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第四章 出動! きのこ倶楽部①

 月明かりの林道を、馬を連ねて走る。暗がりで視界がおぼつかなかったが、先をゆくジュリアスはためらうことなく馬をすすめた。魔祓いの血を持つ者は、五感のなにかが鋭い場合が多い。ジュリアスは夜目がきくらしい。

 村はずれの畦道で、ジュリアスは馬を止めた。

「エメの馬車が見つかったのは、このあたりだそうです」

幌の裂け目は魔物の爪あとか鋭利な刃物によるものか、判別が難しかった。今の段階では、魔物のしわざか人のしわざか判断できない。

「あなたが悲鳴をきいた馬車道から、そのまま城へ向けて馬車が走れば、ここへたどりつくことになります。馬車が見つかった時間帯も合います」

 あのときもっとよく調べておけば。そんな思いがふたりの心に降りてきた。けれどお互い口には出さなかった。後悔よりも、今やれることをやるのが先だ。

「この道をたどって、悲鳴をきいた場所へ行きましょう」

 件の馬車道へは、そう時間はかからなかった。木に馬をつなぎ、カンテラに火をともしてあたりを検分する。馬車道とはいっても田舎である。道の片側はゆるやかな下り斜面の雑木林、もう片方は山肌が見える険しい上り斜面だ。

 ミュリナとジュリアスは道の端に立ち、真っ暗な雑木林を見下ろした。

 ミュリナは耳がいいが、夜目はきかない。懸命に目をこらすと、暗闇の中でかすかに薄青く浮かび上がって見えるものがあった。

 地面が光っているのだろうか? 闇に沈んだ黒い地面に、まだらに色調がちがうところがある。夜目がきいて枯葉などが見えたら、かえって気付かないようなほのかな明度のちがいだ。

「ジュリアス、地面がほんのかすかに光ってるの、わかります?」

「光は見えませんね……」

「光と呼べるほど輝いてはいないのよ。行ってみるわ。そこで見ていてください」

 ミュリナはカンテラを手に、身軽に斜面をすべり降りて行った。光っている部分に近づいて、ジュリアスに人さし指で指し示す。

「どうですか?」

「目を細めて見ればおぼろげに光ってる気はしますが、よくわかりません」

「う~ん……。夜目がきくと逆に見えないのかしら。真っ暗闇のほうがわかりやすいのね、きっと」

 ミュリナはしゃがみこんで、地面にカンテラを近づけた。そのまま厚く積もった枯葉をかき分けてみる。革手袋の指先に、弾力のある物体が触れた。

 きのこだった。

「あ!」

 ミュリナは思わず声をあげた。

「どうしました?」

「昼間摘んだ黒きのこがあるわ! たくさん……とてもたくさん密生しています。もしかして、これが光っているのかしら?」

 カンテラの光があると微光が見えない。ミュリナはカンテラを遠ざけようと、密生したきのこから数歩離れた。

 きのこに注意を向けていたため、足元への注意がおろそかになっていた。

 がくんと、ミュリナの足元を支えているはずの地面が抜けた。

ひやりとしたときは、もう地中をすべり落ちていた。

 朽ちた枯葉や土の感触を顔に浴びる。穴、という言葉が頭を駆け抜けたときにはもう、ミュリナは地上から消えていた。

 ミュリナ!と自分を呼ぶ叫びを頭上にききながら、ミュリナは巨大な怪物に丸呑みにされ食道をすべり落ちるがごとく、地下の穴ぐらを落下していった。



「あいたたたたた……」

 どれだけの距離を落ちたのだろう。空中落下ではなく、急斜面をすべり落ちた感覚だった。あの距離を空中落下していたら無傷ではすまなかっただろうが、手足を曲げ伸ばししてみれば無事動く。どうやら打ち身程度で済んだようだ。

