新しい日常
「さて、この鏡を使えば、アキナは元の世界に帰る事ができるんだが、他に何かやり残した事はないかい?」
ノースの部屋で魔王から貸してもらった次元鏡を机の上に置いて尋ねた。
「う~ん、ご飯も名物はだいたい食べたし、お土産もたくさん買ったし、冒険者でランクが上がらなかったのは残念だけど、魔王と戦えたし、いいかな」
「アキナさん、だいぶエンジョイしてくれたんだね……」
ノースがしみじみつぶやくと、アキナがあっと声を上げた。
「みんなでお別れ会をしたい!」
「そうか、それはがんばるよ!」
ノースはなけなしのお金をはたいて酒場でお別れ会をした。
「なんか、あなたたちも楽しそうね。まあ、私には関係ないけど」
冒険者ギルドの受付嬢、カミラ・ベルがビールを運んできて言った。
最近は彼氏の店員と店を持つ修行ということで、たまに店の手伝いをしているそうだ。
そもそもこの女との賭けでアキナを召喚したんだよなあとノースは思い出した。
今は幸せそうなので良しとしよう。
B級冒険者たちも一緒に酒を飲んでくれている。
狩りの話をアキナと楽しそうにしていた。
呼んでもいないのに、ギルド長とコヨネちゃんがいるのはご愛嬌。
ちなみに後からギルド長の腰をしっかりとマッサージさせられた。
そして夜。
アキナは元の世界へと旅立っていった。
ノースは寂しそうにそれを見送った。
次元鏡からの光がいつまでも淡く輝いていた。
「もう、アキナ!掃除の時間始まるよ!今日は教室掃除の当番でしょ!」
気がつくとアキナはトイレの中でぼーっと立っていた。
そう言えば、召喚される時はトイレをしていた事を思い出した。
友達の声からして、こちらでは全く時間が過ぎていなかったかのようだ。
もしかして、今までの事は全部夢だったのかもしれない。そう考えると、楽しい日々だっただけに、寂しさが募ってしまう。
アキナはトイレから出ると、「遅いぞよ」という友達と一緒に教室へ向かった。
いつもの教室にホッとしながらも、箒で床を掃いてもゴミが移動するだけで、突風が吹き荒れない力の弱さに戸惑っていた。
後はゴミを収集所に持っていって……。
ゴミ収集所では、若く、新しい用務員さんが仕事をしていた。
その人はなんだか見たことのあるような金髪で、真新しいジャージを着ているのになぜかみすぼらしい雰囲気が漂っていて。
アキナは彼の正体に気がついた。
「ノースさん、どうしてここに?」
「ああ、アキナが帰った後にお土産を忘れていったのに気づいてここまできたんだ。宿直室に置いてあるから後で取りにおいで」
ノースは何でもない様に言った。
「でも、どうして用務員さんになれたの?」
「いや、ここの校長が俺の素晴らしい人格と才能に惚れ惚れしてしまったらしく、雇ってくれたんだ。きっと生徒たちに俺の崇高なる魔法理論と実践を教授するために用務員にしてくれたんだ!」
「へえ〜」
関心するアキナに友達がププッと笑った。
「あら、用務員さんは大層マッサージが上手だそうで、校長先生が働き方改革の一環だとか言って雇ったっていう噂よ。言動はちょっとおかしいけれど、他の先生達の福利厚生に役立つって」
どうやら、世界が変わったとしても、E級冒険者として培ってきたノースの実力は評価されるらしい。
そんな事を考えながら、くすっと笑った。
「じゃあ、ちょっと私の彼氏になってよ。一日でもいいからさ」
アキナの言葉にノースはビックリした。しかしすぐにそれが、異世界で自分がアキナに言った言葉だと思い出す。
「ちょ、ちょっ、アキナ、何言ってるの!」
あたふたする友達を見ながら二人は笑い合う。
新しい日常の始まりだった。




