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賭けの行方と突然の告白

 ノースが酒場の扉を開けると、カミラがジョッキ片手に大はしゃぎしている最中だった。


「ぷはぁ」


 なみなみに注がれたビールを一気に飲み干すと、おっさんのように声を上げた。


「なんだ、えらくご機嫌だなあ」


 ノースが挨拶すると、カミラはニコニコと笑う。


「あんたもよく逃げずにちゃんと来たね。それだけでも腰抜けE級冒険者から脱出出来るでしょう」


 カミラはいつもの店員におかわりを頼むと、ニヤニヤし始めた。


「それじゃあ、私からの命令ね。この前発見されたクリスタルバッファローを倒してくること。まあ、別にあなただけの力じゃなくていいから。誰かと一緒にパーティを組んで倒しなさい。あんたも冒険者なら、街のお手伝いじゃなく魔物を討伐してきなさい」


「ちょっと待て。なんで俺がお前の言うことを聞かねばならんのだ」


「何言ってるの?先週賭けをしたでしょう?

 もしかして知らばっくれる気?」


「だから、どうして賭けに勝った俺がお前の言うことを聞かないといけないんだ?」


「賭けに勝ったって……えっ?」


 ノースはにやりと笑うと、アキナを呼び寄せた。


「えっと、ノースさんの彼女の片桐アキナです。よろしくお願いします」


 アキナはカミラに正対して挨拶をする。

 自分で彼女なんて言うのが恥ずかしいのか、頬がポッと赤くなる。

 対してカミラの顔色はどんどん青くなった。


「ちょちょちょ、ちょっと待って!ほ、ほんとに彼女?」


 アキナは軽く頷く。


「まさか、性奴隷を買って彼女に調教したとか?」


「俺がそんなズルをするわけないだろう」


「ノースさん、その『性奴隷』を買ったらしいですけど、逃げられちゃったんですって」


「アキナ、余計なことは言わんでよろしい」


 カミラは気が抜けたようで、その場にヘタリこんだ。


「なんで彼女が出来ちゃうのよ。あんただけは私と一緒で一生独り身だと思ってたのに……」


 カミラの顔がくしゃくしゃに崩れ、嗚咽が交じりとうとう泣き始めた。


「な、なんで私だけ彼氏が出来ないのよう。こんないい加減なE級の大賢者なんかにできて、どうして私だけ出来ないのよう。

 友達はみんな結婚して、大変だけど幸せな家庭を作ってるのに、寂しいよう、寂しいよう」


 なんだか泣いているカミラが哀れになってきた。


「なんだ、結婚したいならすればいいじゃないか」


「でも、相手なんかいないし。ギルドの受付やっててももう25才で誰のお呼びもかからないし、この前あんたに言い寄られた時もちょっとは嬉しかったけど、結局あんたじゃ将来性全くのゼロだし。

 もう私は誰とも付き合えないんだ、結婚できないんだ、うわーん」


 きっと、こんな姿を見て、ときめく奴なんかいないと思う。

 あながち、カミラが結婚出来る可能性はゼロかもしれないとノースは思った。

 アキナはオロオロしつつも、カミラを抱き寄せて背中を叩いて上げている。

 店で騒いでいる客がいるということで、いつもの店員がやってきた。

 そして言った。


「僕が彼氏じゃダメですか?」


「は?」


「は?」


「へ?」


「だ、だからカミラさん。好きです、付き合ってください」


 突然の店員の告白に戸惑う一同。


 中でもカミラはパニック寸前だったがとても嬉しそうだ。


「でも、私こんなにくしゃくしゃの顔だし」


「そんなの関係ありません」


「年だっていってるし」


「散々聞いています」


「仕事だってやめれないし」


「僕は共働きでいいと思います。もちろんいずれは自分の酒場を経営してカミラさんがどんな暮らしでも選択できるようにお金も稼ぎますが」


「でも、でも」


「僕はいつでもカミラさんを見ています。もちろん、カミラさんの醜態だっていつでも見てます。それでも好きなんです。結婚してください」


 いつの間にか『付き合ってください』が『結婚してください』まで変化している。

 おそるべし!常連店員!

