第9話 露店のプロデュース。
ルインの町に、三度目の朝が来た。
窓から差し込む朝の光を浴びながら、俺はすでに頭の中で今日の「作戦」を組み上げていた。
「――いいか、リーシャ。店を開ける前に、二つだけ絶対のルールを確認しておきたい」
宿の食堂でスープを胃に流し込みながら、俺は向かいの席に座るリーシャへ告げた。
「ルール?」
「一つ目。今日一日、商品の並べ方・見せ方については、すべて俺の指示に従ってくれ」
リーシャの眉がぴくりと動いた。
三年間、誰の口出しも受けずに一人でやってきた自立した商人にとって、「他人の指示に従う」という言葉は本能的な反発を呼び起こすのだろう。しばらく彼女は俺を睨み続けたが、やがてスプーンを置いて、小さく頷いた。
「……続けて」
「二つ目。客が近づいてきても、君は商品の説明も値段交渉も一切しなくていい。代金の計算と商品の受け渡しだけを頼む。言葉による営業は、すべて俺が担当する」
「……」
今度は長い沈黙だった。
リーシャの橙色の瞳が、テーブルの木目を見つめている。
彼女が今、何を考えているか――俺の視界には、彼女の頭上に浮かぶアイコンがその答えを冷徹に示していた。
【ステータス:葛藤】
【デバフ:肥大化した自尊心】
(プライドが、邪魔をしている。三年間の孤独な戦いを「言葉が足りなかった」の一言で否定されるようで、受け入れたくない気持ちが赤く点滅している)
しかし同時に、厳しい現実も彼女の頭の隅で回り続けている。今週中に在庫がはけなければ、宿代も馬の餌代も払えない、という冷厳な事実が。
「……一日だけよ」
リーシャはようやく顔を上げ、まるで宣戦布告のように俺を見た。
「一日だけ試させてあげる。もし失敗したら、あの門番に突き出すから。覚悟はいい?」
「十分すぎるほどにな」
俺は立ち上がり、外套を羽織った。
◇
中央広場に到着すると、広場の端のいつもの区画へ向かった。
「まず、荷馬車から空の木箱をいくつか出してくれ」
「空箱を? 何に使うの」
「商品を積んでいない木箱を、机の上に二つ、三つ重ねる。そこに布をかければ、あっという間にひな壇ができる」
リーシャが首をかしげながらも手を貸し、数分もしないうちに、平らだった露店の机上に見事な三段の展示台が生まれた。
俺はその上に、商品を一つひとつ慎重に配置した。
「香料の木箱は一番前に。……ただし、蓋を完全に閉めるんじゃなく、少しだけずらして隙間を作る」
「蓋を開けたままにするの? 香りが飛ぶんじゃない?」
「逆だ。鼻の高さにある商品の隙間から香りが漂えば、十メートル先を歩いている人間の足を無意識に引き止める。目線より先に鼻の奥を刺激するのが先手だ。そして一番高い段の一等地には――」
俺は職人気質な仕上がりの固形石鹸を一つ取り上げ、最上段の中央に置いた。
「薬効が高くて、かつ見た目に質感が一番伝わる品を置く。人の視線は高い方へ向かう。これで通りを歩く客が目線を上げた時、最初に飛び込んでくるものが一番の看板商品になる」
「……」
リーシャは黙って改造された露店を見ていた。
たったそれだけのことだった。木箱を重ねて布をかけ、商品の配置を変えただけだ。
しかしその「前」と「後」では、まるで別の店のように見えた。草原にポツンと建つ小屋が、王都の高級専門店の切り抜きへと変わったような、不思議な説得力が露店に宿っていた。
「……同じ商品のはずなのに、なんで」
「並べ方は『言葉を使わないメッセージ』だ。客は店に入る前から、その見え方で『高い店か、安物の店か』を無意識に判断している。今まで君の店は、品質は一流なのに、そのメッセージが『倉庫の在庫処分』に見えていたんだ」
リーシャの表情が、かすかに揺れた。
反論しようとして、しかし言葉が出てこない。心当たりがあるのだろう。
「さて、並べ方は整えた。次は――」
俺は市場の人の流れに視線を向けた。
無数の人の波の中に、今日も革鎧の冒険者たちが混じっている。俺の目には、昨日の観察から得た「攻略データ」が、作戦の形を取って結晶化していた。
「客層の絞り込みに入る。……来てくれ、リーシャ。今日の一手目を見ていろ」
俺は商品の並べ変えを終えた露店の前に立ち、広場を歩く人の波を静かに見渡した。
口だけ勇者の、異世界での真の商売初陣が、今、ここから始まる。




