ときに花実は罪となる
代々聖女の存在によって豊かさを保ってきた王国では、近ごろ広がっている男女平等の理念に基づいて男性聖女の必要性を叫ぶ声が上がっていた。そしてついに一人の侯爵令息が、古い慣習を打ち破って歴代初の男性聖女として立つことになったのだった。
ハリントン王国は、実り多く豊かな国である。
魔力の多い土地なので魔物こそ多かったが、国中に張り巡らされた結界によって魔物は弱体化し、それを訓練された騎士たちが討伐することで治安が保たれていた。気候はいつでも安定し、近隣の国が気候の影響を受けて食糧難に苦しむときでも、いつでも国中の人びとが生きるのに十分な収穫を得ることができた。
そういった状況は、ハリントン王国の開国以来君臨している代々の聖女によって齎されていた。
聖女とはハリントン王国に特有の、精霊から授かったとされる聖樹の力を授かった女性のことである。聖女はきっかり二十年に一度国中の女性の中から選ばれ、二十年に一度だけ膨らむ聖樹の実を食べることで得る膨大な魔力を国を守ることに使うのだった。
聖女は、これもまた精霊から授かったと伝えられる聖珠を用いて選ばれる。聖珠に魔力を流して光らせ、最も聖珠と相性が良く魔力の強い女性が聖女になるのだった。
さて、ハリントン王国はこのところ、新しい聖女の選定のために浮き足立っていた。
ハリントン王国では、この三年ほど聖女が不在である。先代の聖女は大変な罪を犯し、王家直々の断罪を受けて三年前に処刑されていた。
罪を犯したと言えども、聖女は聖女である。聖女を失ったその瞬間から国は緩やかに豊かさを失い魔物が増え天候が荒れ、人びとは先代の聖女の祟りではないかと恐れおののいていた。
聖女を失っても、新たな聖女を生み出す聖樹の実がその瞬間に実るわけではない。先代の聖女が選ばれてからきっかり二十年、新たな実が実るまで、ハリントン王国は緩やかに貧しくなり続ける国で生きることを強いられていた。
ここにきて、ようやく待ち望んだ聖樹の実が実ったのである。人びとは沸き立ち、今度こそ清廉潔白な、正当な聖女の誕生を待ちわびた。
さて、数か月前に始まった聖女の選定は、二人の候補にまで絞られていた。
一人の男爵令嬢と、一人の侯爵令息である。名前をケアリー・ボウルズ男爵令嬢と、セオドリック・ハンプトン侯爵令息と言った。
前提として、今までハリントン王国ではただの一度も男性が聖女であった前例はない。けれど男女平等を叫ばれる昨今の情勢によって、近頃では男性聖女の存在を容認する気風が強まったのである。
いわく、聖女の職務が女性のみに限られているのは男女差別である、とのことだ。
もちろん今までの伝統や格式を重んじるものたちから、あるいは高位魔法士などの魔法研究に詳しいものたちから、強い反対の声が上がった。
中でも強く反対したのが、王宮魔法師団長であるソーントン侯爵その人である。ソーントン侯爵は男女の性差による得意魔法領域の違いなどを根拠に男性聖女に強く反対していたが、男性聖女を認めないのは男性の機会を奪おうとする差別に他ならないとして更迭されてしまった。
「ソーントン侯爵は、ハンプトン侯爵令息が聖女になることでハンプトン侯爵家の権力が増すことを嫌ったのだ」
人びとは口ぐちにそう噂して、古い体制にしがみついて権力を守ろうとしたソーントン侯爵を嘲った。ここでは、もう一人の最有力候補であるボウルズ男爵令嬢がソーントン侯爵家と親しい寄り子貴族であったことも悪い方向に働いた。
「これは時代の流れなのだ。見苦しいぞ、ソーントン侯爵」
ソーントン侯爵が更迭される直前に、ハリントン王国国王はソーントン侯爵に向けてそう言い放った。ソーントン侯爵は一礼して、最早未練も見せずに王宮を後にしたのだった。
ソーントン侯爵が更迭されてからは、ますます男性聖女容認の声は大きくなった。もちろん男女問わず反対する声も上がったが、男女差別であるという理由によって反対派は少しずつ駆逐されることになった。
