肆
波のようにうねる砂。果てなく続く砂の海。
青い空には様々な見た事も無い国の幻影が写る。
『蜃気楼』と“彼”が教えてくれた。
……竜と姫君。銃を持ち、歩哨に立つ青年。
白に赤い丸のついたシンプルな旗をふる幼子達。
それに応えるは、刀を腰に下げ、菊花の紋章のついた銃を持った青年達。
ラクダに乗った王族、全身を透ける布で覆った踊り子。
作陶に励む職人。沙漠の覇権を賭けた闘い。
白い気球。
油を運ぶ山のように巨大な船。
鍵十字を掲げ、空と大地と海中を突き進む鉄と鋼の騎士団。
対するは敵以上に味方を殺して突き進む主なき赤き帝国。
青銅の短剣に革の鎧を身にまとい、
長い槍を構えてあゆむ大帝国。
その帝国の民が鉛の器にワインを注ぎ、
堕落を極め、死滅して行く姿。
豪奢な衣装に身をまとった異国の名君が、
息子の妻を奪い取り、それから狂っていく姿。
素手で武器を持った悪徳官吏に立ち向かう若き拳士。
悠久の風の中、草原を旅して生涯を終える騎馬の民。
よくわからない一輪車(?)を奴隷に引かせ、
搾取に次ぐ搾取を重ねた結果、国土は荒廃し、
結果的に自らも困窮を極めている事実に気づかず、
不潔極まりない服に身をまとって悦に浸る貴族。
冷遇される職人、搾取される農民、侮蔑される武人。
石で作られた街道、巨大な古代の大水道。
生贄の乙女として神に心臓を捧げる異教の王女。
神に心臓を捧げたはずなのに、
怪しげな微笑とともに立ちあがる王。
歓呼で迎える民達、白い石の仮面。
無数の赤と青の縞模様にいくつもの星のついた旗。
輝くばかりに美しい白い肌と金色の髪の若者達が、
馬の無い馬車に乗って巨大な機械の鳥に入っていく姿。
黒い肌の青年達がなにやら呪術めいた儀式を行い、
武器に、顔に、身体に紋様を描いて出陣する姿。
その紋様が敵の魔法や銃弾をそらし、
怯える白い肌の侵略者を返り討ちにしていく光景。
薄いピンク色の花が無数に咲く木の下、
何故か酒と料理を花の下に持ちこんで騒ぐ民。
大きな豚を丸焼きにして、青い瞳の娘達が葡萄を踏み、
男たちが音楽を奏でて騒ぐ光景。
指や鼻や耳がもげるほどの酷寒のなか、
火酒を呷り、楽しそうに楽器を鳴らし、
しゃがんだ姿勢で足を次々に出しつつ、
とんぼ返りをして踊る男と妖精のように美しい少女、
髭の生え、巨岩の如く肥った女たち。
巨大な木の船の艦隊を率いる男たち。
巨人のように巨大な風車の元、チューリップを育てる女たち。
“私”は“世界”と“世界”の狭間を旅していた。
だが、その中には。
「“私”が知っている光景」は一つも無かった。
「おぬしの世界は…みえるかの?」別の声。
ふりかえると黒い異形の鎧に身をまとい、前を開けた白いコート(?にしては薄い)をつけ、
やはり大小の細身の刀をもった、癖毛の青年(少年?)が隣に立っていた。
ちりちりの癖毛。
何故か、無理矢理後ろ髪を束ねていてそれが滑稽だ。
背中には見たこともない模様(文字?)が一つ。
“彼”は呟いた。「無粋だぞ。“組長”」
せっかくいいところだったのに。と“彼”。
“組長”と呼ばれた青年は言い返す。
「“……”殿には“……”どのがいるではござらんか」
“彼”は言い返す。
「“アレ”は女であって女ではねぇ」
女であってオンナデハナイ?
「アレは“美しい”かもしれんが“美人”では無い。」
美しいケド。ビジンジャナイ。ウツクシイケドビジンデハナイ。
「刃物を美人というかね? 彫像を美人というかね?
“機能美”とか“造形美”とか言うかもしれんがそういうもんだ」
造形美。機能美。“ビジン”トハイワナイ。
「そもそも奴には性欲すら無いんだぞ?」
セイヨク。
「生物というかも怪しいバイオサイボーグだし」
セイブツジャナイ……。
胸の奥でなにかがひび割れる音。
「ア……。アア……」怪訝な顔を“私”に向ける“組長”。
“私”の様子がおかしいと思ったらしい。
「つかれておらんか?ん?」そして屈託無く笑う。
「拙者らが守るゆえ、お主は寝ておれ」
その笑みにつられて“私”は微笑んだ。
“記憶”の限りそれが始めての微笑み。
「“組長”さん」“私”は呟いた。
「この蜃気楼は様々な世界の姿・・なんですよね?」
「おう」“組長”は返答した。
「あの雪に覆われた道場が見えるか? あれが拙者の故郷じゃ」
見えない。けど彼には見えているのだろう。個人差があるのかもしれない。
「でも」
“私”は呟いた。
「……“私”の知っている“光景”は……。
……ひとつも…… ただのひとつも…… ありません……」
……語尾が震える。
“組長”は優しく微笑むと、
突如、“私”を抱きしめた。
……頬が一気に熱くなる。
「安心せい。すぐに見つかるよ」
“彼”がムスッとした表情で“組長”を睨む。
その様子が可笑しくて“私”は笑った。
つられてふたりも笑い出す。
砂漠に浮かぶ蜃気楼。
このなかに、“私”の求める“世界”がある。
……必ず。ある。絶対に、あるのだ。
“私”の旅はまだ始まったばかりなのだから。