 体の無事はありがたかったが、暗くてなにも見えない。地上のジュリアスに呼びかけようと口を開いたところで、ミュリナは声をあげるのを思いとどまった。

 ここが、エメを連れ去った輩のアジトでない保証は、どこにもない。敵が人であろうと魔物であろうと、声で自分たちの居場所を知らせるなんて、危険きわまりない。

 ミュリナは両手を大きく横に伸ばした。なにもぶつかる物はなく、この場所がそこそこ広い空間であることが知れた。どうやら地中の洞窟のようだ。

 頼りにならない視力に頼るのをやめ、耳をすます。頭上でかすかにジュリアスの声がする。ミュリナを探しているのだろう。

 穴がある以上、ジュリアスはすぐにミュリナの居場所の見当をつけるだろう。彼を信頼して、ミュリナはさらに耳に意識を集め、ジュリアス以外の気配を探る。

 ぽたり、ぽたりと、水の滴る音がする。鍾乳洞にでもなっているのだろうか。ミュリナは壁際に寄り、手さぐりしながら水音の方向にじりじりと歩をすすめた。土の壁は木の根らしきものがごつごつ露出していた。頬にかすかな空気の流れを感じる。どこからか風が入るのだ。この穴が、密閉された空間でない証拠だった。

 空気の流れが少し大きくなり、水音の反響も大きくなる。またさらに広い空間に出たとわかったとき、ミュリナははっきりと声をきいた。

「なによ。待つって言ったくせに、もう殺しにきたわけ?」

 聞き覚えのあるエメの声だった。おどろいてミュリナも声をあげそうになり、ぐっとこらえる。エメはミュリナの足音を敵だと思ったようだ。

「私の口を封じたところで、あなたたちのやってきたことがばれない保証なんかないわよ。今度はリディアーヌ様が倒れでもしてごらんなさい、ジュリアス様は他領地に助けを求めるのをためらったりしないわ。あの方は伯爵家の誇りなんて興味ないもの」

 ミュリナは足を止めた。エメの口を封じる?

 一体、誰がなにを企んだというのだろう?

「それとも、リディアーヌ様にもジュリアス様にも死んでもらって、ボルゼーガ様が伯爵家を継ぐ算段? それ、無理でしょ。魔祓いの力が完全に劣るもの」

 ミュリナは当主の弟ボルゼーガの、神経質そうな顔を思い浮かべた。ずっと以前にどこかで見たことがある気がして、心の奥底にひっかかっていた顔だ。

「……ま、それはないか。ボルゼーガ様は伯爵家が大好きだもんね。王城へ行って、序列絵のお兄様を見てくるのがなによりも楽しみな人だもんね。一族の序列があがるって、そんなにうれしいものなの? わざと魔物を湧かせてまで、序列をあげたいものなの?」

(わざと魔物を湧かせて――?)

 暗闇の中で、ミュリナは目を見張った。

 ノーザス村奥地での魔物の大発生は、ボルゼーガのしわざ……?

 人間の手で魔物を湧かせるなんて、そんなことができるのだろうか。

(人間の手で魔物の発生をふせぐことができるのだから、湧かせることもできるのかもしれない――)

 そうであるなら許せない所業だ。セレイアの地から魔物をなくそうと、先祖代々エモンティエ家が努力してきたことの、真逆をいく所業なのだから。

 怒りからくるふるえを押さえるように、ミュリナは愛用の弓矢を握りしめた。エメの声がする方向に、さらに歩をすすめる。

「ボルゼーガ様が家の序列を上げるためにしてきたことは、結局序列を下げることになると思うわ。今の王様はそんなに馬鹿じゃないわよ。こんなことを続けていたら、いつかそのうち王都から調査隊が……。ひっ!」

 闇をまさぐるミュリナの指先が、エメに触れた。

「しっ。しずかに」

「お、女の仲間もいたの……?」

「わたしはボルゼーガ様の仲間じゃないですよ、エメさん」

 ミュリナですと、小声でささやく。

「どうしてここに……?」

「説明はあとです」

 ミュリナが通ってきた地下道から、またひとつ足音が近づく。ミュリナは弓に矢をつがえ、足音に向けて引き絞った。

(ジュリアスでありますように……)

 足音が止まる。

「ミュリナ。エメ!」

 暗闇に響くなじんだ声音。ミュリナはほっとして弓矢を下ろした。

 ――その途端、真っ暗闇だった空間に、突如視界が開けた。

 木の根が蔦のように這い伝う洞窟の壁に、ミュリナとジュリアス、そして太い木の根に縛りつけられたエメの影が映る。エメの表情が驚愕に歪むのを一瞬だけとらえ、ミュリナは明かりをふりかえった。

