酒場での賭け事
全ての原因はこの女だ。
カミラ・ベル。
グランディア王国、冒険者ギルドで受付嬢として働く25歳のお局様だ。
十代の頃から才覚を発揮し、冒険者ギルドの看板娘と言われ続けてはや10年。
後輩はことごとく結婚・出産し、ちやほやされる時期もとうに終わり、後は独り身で定年まで働くことが半ば確定したような人生。
唯一の楽しみは週末に飲む酒場のアルコールぐらいか。
そんな彼女が週末の酒場で30歳のおっさんにけんかを売ったのがそもそもの原因だった。
「あんたはなんでそんなにちまちま金を稼いでるのよ!」
「ちまちまとはなんだ!汗水垂らして働いてるじゃないか!」
けんかを売られたおっさんはカミラのいる冒険者ギルドのE級冒険者で、毎日仕事をしていた。
ちなみにE級冒険者は冒険者のランクとしては最下位で、新人が登録して始めてなれるランクがE級だった。
30歳おっさん冒険者は冒険者ギルドで仕事をしてはや5年、一度もランクアップすることなく仕事をしていた。
「あんたなら、すぐにB級ぐらいなれるのに、なんで仕事をしないのよ!」
「仕事は毎日しているじゃないか。お庭の草取りやギルド長の肩もみ。ペットの散歩に屋根の修理。
悪いけど、俺より有能なE級冒険者はいないぞ!」
「いるわけないじゃない。5年もE級やってるバカは他のギルドを探してもいないわよ。D級なんて、ゴブリン10匹倒せばすぐなれるでしょ!なんで狩りに行かないのよ!」
「行くわけないだろ、バカ。行けば世界が火の海になる……ふっ」
「何格好つけてるのよ!ゴブリンコロスのが怖いだけでしょうが!この童貞ヤロウ!」
「!!」
「知らないと思ってるわけ?ギルド職員の私が。冒険者カードを見せて見なさいよ」
おっさんはローブの懐から自分の冒険者カードを取り出して見せた。
ノース・ピース・ウエスト(30)
職業:大賢者
冒険者
冒険者ランク:E
称号:大賢者 小間使い
冒険者カードには以上のことが書かれていた。
「知らないと思ってるの?30歳で童貞貫いてる奴は『大賢者』って呼ばれるのよ!あんたのギルドカードにしっかりと書かれてるじゃないの!」
「た、確かに俺の職業も称号にも大賢者と書かれているが、これは俺がすんばらしい魔法使いだからで」
「だいたい、あんたが魔法を使って仕事をしている所を見たことがないのよ!5年間よ。ギルドのお局様と呼ばれる私を舐めないで!」
カミラはジョッキをぐいっと空にする。
「ほら、おかわり!早く持ってらっしゃい!」
「あ、はい」
店番の若い男の子が新しいビールを持ってくる。一緒にお水を持って。
「カミラさん、今日はそろそろその辺にしませんか?」
店員は優しくカミラに語りかける。
「でもこいつ見てるとイライラして」
カミラは机に突っ伏してオロオロと泣きはじめた。
「一体俺の何が悪いんだよ」
「……童貞な所」
「分かった。じゃあ今からお店行って童貞捨ててくるから、それでいいだろ?」
「ダメよ。そんなんじゃ私のイライラは収まらないわ。
一週間で彼女を作って私に見せなさい。出来なければ私の言うことを一つ聞く。これでどう?」
「どう?ってそもそもなんで俺がそんな事をしないといけないんだ?」
「あんたの仕事、これから回さなくてもいいの?ギルド職員のお局様を舐めないで!」
「分かった。その変わり、俺が彼女を連れてきたら、一つ言うことを聞いてもらうからな」
おっさんはお代を店員に渡すと、勢い良く店から飛び出した。
飛び出した店先で止まり、大きくため息をついた。