男性聖女に賛成するのは、男性ばかりではなかった。特に一部の高位貴族の女性たちも、男性聖女に強く賛成した。
彼女たちは一介の男爵令嬢が国王に並ぶ立場である聖女の最有力候補になっていることが面白くなかったし、男性聖女になったハンプトン侯爵令息と親しくなれば良いと考えていたのだった。理由は何にせよ女性たちの賛成を得て、男性聖女容認の声はますます強まった。
そんな中で、大きく調子を崩したのはボウルズ男爵令嬢である。彼女は男爵令嬢が聖女の座を狙うなどとんでもない身のほど知らずであるとか、権力を得るためなら手段を選ばない愚か者であるとか、身分のある男性相手であれば誰にでも足を開くのだとか、そういう根拠のない色々な悪意ある噂によってすっかり参ってしまったのだった。
「辞退しても良いのだぞ、ケアリー嬢」
ほんの短期間でげっそりと窶れたケアリーを哀れんで、ソーントン侯爵はそう言った。けれどケアリーは、引きつった顔で微笑んだ。
「いいえ、戦いましょう。逃げたなどと後から難癖をつけられては堪りませんから」
果たして、貴族や平民たち大勢の観衆が見守る中で、ケアリーとセオドリックはほとんど決闘のように対峙することになったのだった。
二人は聖珠を前にして、順番に魔力を注ぎ込んだ。
ケアリーは非常に強い魔力を持つ少女で、同年代の少女たちの中では一番の魔法の実力者だった。だから聖珠は、他のどんな令嬢たちが魔力を注ぎ込んだときよりも強く光り輝いた。
けれど軍配は、セオドリックに上がることになる。セオドリックが聖珠に魔力をこめた途端に、明らかにケアリーよりも強い光が放たれたのだ。
「俺だ、俺が聖女だ!」
もともと体調が悪い中で大量の魔力を聖珠に注ぎ込んだために、ほとんど遠のきそうになる意識の中で、ケアリーはセオドリックの勝利宣言を聞いた。
厳かな声で、国王が宣言した。
「次の聖女はセオドリック・ハンプトンである!」
そこに、躍り出たのはソーントン侯爵であった。
「お待ちください、陛下! もともと瞬間的な魔法出力は女性よりも男性のほうが優れているもの、出力勝負で聖女を決めるなど危険でございます!」
高揚していたところに水を差されて、ハリントン国王は大激怒した。
「いい加減にしろ、ソーントン侯爵! この愚か者をつまみ出せ!」
そんな騒動があって、ソーントン侯爵はついに爵位すら失うことになったのだった。
ケアリーは一連の流れを、ほとんど水の中にいるような気持ちで聞いていた。よろよろと会場から出た途端に倒れ込みそうになったところを、ボウルズ男爵家やソーントン侯爵家のものたちが支えてくれて、敗者たるケアリーは逃げるように会場を後にすることになったのだった。
さて、セオドリック・ハンプトンが聖女に決まってから実際に聖樹の実を食べる儀式まで、準備には三か月を要した。
ハリントン王国において、聖女というのは権威と豊かさの象徴でもあるので、聖女の任命式は大陸中の指導者たちを集めて行われるのだ。
儀式の中で歴代初の男性聖女セオドリック・ハンプトンは、事前の流れで決まっていた通りに聖樹の実を口にした。特に会場に集まった平民たちが上げる歓声を、鷹揚に微笑んで受ける。
セオドリックの腹の中で、飲み込んだ魔力の塊が渦巻いている。ふと気づいたように、セオドリックは口にした。
「熱い」
そういった次の瞬間には、セオドリックの体は内側からはじけ飛んでいた。聖樹の実から受け取った魔力に、体が耐えきれなかったのだ。
当たり前のように、会場中がパニックに陥った。前触れなく見せられた残酷な場面に、女性たちが気分を悪くして倒れ込む。
愕然とする人びとの中でほんの一部だけが、どこかで予想していたように苦い顔をしていた。特に魔法研究に長けた、最後の最後まで男性聖女に反対していた人びとだった。
これは当たり前のことで、子どもを宿すことのできる女性と、子どもを宿す機能を持たない男性とでは、自分以外のものから受け取ることのできる魔力の容量には大きな隔たりがあるのだった。聖樹の実から魔力を受け取ることが、女性にはできても男性にはできないのである。
