結婚20年目の始まり
ふっと、疲れの溜め息が出そうな時間。私と同じように仕事を持ち、家庭を持つ女姓もいるはずのお客様の列。
『お待たせ致しました。いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか?』
交替まで、後30分。
笑顔を絶さないようにしながら、商品のバーコードを通す。
『¥5,610になります。シールはお集めですか?はい。¥10,010お預かり致します。』
レジ横のお客様に判るように、お釣りの¥4,000を、先に数えて渡す。
お釣りを受け取るお客様の彼女からは、終わったばかりの仕事の疲れと家庭に帰る安堵感が漂ってくる。
突然に制服の下に入れた携帯が、私の体を震わす。
『ありがとうございました。お待たせ致しました。』
立ち並ぶお客様の列に、仕事帰りの男姓もポツポツ見える時間になってきている。
もう少しで上がれる。
今夜は、何にしょうか?子供逹の大好きな焼肉野菜炒めかな?
今は、無理矢理にバイブからの痺れを無視する。
『お疲れさまでした!』
私服に着替えた私は、駐車している愛車の中で、瞳からのメールを開ける。
From瞳
Sub誕生日おめでとう!!
おかげでサイトから逃げられました
楽しい会話ありがとう
家族仲良くね
なんなの、このメールは!?
バックビューミラーを見上げ、震える手でルージュを直しながら、不安定なもやもや感が体中に広がり、鏡の中の私を見つめてしまう。
瞳には、夫のいない解放感とチョッピリの寂しさから始めた、出会いサイトで出会った。
私のプロフに足跡をつた瞳に、「ありがとう」って、軽い感謝の気持ちを返信したつもりだった。
夫とは結婚して20年目。ただただ可愛かっただけの息子逹も、18歳と高校1年生になっている。
特に、私を困らすことなく大きくなった息子逹になんの不満はない。
夫が東京へ単身赴任し、私が元の職場に戻ってから2年になっている。
夫からは、週に2回は電話があり、メールも入る。単身赴任だからって、夫の浮気なんか考えたこともない。況しては、自分の浮気はなおさら、思いもしなかった。
家は、息子逹と3人暮らし。近くには実家もある。四人兄弟で一番仲良く、お母さん代わりなって呉れた姉も、最近近くに引っ越して来た。
父親は、時々、丹誠込めて作った野菜を惜しげなく持って来て呉れる。
なんの心配も、問題もないはずの私が、出会いサイトで知り合った男性に夢中になっているって、あるのだろうか?
なにか問題があったとしたら、私のこころと体、なんだろうか?
今、考えても出会いサイトに入会したのは軽い気持ちだった訳だし、況しては「ありがとう」って、軽い感謝の気持ちだったはず。
私自身が気がつかない、意味もハッキリしない、モヤッとしたものがあったんだろうか?瞳からの、誕生日おめでとうメールは、別れのメールになるんだろうか?
『それは、ないだろう!』
『嫌ッ!!私は、韓国ドラマを見るんだから!』
『俺はサッカー見たいんだ!』
『ダメッ!』
夕食の仕度をしている私に、次男と彼女の遣り取り、笑い声が聞こえる。
食卓に置いた携帯が、私の大好きな島唄を歌い出している。
From瞳
Subどういたしまして(笑)
「ありがとう」って、僕の方こそ『ありがとうございます!!』
物凄く、嬉しかったです(笑)
ありがとう!!
私の「ありがとう」
に答えた、瞳のからサイトメールが入っていた。
期待していた訳じゃないけど、何故か浮き浮きした気分になってしまった。
私は10月で、42歳になってしまう。完全に瞳から見れば年上。中年と言うのも恥ずかしくなってきたオバサン主婦だ。
気にならなかったのだろうか?
瞳のメールからは、32歳の会社員、そして離婚したことを知った。
年下かぁ~。かなり差があるなぁ~。バツあり、独身。うぅ~ン!?
チョッと躊躇したけど、割りと安易に受け入れる自分に驚いてしまう。日に何回もバイブが震え、島唄が聞こえてきたからだろうか?
私の短いメールの問いに、素直に答える瞳の長いメール。疲れて帰った時や眠い時、開けて見てしっかり読まないものもあったけど。
私は、日に20回を超えてきたサイトを通してのメールが、煩わしく思えてきていた。
「瞳は、ず~っとサイトを通すつもり?」
私は、瞳のメールに、慣れ親しんでしまっていたんだろう。欲しかった人形を、やっと買って貰った子供のように、なんでも頼めば、最後には私のものになるって、我が儘になってる私に呆れてしまった。
愛する夫であったけど、今は、家族ってだけで繋がっているだけじゃないだろうか?って、考えてしまう時もある。
瞳とのメールの遣り取りが、じわじわと私のこころに、もやもやとした不安感と、夫からは得られない期待感を運んでいる。
Fromりえ
Sub〈件名なし〉
今度は届いたかな(笑)
あくあ
Fromりえ
Sub〈件名なし〉
私の事、あくあじゃなくてりえって呼んで下さい(笑)
直メールにしてから、私は一層、瞳に立ち入った疑問をぶつけたようだ。
私の家族、仕事そして生活さえも、瞳に聞かれる侭に正直に教えたつもり。
サイトを通さないことで、より一層、瞳に期待している、私がいたのかも知れない。
瞳はマザコンであること、本人に言わせたら、ピーターパン・シンドロームらしいけど。寂しがり屋の癖に、ワル振る所から、この子、変じゃないか?って、思ったりした。
時々、息子逹よりも子供に感じたり、私の知らない難しい漢字を使ったり、知らなかった時事問題などを話したりすると、やっぱり、大人なのかな?って、思ったりした。
Fromりえ
Subおはよう(笑)
今日は、お客さん多いから早く出勤します。いっぱいメール下さい(笑)
瞳も頑張ってね!!
From瞳
Subおはよう(笑)
心配だなぁ~(涙)
りえの職場って、格好良い男性の従業員サンとかアルバイトサンが多いんでしょう?
心配だなぁ~!!
ポケットに入れて、持ち帰らないでね!!
売り場のインスタント食品を検品する私の携帯が、震えだす。
バイブに、体の芯が足元から頭の先まで痺れ、慌てて周りを見回す。
まだ、開店したばかりの店内は、お客様が少なくホッと安心してウフッと微笑んでしまった。
2時間に1回の休憩時間に、瞳にメールを返信する。
Fromりえ
Sub大丈夫だよ(笑)
格好いい人、いないよ。興味ないし
でも、帰りには道、で拾っていくかも?(笑)
私に嫉妬して呉れる瞳が、嬉しかった。
夫が、最後に嫉妬して呉れたのは、いつだったんだろう?
瞳の子供ぽい嫉妬に、携帯のバイブの痺れ以上に、今の私のこころと体は、痺れているんだろうか?まだ、メールだけの瞳なのに。
なにを期待しているんだろう?馬鹿みたい!!
From瞳
Sub駄目だよ、拾っチャ(涙)
拾得物は、正直に交番に届けてね。
交番から所轄の警察署。保管所行きだから、りえの手元に帰る半年先は、腐ってるよ!!
保管所は、温度管理が悪いから。
お腹壊すよ(笑)
次の休憩時間に、思わず一人笑い。
こころの動きを、主体にしています。
メールの文章には、チョッとした笑いを加えていきたいと思います。
気が付かない、感じたことがある心の体験がありましたら、教えて下さいませ。
正直、連載回数は不明です。納得いくまで頑張らずに頑張ります。ありがとうございました。