 カミラは頬を赤らめながら頷いた。


「はい、よろしくお願いします」


 パチパチと拍手がなった。

 アキナが目をウルウルとさせて手を叩いている。

 ノースも釣られて拍手を贈る。


 店員とカミラは手を取り合ってお互いを見つめている。


「な、なんだかしらけた幕切れだなあ」


 ノースはそう呟くと、少し温くなったカミラのお代わりビールを飲み、おつまみをつまんだ。


 カランとドアの開く音がする。

 視線を向けると、冒険者ギルド長のおじいさんが姿を表した。

 普段、彼がこんな安物の酒場に出入りすることは滅多にない。

 今も、酒を飲みに来たというよりも当たりをきょろきょろと見回して誰かを探しているようだった。


「あっ、ギルド長。どうされたんですか?」


 カミラは先程までの砕けた態度を一変、ギルドの受付にいるかの如く、ギルド長に接した。


「カミラか。ノース・ピース・ウエストはおるか?」


「俺はここにいるが」


「お前はなぜ仕事を休んでるんだ。休むなら休むで必ず連絡をしろ。それでも冒険者か!」


「いや、俺はちゃんと受付で休むことを伝えたはずだが……」


 カミラを見やると彼女はキョトンとしている。

 確かにノースは彼女に休むことを伝えている。ギルド長に伝えといてくれとも言っていた。

 ただ、伝言を受け取ったカミラは全く気なしで聞いていた。

 ハンバーガーのアルバイト店員が代表取締役に休むからと連絡なんて普通はしない。伝えるとしたら、店舗責任者にまでだろう。

 もちろんカミラも自分の上司には伝えたし、その上司でさえも

「冒険者は自由業。いつ休むかなんて自分で勝手にすればいいのに、休みを申告してくる馬鹿は普通いない」

 と一蹴するほどだった。


「とにかく、お前がギルドに顔を出さないからお前に依頼が出来ないだろうが」


「ああ、すまん」


「取りあえず、明日の夕方あたりでいいから宜しく頼む」


「分かった」


「ちょっと、あんたただのE級冒険者じゃないの?ギルド長から直接依頼って、どういうことよ?」


「まあ、俺にしか出来ない仕事がゴマンとあるからな」


 ノースは得意そうな顔でカミラを見下す。


「何を偉そうな口をしとるんだ。お前への依頼はいつも通りの肩もみじゃ。大体、E級冒険者で5年も過ごせる訳がないだろう。大体そんなヘタレはこっちから見切りをつけて冒険者を止めてもらっている。ノース・ピース・ウエストが冒険者を続けられる理由は、マッサージが上手だから『だけ』じゃよ」


「ああ、そう」


 カミラの冷たい目線が痛い。


「ああ、それからそこの店員君。わしはカミラを結婚させる気はない。カミラはわしがボラ村で見つけてきた逸材じゃ。もし結婚したいならクリスタルバッファローぐらい倒せる奴じゃないとやれんわい」


 ボラ村というのは、王国の東端にある、小さい村だ。彼女はそこからギルド長に連れられて王都に来たという。


 しかし、25にもなる娘を貰ってくれるという青年を前にして、娘をやらんとのたまうのは親のエゴみたいなものだろうか?


「それよりも、なんなんですか、その『クリスタルバッファロー』って。さっきもカミラさんが言っていたけど」


「ここらへんであまり出ない魔物なんだけど、最近目撃されるようになって。全身が透明に輝いている5mぐらいの大きな闘牛なの。いくつかのパーティが討伐しようとしたんだけど、失敗してしまって。このままだと依頼のランクと賞金を上げなくちゃいけないから、その前に倒して欲しいなっていうのがギルドの考えなの」


「とにかく、明日の夕方一度顔を出しに来い」


 それだけ伝えるとギルド長は出ていった。


「ごめん、私も今日は帰るわ」


 カミラも席をたった。そしてお勘定を払い、店員にそっと耳打ちする。


「ギルド長のアレ、きっとただの照れ隠しだから。ちゃんと説得してあなたと結婚出来るようにするわ。今日はほんとにありがとう」


 言葉の最後に、彼の頬にそっと口づけするのも忘れない。

 店員はぽーっとしながらカミラを見送った。


「しかし、お前もあいつに結婚を申し込むなんてすごいなあ。尊敬するよ」


 ノースは店員を褒め称える。


「でも、まだギルド長に認めてもらってはいないですけどね。せっかくなら認めて貰いたいですけど」


「まあ、それはしょうがないって。そもそも俺たちにクリスタルバッファローなんか倒せやしないしな」


「そうですよねえ」


 男二人はあきらめムードで酒を飲んでいる。

 その横でアキナはジュースを飲みつつ、キラリと目を光らせた。



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