ものを入れすぎた袋が破けるように、魔力を無理やり詰め込まれすぎたセオドリックの体は逃げ場を失った魔力によって内側からはじけ飛んだのだった。
セオドリック・ハンプトンのいた場所には、複数の肉塊と、血の海が広がるばかりだった。
そんな、一連の騒動を、ハリントン国王が愕然として眺めていた。聖女の任命式に招かれた幾つかの国の王族たちが、冷めた眼でハリントン国王を見ている。
聖樹の実ができるのは、二十年に一度だけ。二十年に一度、ただの一個だけ。
その、ただ一個は、たったいま死んだセオドリック・ハンプトンが食べてしまった。
先代の聖女は三年前に死んだ。実のところ彼女は罪を犯したのではなくて、自分の立場を勘違いして国王に色々と意見を言い始めたから邪魔になって殺したのだった。
古くから豊かな土地を聖域だなどと言って独占していた少数民族を排除して土地を有効活用しようとしただけなのに、先代聖女は生意気なことに極めて強い語調で国王を責め立てたのである。先代聖女の信奉者たちもそれに同調したものだから、当時の国王は非常に面白くない思いをしたのだ。
そして今代の聖女になるはずだったセオドリックは、たったいま死んだ。
ハリントン王国の聖女が生まれるには、聖樹の実が必要だ。次に聖樹の実が膨らむのは、二十年後のことである。
そういう、絶望的な事実を前に、ハリントン国王は呆然とするしかないのだった。
***
かつての故国で起きた事件を、ケアリーは保護されたハリントン王国の隣国で聞いていた。
ケアリーを含むボウルズ元男爵家と、ソーントン元侯爵家は、隣国によって保護されているのだ。魔法が得意なものはいくらいても困ることはないから、とのことである。
ケアリーは魔法は得意であっても、魔法研究には詳しくなかった。だから同席していた、いまは婚約者になったソーントン元侯爵令息に疑問の視線を投げかけた。
ソーントン元侯爵令息は苦笑した。
「魔力をうまく扱えない可能性は考えていたけれど、さすがにそんな大事故になるとは思わなかったな。また人びとには先代聖女の祟りだなどと言われるかもね」
ふと思いついたように、眉を上げる。
「もう僕たちには王国に何をいう権利もないけれど、もしも、不吉だなどと言われて聖樹が切り倒されるようなことがあれば――」
「まさか!」
思わずというように否定の声を上げたケアリーに微笑んで、ソーントン元侯爵令息は言った。
「きっとそれこそが、時代の流れなんだろう」
なろう小説では『聖女』という言葉がたびたび登場しますが、そもそも女性に一定の権利を認める『聖女』という称号や職位が存在すること自体が、なろう小説が現実よりも女性の権利が強い証左な気がするなー、と思うなどしたので書いてみました。権威を奪うのに有効なのは弾圧よりも簒奪である、というのは宗教の歴史が証明しておりますわね
伽藍さんはなろう小説のテンプレを使って自然小説や諧謔小説みたいなのばっかり書いている気がします。なろうの使い方をちょっと間違っている気がしますね。まぁ思いついたものを好きなように書いているだけなので、、
近ごろでは自称女性の女装男性が女子風呂に入り込む事例が起きているようですね。わたしは以前は温泉が好きでちょこちょこ行っていたのですが、もう最近では行く気が失せちゃいました。人びとの悪意というのはわたしなんかの想像を軽く超えていきますね
安心して銭湯にも行けない時代になっちゃいましたね。それとも昔から似たようなことはずっと起きていて、SNSの発達によって今さら顕在化したというだけなのでしょうか。いずれにせよ、皆さん強く生きていきましょうね
【追記20260331】
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3608610/




