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「すいませーん、ちょっと通してくださ~い。あっ、すみません、ども、ありがとうございます」
ガヤガヤと賑わっている広場にその男性の声はよく響き渡っていたものの、不思議とまったく目立っていなかった。
雑多な騒がしさに押し負けることのない聞き取りやすい音声に人々は無意識にスペースを譲ってあげながら、なんら特色のない声音のせいなのか、一切声の主を確かめようとすることはなかった。体の向きの関係で、声の主を見かけていたプレイヤーだっていることにはいたもののきっと彼らの記憶には残らなかったことだろう。
それほどに、声と同じくどこか存在感の薄いような、特記するような特徴はない中肉中背の青年だった。
青年ことウルフズというネームのプレイヤーは人を探しているのか、ときたま「ラーマ、どこだぁ~」などといった呼びかけを行っていた。
しかし、ウルフズの努力ははたして実るのだろうか?
ここは『アビリティ』というゲームの『VRMMRPG初心者限定サーバー』のいわゆるはじまりの街というところで、今日は、サービス開始初日ということで、全プレイヤーを集めてのイベントを実施しているところなのだった。不思議空間化によって拡張された広場には万を超えるプレイヤーが存在している。そして、そのプレイヤーはまだはじまったばかりで初期装備というまったく個性のないお揃いの衣装に身を包んでいるのだ。初期装備は数パターンから選べるとはいえ10種類もないのでは、自分だけのファッションセンスを出すには無理のある状況。
この人ごみの中から、目的の人物を探し当てるのは強い絆で結ばれた恋人同士だろうと難しそうである。
その難易度をわかっているのかいないのかそれでもウルフズは歩き続ける。
日本人の習性なのだろうか、別に誰かが整列させているというわけじゃないのにきっちりと通路となるだけの空間を残している集団を縫うように潜り抜けていく。すでに広場中央にある司会者では、開発者の挨拶はとっくに終わって、招待客の有名人がなにか話しているようだったけどろくに聞かずにウルフズは捜し求めている。ラーマという人物はそんなに大切なのか、諦めることはなかった。
やがて、ステージにて話される内容はゲームの簡易的な説明になってきていた。
進行を務めている猫耳のお姉さんは、ボレロ調のベストにブラウスとスカートをあわせた、まるでアニメキャラのようにやや露出度多めにアレンジされたエレベーターガール風のコスチュームだった、彼女は数万人の視線を浴びながらアイテムボックスからのアイテムの取り出し方を解説していた。
どうやら、初期アイテムは『神様のフォーチュンクッキー』というイベントアイテム一個だけらしい。
『はーい、この神様のフォーチュンクッキーはゲーム開始記念の特別なもので、な、な~んと食べるだけでランダムにスキルを1つだけ習得できちゃう凄いものなんですよー。完全にランダムとなっておりますので当たり外れや、思い描いているプレイスタイルと合う合わないはありますと思いますけど、無料のクジ感覚でお楽しみくださ~い。
あっ、あとで売ろうとしたってダメですよー。
このクッキーには譲渡不可属性が設定されていますので知り合いに渡したり、売り買いすることはできませ~ん。
そうそう、このクッキーは1枚だけなんですけど不思議なことに夜くらいまではほかになにも食べなくたって大丈夫なくらいの満腹感を得られちゃいます♪ 実はですねー、集会中の時間経過によってお腹が減りましたからふつうに食べれるのであって、説明前につまもうとした食いしん坊さんには胃もたれペナルティが発生しちゃっているんですよー。何事も説明を受けずにやっちゃうとそういうリスクがあることもあるっていうことですねー。胃もたれくらいならあと数分で回復しますでしょうけど、満腹状態で無理に食糧アイテムを使おうとするともっときついペナルティが発生しますので注意してくださいねー
街には、多くのチュートリアルイベントが用意していますので、皆さん、自分と関係するようなものは受託して、説明を受けるようにしてくださいねー♪』
司会のお姉さんにうながされてプレイヤーたちは次々とクッキーを取り出していく。
さっそくモグモグしていくものも珍しくはなかった。
そして、ウルフズは──どういうわけか、人探しをすでにやめて群衆の中にぽっかりと空いた隙間を見つけて、まるで最初からそこにいましたよみたいな顔をして紛れ込んでいたのだった。彼はついに諦めてしまったのだろうか。しかし、彼にはクッキーを取り出そうという動きは見られなかった。
やがて、クッキーの効果をステータスのスキル欄で確認したプレイヤーたちが声を上げ始める。
「おっしゃー! ≪紫電の太刀≫っていう、強力な雷属性剣技で序盤から俺TUEEできるぜ!!」
「まじか、いいなー。俺なんか弓使いなのに斧スキルだぜ? 使うことねーよ」
