弐
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小さな寝息。
“彼女”は小さく口元を拭うともう一度カップの水を口に含み、軽く口をゆすいで。
ペッ。
床に飛ばした。
“気が付いたらしいな”扉が開く。若い男。
胸の大きく開いた奇妙な服。そこから薄い胸板が見える。
小柄な身体。体長のわりに大きな肩幅。長い胴。短いが締まった手足。
白い、黄色い肌。闇のように、艶やかな黒い髪。
混沌の渦のような虚い瞳。
いやらしい下品な笑み。腰には長柄で刃の短い変わった刀。
“で。……男か?女か?”
手が伸びる。“彼”はニヤリと笑った。
“賭けはおれの勝ちだろ?”
“彼女”はピシャリ。と“彼”の手を払った。
“乗った覚えは無い。お前が勝手に言っただけだ”
手を押さえながら“彼”。
「まぁそうだけどよ」
品性の無い笑み。
「どっちにせよ。こいつぁ高く売れるぜ」
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“出来たわよ”温かいスープ。変わった味。茶色い粒粒が中で漂う。
白い四角の…柔らかい何かが浮いている。あとは海草。貝類。
不気味なので上澄みだけ飲む。温かく、おいしい。
深く小さな器に入った白いライスは妙に柔らかく、ふわふわとした食感。
傍らの小さな容器の中のものを口に含み、噛むとポリポリと音が立つ。よく解らないが漬物。
焼いた魚。塩味が美味しい。よく解らない糸引く腐った豆は残した。
“いただきます”と呟く“彼”。手を合わす奇妙な仕草。
“彼”は食事を手早く終えると、茶を自分の食器のその中に注ぎ、
(緑色の、高い茶だ。いや。そもそも茶という存在自体が珍しい)
二本の棒を器用に片手に持って漬物をつまむと、器に塗るようにして中を洗い、茶を飲む。
『私』が残した糸引く腐った豆を無言で掴むと・・全部食べてしまった。
同じ様に茶を入れ、漬物で中を洗って飲む。
器を『私』と“彼”に配っていた“彼女”はいつのまにか食事を終え、
食器と米を入れた奇妙な植物繊維で出来た篭を片付ける。
『で。なんだ』彼は口を開く。
『“あんた”なにもんだ?』
答えられなかった。
“わたしは。……私は”
答えられない。答えられない。コタエラレナイ。
何でなんでナンでナンデ?
“い……”
怖い。怖い。自分は私はワタクシはアタシは君がアナタが彼が神が……。
ナニ? ナニ? ナニが無い? ナニ? ナニ? ナニがナニ?
私が。ナニ?
“いやぁぁぁっぁぁぁっぁぁ!!! ” 叫ぶ。
……気が付くと両手両足を“妙な縛り方”で縛られていた。
“彼”は呟いた。“驚いた”
『錯乱してるぞ?コレ?』
一つ分かった。ワタシは。
胸の奥で、冷たい“ナニカ”の感触。
『ピシ』嫌な音。
――――“コレ”なんていわないでぇえぇぇぇ!!! ――――泣く、叫ぶ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
“コレ”なんて “コレ”なんて “コレ”なんて!!!
――――呼ぶな!!! 呼ばないで!!!! 絶対に!!! いや! いや!! イヤァァァ!!!! ――――
“止めろ。亀甲縛りなんだから。
暴れると“色々なトコを”絞めるぞ…それとも変な趣味があるのか?”
股間と胸と首と手足に激痛。特に背中が痛い。
『まぁ“お前さん”とでも呼んどくか。名前を思い出したら言ってくれや?』
それが“私”と“彼”と“彼女”の出会い。
短いが、忘れがたい。忘れたくない! ワスレタクナイノ!! コノオモイデヲ!!!
消えない。キエタクナイ! 永劫ノ彼方ニキエルナンテタエラレナイ!!
そして、別れの物語。