼はフォンティネール家の跡取りなのよ)

 いくらジュリアスの気持ちが貴族社会になくとも、秩序の混乱は周囲が許さない。家格の差が大きくある以上、彼と結ばれることなど遠い話だ。

 そう、ジュリアスとの恋なんて、ありえない話。

「ご用はなにかしら?」

 夜のしっとりとした雰囲気を吹き消すように、ミュリナははきはきと明るい声を出した。

「これを……あなたに受け取ってほしいのです」

 ジュリアスが手にしているのは、ビロード張りの小箱だった。

「わたしに?」

 小箱は宝石箱のように見える。

 まさか本当に、愛の誓いの指輪とか入ってたらどうしようと、ミュリナはうろたえた。

 ジュリアスの顔を見ると、ひどく真剣なのもこわい。

 地下洞窟でシータにからかわれたことを思い出す。

(まさかまさかまさか? ないわよね。ないでしょ? ないない! きっと記念の軽い品よ。ちっちゃいブローチかなにかよ。貴族どうしのよくある社交よ!)

 そうでなければ――。

「あっ、これ、もしかして魔具?」

 それならば納得がいく。ジュリアスはミュリナの魔祓いの力を認めてくれたから、今後も戦力として頼りにするつもりなのかもしれない。協力し合うなら、ミュリナに魔具があったほうがいい。

「あなたに、魔具として使っていただけたらいいと思います」

「エメラルドをこわしてしまった上に、もうしわけないわ――」

 しかし正直なところを言えば、魔具をもらえるのはありがたかった。魔物と戦う機会は、今後も数多くあるだろうから。

 ミュリナは小箱の蓋を開けた。

 中に入っていたのは、ネックレスでも腕輪でもでもなく、加工されていない大きな宝石の原石だった。

「友人を殺した魔物です。私が仇をとった」

 ミュリナはジュリアスを見上げた。

 ミュリナを見る、真摯なまなざしがそこにあった。

「村長の息子さんを殺した魔物ですか? これをわたしに?」

「あなたに持っていてほしいのです」

「なぜ……?」

「あなたとともに戦いたいからです。家のためでも国のためでもなく、愛する人々のために」

「ジュリアス……」

 ミュリナは吸いこまれるように、ジュリアスのまっすぐな瞳を見つめた。

「あなたは、私がはじめて出会った、心許せる仲間なのです」

「そうなの。でも、こんな大切なものわたしには……」

「持っていてほしいのです。私にとって、あなたは、仲間というよりむしろ――」

 そこまで言ったところで、ジュリアスはいきなりミュリナを抱えて跳び退った。

「ひゃっ!」

 ひゅうっとなにかが空を切る張り詰めた音を、ミュリナもたしかにきいた。

 閉めたはずのバルコニーの扉が、いつの間にか開いている。

 そして、その場に気配なくあらわれたのは――

「でしゃばるんじゃありませんこの青二才!」

「は、母上!」

「わたくしのミュリナから離れなさい! そのいやらしい手を離しなさい! 離さないならこの場で斬り落とすまで!」

 なんと憤怒の形相のリディアーヌが、切れ味鋭そうな長剣を息子に向け、おもいきりふりあげている。

「母上! 落ちついてください!」

「ミュリナに手を出すなんて百年はやいのよ!」

「私はなにもしていません!」

「うそおっしゃい! わたくしのミュリナを穢すなんて許さないわ!」

「ミュリナがいつ母上のものになったんです!?」

「マノンが彼女を産んだときからよ!」

「母上、滅茶苦茶です!」

「だまらっしゃいこの屑オオカミ!」

「リディアーヌ様、どうか落ちついて……」

「あなたはわたくしとジュリアスのどちらの味方なの!」

「そ、それは……」

「わたくしの味方よね? そうおっしゃいミュリナ!」

 言わなければ殺される……。

 ふるえあがるほどの殺気を発する伯爵夫人を前に、ミュリナは降伏しかなすすべがなかった。

「もちろんリディアーヌ様の味方です!」

 ジュリアスが絶望の表情でうなだれたことに、リディアーヌへの恐怖でいっぱいいっぱいのミュリナは、ついに気付くことがなかった。


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