「それに比べたら採取スキルだったボクはマシかなー。ソロ志望だから、ポーションくらいは自分で作ろうと思ってたし」
「音痴音痴とみんなに歌うの止められているのに呪歌スキル──これはあたしに歌えってことだよね? あたし、頑張るよ、ミキちゃん」「やめて!」
喜ぶもののいる一方、悔しがるものもいた。むしろ、自分には向かないハズレだと悲しむ声のほうが多いかもしれない。
スキルの幅広さを考慮すると確率的には間違いなくプレイスタイルと合わないことのほうが高くなってしまうのでしょうがないことなのだろう。自分の志望と一致しつつ、初期には入手しづらいレアリティの高いスキルをゲットした幸運なプレイヤーはごく一部にすぎない。
だが──合う合わないという段階にすらいけていない悲哀と戸惑いの声も確かにあった。
「ね、ねぇ、アイテムボックスの操作ってこれでいいんだよね? なにもないんだけど……どういうこと?」
「クッキーがない! ど、どういうことだよ、バグだっていうのかよ!?」
「私のクッキーもないよ。GМコールしてみたけど……回答、いつくるかなぁ?」
どうやら1個しかないはずの初期アイテムすら持っていないプレイヤーがいるようだった。
不思議と広大な広場のうち、クッキー未所持者は偏っているようだった。
そう──ウルフズがこれまでに通過してきたルートに集中している。
そして、そのウルフズは「ようやく胃の調子が整ってきました。これでは1日に1枚か2枚しか食べれそうにないですね」と呟いていたりする。
つまり、要するにこの騒動の犯人はウルフズだったのだ。
ログインしてすぐに『神様のフォーチュンクッキー』を使用したウルフズの獲得したスキルは≪手癖の悪さ≫という、盗賊系のレアスキルは以下の通りだ。
◆ ≪手癖の悪さ≫ / その他-盗賊-盗む-パッシブスキル / レア度:☆☆☆☆☆
効果1:近距離以下のリーチの物理攻撃をされたときに低確率で『盗む』を自動発動する
効果2:"盗む"に{アビリティレベル+10}のボーナス
効果3:[盗賊]に{アビリティレベル+5}のボーナス
効果4:"盗む"の熟練度の成長率に+補正(弱)
習得条件:"盗む"の熟練度・≪ピックポケット≫の使用回数・≪強奪≫の成功回数・"反撃"の熟練度など
このうちの効果2によって、ウルフズは本来NPC相手にイベントおこしてフラグを立ててからでなければ習得できないはずの"盗み"のアビリティを覚えることになった。システム的にはアビリティが1以上になれば習得したことになるのである。そして、"盗み"のアビリティレベルが疑似的に上昇したことによって習得条件を満たし、さらに"ピックポケット"というスキルを入手することになる。
◆ ≪ピックポケット≫ / その他-盗賊-盗む-パッシブスキル / レア度:☆
効果1:『盗む』の失敗時、『盗む』の技能が相手の対抗技能を上回っている場合は気づかれなくなる。
効果2:"盗む"に{アビリティレベル+2}のボーナス
備考1:同一プレイヤーへの『盗む』のクールタイムは失敗時にも発生します。
習得条件:"盗む"の技能レベル
これによって、いくら『盗む』ことに失敗しようとバレることのなくなったウルフズはすれ違ったプレイヤーからできるだけ『盗む』をしていった結果──『神様のフォーチュンクッキー』というレア度10の超レアアイテムを238枚奪うという、悪魔のごとく血も涙もないあくどい計画を成功させたのだった。
「盗むに対抗できるレアスキル持ちがいなくて助かりました」
とはウルフズの談。実はアビリティの熟練度は隠しステータスになっているので本人も気づいていないが、超レアアイテムを盗みまくったことで、初日としてはありえないくらい"盗む"の熟練度上がっているために、クッキーを食べて"直感"や"警戒"などのレアスキルを引き当てたプレイヤーがいたとしても、熟練度差からバレることは99%ありえなかったりする。とはいえ、もしそういうプレイヤーがいたとしても初期装備をしまってもないかぎり、盗むものがなくて空振りになっていたのだが。
ともあれ、レア度10なんていうレアアイテムをプレイヤーが適正に入手するころには、プレイヤーたちは対抗技能の習得・育成や盗難防止効果のある装備によって自己責任で対策してくれるだろうという運営の目論見は、初日から荒稼ぎしたウルフズによって崩壊することになる。
本来はフラグを立てなければ習得できないはずの[盗賊]系のアビリティだったからこその盲点。ランダムでスキル習得するアイテムという、初日のイベント以外では導入予定のないタイプのレアアイテムだったからこその想定の甘さによって、ここにスタートダッシュというにはあまりに反則的な優位性を得てしまったプレイヤーがいることを運営もまだ知らないのであった。
入院中に携帯で書き溜めしたネタを形にしていっている作品です。
長編にする予定はありませんので、ネタが尽きたら多少無理矢理になろうと強引に完結させる予定ー。