 肉薄の神経質そうな顔が、蝋燭の明かりに照らされ、闇の中に不気味に浮かぶ。

 左手に燭台、右手に細身の長剣をたずさえたボルゼーガだった。

 長剣の切っ先は、まっすぐミュリナの心臓に向けられていた。

「ジュリアス、君は本邸にもどりなさい」

 ボルゼーガはミュリナから目を離さずに、背負った剣を抜こうと身構えるジュリアスに言った

「……叔父上、ミュリナに剣を向けるのをやめてください」

「令嬢は弓矢を持っている。武器を持つ者に隙はみせられない。ノーザス村の始末は私がつけるから、君は安心して本邸にもどりなさい」

「安心? 安心できるわけないでしょう! その剣を下げろ!」

 ジュリアスは膝を落とし大剣を抜いた。バネのように勢いよく構えをとったが、同時にボルゼーガの剣先がミュリナの胸元をかすめた。上着の生地だけが裂け、中に着たブラウスがのぞく。敵の剣筋の確かさに、ミュリナは恐怖で身をすくませた。

 小部屋程度の、さして広くない洞窟。弓や大振りの剣では不利な場だった。

「エメとエモンティエの令嬢は、奥方と君が秘密を知ったとき自棄(やけ)を起こさぬよう、私が預かることにする」

「秘密……? やはりフォンティネール家がのし上がるために後ろ暗いことを――。なにをやったんだ!」

「宝石をとるために魔物を湧かせたのよ! 土壌の属性を偏らせて、魔物を湧かせるきのこがあるの! この人は十二年前から胞子をばらまいて、魔物の数を増やし――」

 ミュリナがびくりと身を縮めたので、エメは口をつぐんだ。ミュリナの弓矢が地面に落ちる乾いた音が、洞窟に鳴り響く。

「つ……」

 ミュリナの口から痛みをこらえる声が漏れる。心臓をかばった手の甲を、剣の刃先が走ったのだ。革手袋はざっくりと裂けていた。裂け目から血の色をのぞかせるミュリナの手を見て、ジュリアスの表情が怒りに染まった。

「貴様……!」

 ジュリアスが一歩踏み込んだところで、突然蝋燭の明かりが消えた。周囲をふたたび闇が支配する。

 金属がはげしくぶつかる音が聞こえた。視界のきかないミュリナは身を縮めながら、エメに近寄ろうとした。まず、エメの縄を解かなくては――。ミュリナは破れた手袋を取り去った。息づかいのするほうへ歩をすすめると、指先に人の体温が触れる。

「ジュリアス止まれ。令嬢とエメがどうなってもいいと? ここには私以外に手下がいるぞ」

 ボルゼーガの抑制のきいた声が闇に響き、剣戟の音がやんだ。

「いい子だ、ジュリアス……。君はいつでもいい子だ」

「黙れ!」

「フォンティネール伯爵家を――いや、フォンティネール侯爵家を継ぐ者として、君ほどの子供はもう望めない。卓越した魔祓いの力、剣捌き、そして奥方ゆずりの美貌。序列絵に描かれたら、さぞ映えることだろう。兄上が亡くなっても、君がいればフォンティネール家は安泰だ」

「私はフォンティネール家など……」

「若い頃はよくそんなふうに考えるものだ。大丈夫だ。病の兄に代わって私が、君を正しく指導する。フォンティネール侯爵家にふさわしいよう、歴史に残る名家の当主になり得るよう、私が」

「叔父上、あなたはどうかしている。こんなことをする叔父上に、私が従うはずがないとは考えないのですか。エメとミュリナをどうするつもりなのです!」

「この女たちが愛おしいなら、子を生ませればよい。正妻は我がフォンティネールにふさわしい名家から迎える必要があるが、子は何人いてもいい。君はすべて、私にまかせておけばよい」

「まかせるわけにはいきません!」

「君はいい子のはずだよ、ジュリアス」

「やめろ!」

「期待している」

「もうやめてくれ叔父上!」

「君が落ちついたころ、また話しあおう」

 ミュリナはもがきながらふたりの話をきいていた。潜んでいたボルゼーガの手下らしい者に、口と体を押さえつけられていたのだ。エメのうめきもかすかにきこえる。

 拘束されたまま、ミュリナは担ぎあげられ移動させられた。

 ボルゼーガの不気味なほどに冷静な声と、ジュリアスの痛ましい声が、徐々に遠ざかっていった。


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