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『口だけ勇者』〜魔力ゼロ、体力老人並みの男が「コミュ力」全振りで転生したら誰もいない森だった。絶望から始まる異世界商売と、勘違いで勇者パーティーの天才軍師に祭り上げられるまで〜  作者: はなたろう
「口だけ勇者」誕生

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第5話 門番を言葉で切り抜けろ

 荷馬車に揺られながら、俺はほろの隙間から外の景色を眺めていた。


 街道の両脇を固めていたうっそうとした木々が、いつの間にかまばらな草原へと変わっている。

 遠く、地平線の先には、高くそびえ立つ石造りの外壁が見えた。


「あれが、ルインの町?」


「そうだよ。このあたりの荷物を一手に引き受けてる、南部最大の中心地。そして、商人にとっては天国か地獄の分かれ目だね」


 手綱を握るリーシャの声は、どこか硬かった。

 彼女は御者台から一度も後ろを振り返らず、ただ一点、―刻一刻と近づいてくる町の巨大な城門を見つめていた。


 俺は、意識的にスキルの焦点を彼女の背中へと合わせた。

 声の硬さ。肩の角度。手綱を握る指の、必要以上の力の入り方。

 言葉にはなっていない何かが、その背中にはあった。


 この町には、彼女にとってよほど嫌な思い出がある。


 やがて、馬車は高くそびえ立つ北門の前で停止した。

 そこには、革の鎧に身を包み、退屈そうに槍を持った二人の衛兵が立っていた。


「止まれ。通行証と、積荷の目録を見せな」


 一人の衛兵が、ひどく偉そうな歩き方で近づいてきた。

 リーシャは強張った顔で、懐から羊皮紙の束を取り出し、衛兵に差し出した。


「南部街道の自営商人、リーシャです。積荷は香料と乾物、石鹸。目録通りです」


 衛兵は目録をパラパラとめくり、鼻を鳴らした。

 そしてわざとらしく、荷台の幌を跳ね上げた。


「あ? お前、なんだこいつは。行き倒れの山賊か」


 衛兵の槍先が、荷台の隅に座っている俺に向けられた。


「違います! 道中で見つけた負傷者です。商人の良心として保護しただけで……」


「へえ、良心ねえ。この町にゃ『身元不明の浮浪者は入れてはならない』って鉄の掟があるんだ。……怪しいな。お前、こいつと示し合わせて、町の中に武器でも隠し持つ気じゃないのか?」


 俺は、半ば押し売り気味に難癖をつけてくる衛兵に視線を固定した。


 目録の確認は明らかに形式的だった。書面に視線を落としていた時間は三秒にも満たない。本当に荷物の中身を確認するつもりなら、もっと時間をかけるはずだ。

 「怪しい」と口にしながら、その目は俺ではなくリーシャの腰元の革袋へ向いている。

 声に「疑惑」の色はない。ただ、「退屈と欲」だけがある。


 (……なるほど、そういうことか)


 俺の脳内で、盤面が一瞬で整理された。

 彼は本気で俺を疑っているわけではない。ただ、夕暮れ前の単調な仕事に飽きており、弱そうな女商人から小遣い(賄賂)をせびりたいだけだ。


「悪いが、この馬車は通せない。容疑が晴れるまで、二人とも衛兵所へ同行してもらう。……ま、もしどうしても急ぐっていうんなら、別の『解決方法』もあるがね」


 衛兵はニヤニヤと、下品な笑みを浮かべて指を擦り合わせた。


「なっ! そんな、不当だわ! 目録も通行証も揃っているのに!」


 リーシャが語気を強める。

 まずい。正論は、欲に曇った耳には届かない。それどころか「こいつは丸め込みにくい」と判断させ、要求額を上げるだけだ。


「リーシャ」


 俺は低く制してから、崩れ落ちそうな身体を支えながら、ゆっくりと荷台から降りた。


「おい、動くなと言ったはずだぞ」


「失礼いたしました。その落ち着いた立ち振る舞い、そしてこの強固な門を守るための鋭い眼力。てっきり、王都からお忍びで視察にいらした高名な騎士団の方かとお見受けしました」


 前世では「おはようございます」の一言にすら数分迷っていた俺の口が、まるで別の生き物のように動き始めた。

 脳内に浮かんだ戦略が、舌の上で完璧な潤滑油を塗ったような言葉へと変換されて溢れ出す。


「あ? なんだ、浮浪者の分際で。騎士じゃねえ、衛兵だ」


「これは大変、失礼を。しかし衛兵様でいらしたのですか。それは失礼どころか、むしろ恐れ入ります。この城門を直接守る衛兵様こそ、騎士団よりもよほど重い責務を担われているのですから」


 衛兵の動きが、わずかに止まった。

 「違う」と言おうとして、言えなかった。


 俺は構わず続ける。


「恐縮です。実は私、隣国の伯爵家に仕えておりました。あいにく山賊に襲われ、身分証も奪われてしまいましたが。……この親切な商人の方には、その義務感と慈悲の心に免じて、保護していただいたのです」


 嘘だ。真っ赤な嘘だ。

 だが、俺の声色と、あえて相手を見下さず、かといって卑屈にもならない「上流階級の言葉遣い」は、衛兵の脳内に一つの疑念を植え付けたはずだ。


 ――もしこいつが本当に貴族関係者だったら?


「伯爵家、だと?」


「ええ。今回は極秘の視察中の事故でございまして。騎士様。もし今、ここで私を拘束し、公式な記録として衛兵本部に報告が上がれば……。あなたの名は、私の主君へも『伯爵家一族を不当に拘束した無礼者』として伝わることになります。……あ、いえ。あなたほど有能な方なら、そんなリスクは百も承知でしょうが」


 俺は一拍だけ間を置いた。


「逆に、ここで我々の通行を『特例』として認めていただければ。いずれ私の身分が戻った時、南部街道を守る『公正な門番』として、相応の推薦を上層部へ送らせていただきますが?」


 衛兵の額に、静かに汗が滲んだ。

 ニヤついていた口元が引き結ばれ、指を擦り合わせていた手が、いつの間にか静止している。


 目が泳いでいる。

 

 俺を疑っているのではない。

 自分の判断を疑っている目だ。


【デバフ:権力の恐怖】


 視界の端に、ひとつだけアイコンが浮かんだ。

 確認するまでもなかったが。


「ちっ」


 衛兵は短く舌打ちをし、俺から目を逸らした。


「まあ、身なりの汚さは山賊の仕業だと言われれば、そう見えなくもないか。おい。目録は受理する。さっさと入れ。後ろが詰まってるんだ」


 衛兵は吐き捨てるように言い、乱暴に門を開ける合図を出した。


「ありがとうございます、騎士様。その賢明なご判断、必ずや形にさせていただきます」


 俺は深く頭を下げ、リーシャに向かって小さく頷いた。


     ◇


 ガタゴトと、荷馬車が城門をくぐり抜ける。

 石造りの門を通り抜けた瞬間、町独特の、人の熱気と埃っぽい匂いが一気に押し寄せてきた。


「あんた、今の。何?」


 御者台のリーシャが、馬車を止めるなり、弾かれたように後ろを向いた。

 その瞳には、さっきまでの恐怖を上回るほどの「驚き」と、「この男は何者なのか」という警戒が混じっていた。


「何って。ただの交渉だよ。……疲れた。少し、眠っても……いいか……」


 ハッタリに全神経を集中させた代償は、今の俺の貧弱な身体には重すぎた。

 俺の視界は、ルインの町並みが夕闇に染まるのを見る前に、プツリと真っ暗に途切れた。

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