伍
沙漠に浮かぶ蜃気楼。
それははるかかなたの夢の世界。
そしてそれは何処かの誰かの世界。
かならず会える“私”の世界。
“私”は日に焼けることも厭わず、蜃気楼の中の情景に魅せられていた。
気がつくと大きな大きな麦藁帽子が頭に乗っていた。
誰かが気を効かせてくれたらしい。
「……見えるか」“彼女”だった。
「わかりません」“私”はこたえる。
今、古の海賊王の秘宝を求める青年達と、
盗賊たちの闘いが始まったところで、
それに夢中だったこともある。
「そうか」“彼女”は呟く。
ここは照り返しがきつい。と“彼女”は忠告した。
火傷どころではすまなくなるのでこれを着ろ。と。
白い布をふんだんに使った服。そしてサンダル。
暑そうだ。そう思う“私”の予想とうわはらに実に快適だった。
「それから」と“彼女”。
「蜃気楼に魅入るな。特に“音”が聞こえる場合は……」
聞こえている。血の匂いが鼻に入ってきて“私”は顔をしかめた。
「……こうなる」
「よくわかりました」“私”は呟いた。
“私”たちのすぐとなりに盗賊が放った砲弾が直撃していた。
「……見つけ……たぞ……」闇から響く声。
大あくびをする青年。隣でライフルの手入れをする年齢不詳の女。
楽しそうに“さぼてん”を弄る“もののふ”。
そして……。
「かならず……手に入れる……」
水晶玉に映る砂上船に手を伸ばす。水晶玉に手の力を込めた。
ぴしっ。
音も無く砕けた水晶はその結晶構造上の特性から、
主の手の中で激しく爆せ、壮絶に“彼”の手を傷つけた。
ぽたっ。ぽたぽたぽた……。
鮮血が床を染めていく。
闇の中に轟く…哄笑。
「宝玉も、指環も…“私”のものだ」
「あ”・・ああぁぁ…」怖気。
見られている。はるかかなたから。
服など意も介さず。“私”の奥を。
“私”のオク。オクノオクノオク。
がたがたとからだが震える。
顔色が土色になるのが自分でもわかる。
視線は“私”の服越しに、うなじ、背中、両の脚の先までをねめ回す。
見られたくない。見ルナ。ミテハイケナイ。ミナイデ。
“私”の様子がおかしいと悟った“組長”さんが、“私”の手首を掴んだ。
同時に、反対の手首を“なにか”が掴んだ。すさまじい力で引き寄せられる。
助けを呼ぼうとしたが声が出ない。
たすけて。
たすけて。
たすけてたすけて。
たすけてたすけてたすけて。
助けてたすけて助けテタスけてタスケテ。
その時。
“スパァァァッッ!! ”
“彼”が目にも止まらぬ早業で抜いた刀が“私”の呪縛を解き放った。
“彼”はニヤリと“私”に笑いかけた。
「よかったじゃないか。お知り合いがいるみたいだぜ?」
不敵な笑み。邪悪な笑み。不安と期待と冒険心と挑戦心を込めた笑み。
蜃気楼のひとつに笑ってやる。「よくわからんが悔しかったらこっちにきな」
へへーんと呟き、尻を出してパンパンと叩いた。
……この場には女性もいるのに。
その女性は相変わらず表情に変化はない。
“私”は背後を降りかえる。
“その”蜃気楼だけ、暗黒に包まれ、その先が見えなかった。
……“私”の未来?
“私”は首をふってその不安を振り払う。
そんな筈は無い。そんな事は無いんだと。
船は進む。旅はまだ続く。