伍
「……」頭痛がする。何なのだ。
三弦の楽器を手に倒れている人々。死んではいないようだ。
立ち上がろうとしてチリチリ頭の少年に抱きしめられている事実に気がつくが、面識がない。
「??? 」
「気がついたか」
黒い肌の美しい少女が"私"に声をかける。
なんと美しいのだ。胸がときめく。
「美しい。貴女は美しい」
「……代わりに代筆しておいた」「は?? 」
少女には表情らしい表情がない。冷たい印象がする。
「よ。起きたか? 」
愛嬌良く笑う男、どこか信用ならない印象がある。
隣で彼に抱きついて吐き気に耐えている少年と青年の間の年ごろの男。
変な趣味があるのだろうか。
「……誰だ。おまえたちは」
私が問うと。
「はぁ」「またか」「またじゃな」
彼らは呆れたようだった。
私は"彼女"が「代筆した」という『日記』とかかれた本を手に取った。
……なんだこれは。
「簡単にいう。お前は前向性健忘だ。
前向性健忘。受傷などをした時点以降の記憶が抜け落ちる状態を言う。
記憶障害回復後の出来事を記憶できない症状。
記銘、すなわち新しい物事を覚えることができなくなってしまう状態だな」
ぜんぜん簡単といわない。何を言っているのだこの娘。
「おい、"組長"。しっかりしろ。殴られすぎだ。あと未成年が砂糖黍酒をがぶ呑みするな」
バシバシとチリチリ頭の少年を叩く男。しかし、組長と呼ばれた少年は目を覚まさない。
「簡単に言う。とりあえずその『日記』をみろ」
????????
「??? 」
「いいから見ろ」少女が私を促す。
「……"私"には。記憶がない」
「お前は、何をやっていたのか? 何者なのか? そういった記憶が元からまったくない。
加えて、前向性健忘により時々その状態に戻る。更に、人格まで初期化される。ようだな」
「絶望ではないか」
"私"は理不尽に憤った。「神はいないのかっ?! 」
「尻を拭く紙なら用意しているが、『浄水』の魔法のほうが全身綺麗になっていいぞ」
違う。
「……なぜ、女言葉で書かれているのだ。時々文体が変わって読みにくい」
「お前、女って言ってたぞ」「はぁ?」
「私は、男だ」
「……」「……」
二人は不審そうに"私"を見ていた。