捌
“食事”を終えた“私”は一人で寝台に座り、
なにかする事も無く床の木目を見ていた。
時々。壁の隙間から鼠が走る音がする。
やがて空気と気温の変化から、夜が訪れると分かる。夜が来たら、寝る。だけだ。
“彼女”が盥とお湯を差しいれてくれる。
が。入浴は、していなかった。
「ちょっといいかい」“彼”が入ってくる。
「…夜這い。で、す、か?」少々不安になる。語尾がどもった。
だとしても少々時間的に早いかもしれない。
「ははははは」“彼”は笑った。
「メシは食ったか?」“彼”の問いに、
思わず、先ほどの“彼女”の柔らかい唇と、
おかゆとともに飲み込んだ“彼女”の甘い唾液の味を思い出し、耳まで熱くなる。
「な、ん、とか……」と“私”はつっかえつつ答えた。
「じゃ、ついてこいよ」と“彼”は言った。
「いいものを見せてやるぜ」
“私”は甲板にでた。闘いの跡が生々しい。
“彼”は“私”を手招きする。どう言う訳か照明が無いのに、とても明るい。
「上を見てみな」
“彼”は天を指差した。
「わ…… ぁ……」
言葉が出なかった。
ほし。ダイヤのような星。
ほし。光り輝く雨粒よりも輝く星。
ほし。命の光のように数え切れないほどの。
ほし。神話の英雄や魔物が天で織り成す星座の宴。
ほし。宝石箱をひっくり返したような星の河。
ほし。艶やかにきらめく明星。
ほし。天の涙かと思うほど溢れ、絶え間無く落ちる流星雨。
ほし……!!!
天を埋め尽くす煌き。
星座の英雄たちと同じ場所に“私”は立っている…。
天を埋め尽くし、音も無く、絶え間無く落ちる流星雨の煌き。
はるか星々の世界。星座の英雄や淑女や怪物。
「星が…… 」あとは言葉になら無い。
わたしたちは飽きる事無く、星を眺めていた。
「な…いいだろ?」“彼”が言う台詞も耳にはいらない。
“私”は星の美しさに魅入っていた。
あの一つ一つが、いのちの煌きなのだ。“私”は涙を流した。
掴めそうなのに掴めない。遠くて近いいのちの煌き。
やさしくひかり、ひとをてらす小さなまたたき。
“彼”はにこりと笑う。「見な」
“彼”はゆっくりと天に手をかざす。
「よく。おれの手をみとけよ」
いわれたとおり手を注視する。
“彼”の手がゆっくりと閉じられる。
「……ほら」
“彼”が手を開いた。
優しいひかりを放つ星々が“彼”のてのひらのうえに舞っていた。
「あ……ああぁぁぁ」
“私”は驚きを隠せなかった。
ふと天を見る。星の天幕の中、“彼”の掌のかたちの闇が小さく見える。
「な」
続けて言う。
「星は…… 掴めるんだよ」