第一章。『てのひらのなかの銀河』了
「もっと…… みせてください」
“私”は“彼”の掌に優しく包まれた星々を覗き込んだ。
「いいけど、鼻息をかけるなよ」
“私”のかすかな息を受けて星々は“彼”の手から漏れそうになる。
「おっと」“彼”は優しく手を閉じた。
「危ない危ない」“彼”はにっこり微笑むと両手に包んだ……。
……星を、見せてくれた。
“彼”が両手をゆっくりと広げていく。
……手のひらの中の星がひろがっていく。
夜の甲板に広がっていく無数の星。“私”を包む銀河の海……。
「わぁ……」
“私”は“彼”のてのひらから出てきた無数の星のうつくしさに子供のように感激していた。
“彼”は優しく微笑むと、さてと。と呟いた。
「戻しておくか」
“私”が不思議そうな顔をしていると。
「“星”は一人一人にあるべきものなんだ」と言う。
「だから、不必要に独占すると、運命律が狂って他人や自分が不幸になる事がある」
“彼”は何処からともなく虫取り網……にしては目が粗すぎる……を取り出すと、
「ほい」と呟き網を軽く振った。
甲板に広がった銀河が“彼”の虫取り網に吸い取られていく。
小さな流星も、大きな彗星も、ながるる星の大河も。
ゆっくりとまっすぐ“彼”の網に還っていく。
“彼”は緩慢で優しい動きで網から星々を取り出すと、
手のひらに戻し…ゆっくりと天のほうに手を伸ばし星々を天に戻す。
「お♪ し♪ ま♪ い♪ 」そういって屈託無く笑う。
“私”もつられて吹き出した。
ところで。と“私”は呟いた。
「どうして、あの女の人に見せてあげないのですか?」ぶしつけに聞いた。
凄く綺麗な女の人で、どうみても仲がよさそうなのに。
「ん”~? 」といって“彼”は顔をしかめる。
「“組長”は文句無しに感激してくれたが」と前置き。
「……アイツは…。"……”(“彼女”の名前らしい)の奴は……」と顔をしかめる。
「星空を見せても、『星だな』。
なにか言う事は無いのかといっても『明日は晴れだ』。
これを見せても『派手な手品だな』。
……で、『だから、どうした?』だとさ」
女として言う台詞は無いのかとぼやく彼に、"私"は噴きだした。
確かに、“彼女”なら有り得るかも知れない。
わたしは思いにふける。
星の天幕、空の銀幕。星々の饗宴の下。人々は一生という悲喜劇を演じる。
その結幕は、最後までわかりはしないことに。
「ところで」
感傷に浸る“私”に“彼”は話しかけた。
「なんですか」「くさいぞ」
「え?」
独り言を漏らしてしまったのだろうか?
「いやさ」彼が呟く。
「匂いが」
“私”は顔を赤らめた。
失念していたが、さっき入浴のタイミングを逸した事を忘れていた為、
“私”の身体は“私”が思う以上の汗と垢による異臭を放っていたのだった。
旅は、続く。
(第1章。『てのひらのなかの銀河』了)
次回予告。
砂上船は豊かな海に囲まれた島の『世界』にたどり着いた。
次回。『拳で語る世界』~"委員長"との出会い~
ご期待ください。