漆
“私”は死んではいけない。帰れ無いから。
“私”は死んではいけない。意味が無いから。
“私”はシンダラ。タダの。タダの。
ガタガタと肩が震える。
“彼女”がマントを“私”の肩に乗せてくれた。
「帰れる世界があるのなら。」“彼女”はそう呟いた。
「今すぐにでも飛んでいきたい・・か」
そして月夜に照らされた砂海の奥を遠く見つめた。
白い髪が風になびく。表情は。見えない。
「帰りたいのか」と“彼”は“彼女”に話しかける。
「ううん。……昔を思い出しただけ……」
マントの端を握って呆然としている私に、
“組長”さんがささやいた。
「“……”どのはのう。帰るべき世界が滅亡してしまったのじゃ。」
どきっとした。
「だからお主の気持ちがわかるかもしれんの」
“組長”さんは寂しげに微笑むと、
「ここは寒い。中へ」
と言った。
“私”は半壊した船を修理する船員達と
“彼”らが共同して甲板の補修に当たっているのにも関わらず、
自分だけ“彼”らを手伝わないわけにはいかなかったので、
“組長”さんの申し出を丁重に断り、道具を運び水や食べ物を射し入れながら船の修理を待った。
修理が終わるころにはすっかり日が昇り、
“私”は恐ろしい睡魔に捕らわれて眠りについたのである。
誰かが呼んでいる。“見ツケ……タゾ”
誰かが渇望している。“来……い”
誰かが求めている。“宝玉も……。指環も……私のものだ……”
「オマエの心臓を、内蔵を掘り出し、
徹底的に犯してやる。いぶしだしてやる。しゃぶり尽くしてやる。
……すべてだ!!オマエを、オマエを手に入れる。」
“……来い!!!”
頬に鋭い痛み。気が付くと“彼女”がそばにいた。
「身体が……。
……消えかけていたわよ」
「……!!」
「夢の世界から“召喚”されそうになったのかしら?」
「それとも……」と“彼女”。
“私”は答えた。「お願い。言わないで」
目頭が熱くなっていた。“私”は“彼女”に抱きついて涙を流した。
“彼女”は黙ってそのまま“私”の頭を撫でた。
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“私”こと“ソレ”がまだ眠っていたころ。
三人は話をしていた。
「……ところで“……”殿」“組長”が口を開いた。
「ヌシが人助け……という柄ではなかろうに。
そろそろ話してくれても良いのではござらんか」
そして、ニィッと笑う。
隣では“彼女”が銃を磨いている。
“彼”は頭をぽりぽり掻くと話し出した。
「……見な」
そういって“彼”がつきだしたのは、
鎖までもが宝玉で出来たネックレス。
「アイツがつけてたんだ」
ほう。と“組長”。
「これは……極めて固い上、下手に加工すると砕けるの。
“れいざぁ”を当てると色が悪くなるやも知れぬ。
……ましては鎖状に加工するとなると……これを創り出す技術や魔法のある世界はすくないのぅ」
そういうことだ。と“彼”。
「アイツをどっかの世界の奴隷商人に売り飛ばすより儲かるかもしれんぜ?」
沈黙。
“彼女”はナイフを研いでいる。
“ひゅん”……床を走っていたゴキブリが射止められた。
きぃきぃと砂と船の木材が擦れ合う音。ささやかな揺れ。
沈黙。
「……かもしれんの」
そういって“組長”は勝手に“彼”の持ち物の玉露(“茶”の最高級品)を煎れ、自分の湯呑に注ぐ。
宝石のような柔らかな緑。薫る香りを楽しむ。
「まぁのう。最悪、あの娘だか男か判らぬ奴を売り飛ばしても。
……あの容姿ならどっちでも高く売れそうじゃしな」
損はあるまいて。そう呟いて音も無く茶を啜る。
「そういうことだ」と“彼”。
「おれの茶を呑みやがって。儲けから引くぞ?」
……と呟く“彼”に“組長”はしゃあしゃあと言ってのける。
「儲けがあるといいのう」
船は進む。その航路の先は、何があるかまだ解らない。
「じゃがのう」
“組長”はニヤリと笑った。
「なんだ?」
「ヌシがそんな“かもしれぬ”だけで動くとはのぅ」
なにかあるじゃろう。そういって追求する“組長”。
「……」黙る"彼"。
「この首飾り以外にも同じような品をもっとったじゃろう?“アレ”は」
「……」"彼女"もまた何も語らない。
質の悪い油を使ったランプが異臭とともに黒い煙をだして天井を汚していく。
「儲けるだけなら、それらをうっぱらって、アレも売り飛ばせば楽だとおもうがのう」
一拍。
“彼”は語り出した。
「わからん」
「おっ」
と。“組長”が呟く。
「おれがアイツを見た時、奴は致命傷を受けていたはずなんだ」
全然関係の無い話だ。だが“彼”はそういう話し方をする。
「この宝石の品々…」“彼”はそう言って、
宝石ひとつを丸ごと加工して作り上げた様にしか見えない
腕輪やアンクレット、ティアラを取り出す。
どれもこれもこれほど大きな宝石は珍しい…というより有り得ない上、
よほどの粋狂者ならまだしも、他の部分を壊してまで腕輪やアンクレットにする必要性が無い。
「これも、わからん」
「じゃの」“組長”も同意する。
これなら普通の宝飾品を作ったほうが儲かるし芸術性も高い。
「“だから”さ」と“彼”。
「なるほど」と“組長”。
“面白そう……”「だろ?」「じゃな」
二人は頷き合う。
“組長”は“彼”が“面白いかどうか”で動くことを重々承知していた。……だが。
“組長”は今度は茶を大きな音をだして啜った。
「ぬしも善意でやる時まで下手な理由をつけて理屈をこねなくともよかろうて」
“彼”はお茶を吹き出した。
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“私”の食は進まなかった。
「食べないと身体を壊す」と“彼女”。
……イラナイ ……フヒツヨウ ……ダッテワタシハ ……ワタシハ……ナンダロウ?
……オモイダシタクナイ!!!
“私”が頭を抱えていると隣でため息。
「お前は食事によって栄養を取る必要性がある。予備の輸血血液や点滴、針も少ないのだ」
……ユケツ? テンテキ?
「タイプの似通った他人の血液を分けて、出血死を防いだり、
血管に直接必要な栄養を注入して食事に頼らず栄養を採取することができる技術だ」
“彼女”はほかほかと湯気を立てるおかゆを“私”の口元に運ぶ。私は首を振った。
「しかたない」“彼女”はおかゆを食べ出した。
食欲が無い。怖い。私はナニモノダ。オモイダシタクナイ。モットコワイ。
ガタガタと震えていた。
急に抱き寄せられる。
口移し。
おかゆの味がした。