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異世界冒険奇譚 月狂の歌  作者: 鴉野 兄貴
第一章。てのひらのなかの銀河
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 波のようにうねる砂。果てなく続く砂の海。

青い空には様々な見た事も無い国の幻影が写る。

蜃気楼しんきろう』と“彼”が教えてくれた。



 ……竜と姫君。銃を持ち、歩哨に立つ青年。

白に赤い丸のついたシンプルな旗をふる幼子達。

それに応えるは、刀を腰に下げ、菊花の紋章のついた銃を持った青年達。


 ラクダに乗った王族、全身を透ける布で覆った踊り子。

作陶に励む職人。沙漠の覇権を賭けた闘い。


 白い気球。

油を運ぶ山のように巨大な船。


 鍵十字を掲げ、空と大地と海中を突き進む鉄と鋼の騎士団。

対するは敵以上に味方を殺して突き進む主なき赤き帝国。


 青銅の短剣に革の鎧を身にまとい、

長い槍を構えてあゆむ大帝国。

 その帝国の民が鉛の器にワインを注ぎ、

堕落を極め、死滅して行く姿。


 豪奢な衣装に身をまとった異国の名君が、

息子の妻を奪い取り、それから狂っていく姿。

 素手で武器を持った悪徳官吏に立ち向かう若き拳士。

悠久の風の中、草原を旅して生涯を終える騎馬の民。


 よくわからない一輪車(?)を奴隷に引かせ、

搾取に次ぐ搾取を重ねた結果、国土は荒廃し、

結果的に自らも困窮を極めている事実に気づかず、

不潔極まりない服に身をまとって悦に浸る貴族。

冷遇される職人、搾取される農民、侮蔑される武人。


 石で作られた街道、巨大な古代の大水道。

生贄の乙女として神に心臓を捧げる異教の王女。


 神に心臓を捧げたはずなのに、

怪しげな微笑とともに立ちあがる王。

歓呼で迎える民達、白い石の仮面。


 無数の赤と青の縞模様にいくつもの星のついた旗。

輝くばかりに美しい白い肌と金色の髪の若者達が、

馬の無い馬車に乗って巨大な機械の鳥に入っていく姿。


 黒い肌の青年達がなにやら呪術めいた儀式を行い、

武器に、顔に、身体に紋様を描いて出陣する姿。


 その紋様が敵の魔法や銃弾をそらし、

怯える白い肌の侵略者を返り討ちにしていく光景。


 薄いピンク色の花が無数に咲く木の下、

何故か酒と料理を花の下に持ちこんで騒ぐ民。


 大きな豚を丸焼きにして、青い瞳の娘達が葡萄を踏み、

男たちが音楽を奏でて騒ぐ光景。


 指や鼻や耳がもげるほどの酷寒のなか、

火酒を呷り、楽しそうに楽器を鳴らし、

 しゃがんだ姿勢で足を次々に出しつつ、

とんぼ返りをして踊る男と妖精のように美しい少女、

髭の生え、巨岩の如く肥った女たち。


 巨大な木の船の艦隊を率いる男たち。

巨人のように巨大な風車の元、チューリップを育てる女たち。



 “私”は“世界”と“世界”の狭間を旅していた。

 だが、その中には。

「“私”が知っている光景」は一つも無かった。


 「おぬしの世界は…みえるかの?」別の声。

ふりかえると黒い異形の鎧に身をまとい、前を開けた白いコート(?にしては薄い)をつけ、

やはり大小の細身の刀をもった、癖毛の青年(少年?)が隣に立っていた。


 ちりちりの癖毛。

何故か、無理矢理後ろ髪を束ねていてそれが滑稽だ。

背中には見たこともない模様(文字?)が一つ。


 “彼”は呟いた。「無粋だぞ。“組長”」

せっかくいいところだったのに。と“彼”。


 “組長”と呼ばれた青年は言い返す。

「“……”殿には“……”どのがいるではござらんか」

 “彼”は言い返す。

「“アレ”は女であって女ではねぇ」


 女であってオンナデハナイ?

「アレは“美しい”かもしれんが“美人”では無い。」

美しいケド。ビジンジャナイ。ウツクシイケドビジンデハナイ。


「刃物を美人というかね? 彫像を美人というかね?

“機能美”とか“造形美”とか言うかもしれんがそういうもんだ」


 造形美。機能美。“ビジン”トハイワナイ。

「そもそも奴には性欲すら無いんだぞ?」


セイヨク。


「生物というかも怪しいバイオサイボーグだし」

セイブツジャナイ……。


 胸の奥でなにかがひび割れる音。

「ア……。アア……」怪訝な顔を“私”に向ける“組長”。

“私”の様子がおかしいと思ったらしい。


 「つかれておらんか?ん?」そして屈託無く笑う。

「拙者らが守るゆえ、お主は寝ておれ」


 その笑みにつられて“私”は微笑んだ。

“記憶”の限りそれが始めての微笑み。


 「“組長”さん」“私”は呟いた。

「この蜃気楼は様々な世界の姿・・なんですよね?」

「おう」“組長”は返答した。


 「あの雪に覆われた道場が見えるか? あれが拙者の故郷じゃ」

見えない。けど彼には見えているのだろう。個人差があるのかもしれない。


 「でも」

“私”は呟いた。


「……“私”の知っている“光景”は……。

……ひとつも…… ただのひとつも…… ありません……」

……語尾が震える。


 “組長”は優しく微笑むと、

突如、“私”を抱きしめた。

……頬が一気に熱くなる。


 「安心せい。すぐに見つかるよ」

“彼”がムスッとした表情で“組長”を睨む。

その様子が可笑しくて“私”は笑った。


つられてふたりも笑い出す。


 砂漠に浮かぶ蜃気楼。

このなかに、“私”の求める“世界”がある。

……必ず。ある。絶対に、あるのだ。


“私”の旅はまだ始まったばかりなのだから。

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